2話

外に出たレインとイヴリンは並んで歩いた。

この街のことはまだ知っている、荷物運びをしていた頃にもかなり来ていたので間違えることもないだろう。観光に水辺を歩きたいというレインの要望に応えて人は少ないが景観の良い運河沿いを往く。


このテール街という場所は運河を中心に据える綺麗な水の街だ。

進展した技術と豊かな人口のおかげで大陸の中でも有数な先進地帯でありたびたび政府の国政のサンプルの1つとしてたびたび視察団も訪れている。なにもかもが恵まれた場所でありこのブリデシュア大陸の象徴とも言える。

運び屋としてもこの街にお世話になることは多い。資本主義として目覚しく動いているこの街には次から次に職というものが誕生し、それにつれて輸入品を多くするために運び屋はよく仕事を請け負うことになる。かつてのイヴリンも例には漏れない。


「今日はいい風が吹いている、船乗り達は上機嫌だろうね。」

「ここ数年だとこんな穏やかな風はなかなか無いからな。」

世の中を憂くような気持ちで呟くその背中に思わず興味をそそられた。運河に向かって向けられた瞳は近くでも遠くでもないどこかを見ている。

「俺はここしばらくこの国に長居してなかったものでね。だからこそ思うのだけれどここはそんなに憂くような情勢じゃなかったはずだよ。」

「驚いたな。特殊魔力による気候変動についても知らなかったのか。」

「特殊魔力?魔力というのは1つじゃないのか。」

その言葉に彼がこの国に存在する魔法については造詣が深くないことを知った。どこかに手短な説明ができるような場所がなかっただろうか。きょろきょろと周りを見渡すとちょうどよくチェーン店のドーナツ屋があった。全国チェーンであればあれの説明をするのに丁度いいくらい技術に頼っているだろう。ちょいちょいと手招きをしてレインをその店の中に誘い込む。


中に入るとかわいらしいウェイトレスの案内を受け、少し離れたボックス席に座ることになった。きょとんと座る目の前の男をそのままに適当におすすめのドーナツを選び出す。テーブルの隅にある白色の棒を引っ張り出すと、ホログラムになった入力画面が現れた。そこにドーナツの種類を指で入力すると、頭上にピンク色の煙がもこもことたまり始めた。そのまま30秒ほどした頃にぼとぼととドーナツが目の前に生成された白い皿に盛り付けられる。手元にあるマグカップには泉のようにドリンクが湧き上がってくる。レインは唖然としてその風景を眺めていた。イヴリンは慣れた手つきで小さなドーナツを1つ摘むと口に入れた。

「これも、魔法になるのかい?」

「知らないんだな。“後定魔法”。」


この世界の魔法は大きく分けて2種類ある。


そのうちの1つが『後定魔法』というもの。別称としては『人工魔法』や『グリッドトリック』というのもある。


今から2000年ほど前にこの世界は始まった。たくさんの魔法や魔力の存在と共に生まれてきた人間がその力の安定性を確定させたのが300年前。そして人工的に意のままに操るようになったのは現在から100年前。

ややこしい話になったが要するに100年前にブリデシュア大陸は『人工的な魔法』を開発し国民に浸透させた。現在でも『後定魔法』に関しては当時の制定時に決められた項目を網羅する『第七魔法国民定現目録』という本が国民中に交付されておりこの項目に則っていれば国民でも容易に魔法を使うことができる。これはこの国では初等科で習うような常識中の常識になっている。


人がよりよい生活を送るために役立てる先進的である程度安全な魔法、それを『後定魔法』と呼んでいるのだ。


コーヒーをすすりながらレインが不思議そうな顔をする。この国に住んでいればどうということはないのだろうが流浪の商人の彼には珍しいのだろう。実際大陸の外に出れば魔法という存在すら信じられていないところもあると聞く。

「どうりで波長の平坦な魔法だと思った。このコーヒーが美味しいことにも実は少し驚いているけど。」

「そういうのもあるのか。」

「魔法って…もっとムラのある力を伴ったものだと思ってたから。」

イヴリンがあつい紅茶を冷ましながらその言葉に反応する。

「あんたが言ってるのは『原罪魔法』のことだな。」


大きく分けた2つの魔法は『後定魔法』と『原罪魔法』と呼ばれる。


『原罪魔法』、別称は『超自然魔法』。その名前の通りにこの世界に元よりあった魔法や魔力のことを指す。これに関しては全てのことどころか『後定魔法』の生成に必要な1割ほどしか解明されていないとまで言われている。大昔はそこいらじゅうにその産物があったらしいが今となっては『後定魔法』に押されてほとんどのところ絶滅しているというのが通説だ。


目の前の面妖な男はとんとんと指でテーブルをたたいて脳内を整理する。

「人間が作り出した生活需要的な魔法を後定魔法、元々この世界にあった魔法を原罪魔法と言うんだな。」

何回か頷いて肯定の意を表す。ちゃんとまとめができるということはレインも仕組みを理解したということ、だけれどまるでまたなにか喉にひっかかった骨でもあるような顔つきで顎に手をそえる。なにか疑問点があるようだ。その内容についてもいくらか察しはついていた。海外からきた旅人の荷物運びを担った時に同じように首を傾げて質問をしてきた人も少なくなかったからだ。

「なんで『原罪』だ?えらく否定的な言い方じゃないか。」

「この国では魔物と人間は冷戦状態にある。表面上はそうに見えないだろうが全く同じ扱いをされているわけじゃないんだ。その魔物がメインで使う魔法だから『原罪』なんて言われ方をする。」

目の前の旅商人は苦虫を噛み潰したかのような表情へと変わる。海外では魔物や人間がなんのしがらみもなく対立しない国があるのだろうか。あってほしい。イヴリンは紅茶をすすりながら心の中でそっと願う。

「今この国で起きている環境異変はすべて西の果てに復活を遂げた『邪神』と魔物によるものだと上の方々は調査したらしい。まだ全部は俺も知らないがほとんどその線で間違いないとまで言われてる。」

「魔物は少なくとも関係ないんじゃないか。ほら人間の生活の空気汚染なども考えられるだろう。」

そこまで言ってレインは思わず口をつぐんだ。そしてもう一言説得するように言い添えた。

「俺のしばらくいた東の国は生活排気が原因で環境を崩してるところもあった。そういう可能性はないのか。」

「ない。…環境を崩してる一番の要因が原罪魔法なんだ。各地の魔力均衡が崩れてなし崩し的に異変が起きている。そんなちゃちなものじゃないだろうな。」

「そうか。邪神、か。」

二人してまだ青い大空を窓を通して見上げる。

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