第二章「アンデッド・デイウォーカー」
1話
「お二人様ですね。それでは2階の3番と4番部屋へどうぞ。えっと…」
優しい雰囲気を纏う中年の番頭の女性が宿泊券を見る。
そして最初に高級そうな万年筆を彼女から向かって右、左と動かしてうんうんと二回頷いて少々片言な言葉をかけた。
「イヴリンさんと、アルフレッドさん。」
「ごめんください。」
右にいた女性がおずおずと手をあげた。
「私がアルフレッドで。」
後ろで息を整えるために来客用のソファにぐったりとしている左側の男性をそっと指差して、少し伏目がちに続ける。
「あっちがイヴリンです。」
悪いことをしてしまったな。
アルフレッドは柔らかなベッドの上で体育座りの体勢をとってさきほどの受付の彼女の表情を思い出す。名前が逆だと知るや否や、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてぺこぺこと謝ってきたのだから。
というよりこの名前では間違えられても仕方がない。
ドアがこんこん、とノックされたので平坦な声で許可の言葉を放つ。入ってきたのは想像通りにイヴリンだった。片手に小さな金貨袋を持っている。
「ただいま。ちょっと頼む。」
ぐんっと腕を伸ばしてきたのでよくよく見てみれば大きな切り傷がある。随分と痛そうだ。思わずアルフレッドは片手で回復魔法をかけようとしたがイヴリンがふるふると首を横に振ったので仕方なくベッドサイドに置いてある備え付けの救急箱に手をのばして消毒液と包帯を手にとった。器用にするすると包帯を巻いて処置をする。
「クエストって、討伐クエスト?」
一時間ほど前の宿に来てすぐにクエストに出かけてくると言って出て行った。傷の様子からみてどこかにひっかけたという訳ではなく、鋭利なものでひっかかれたような跡のようだ。荷物運びだなんていうことはないだろう。彼は隠すことはなく首を縦に振った。
「マモノの討伐?それとも食料の野生動物?」
そこからはなにも答えなかった。
というより彼の後ろにいる人影に驚いて声が出せなかったというのが正しいだろう。白銀の髪の毛のこの世ならざる者の姿にしか見えない人、もしかして同じような自動人形だろうかと思ったがそんな気配は感じなかった。
「レインさん?」
一方イヴリンは半ば感動するような声でその入り口にもたれかかる男に語りかけた。その姿は一度会えば脳に焼きつくような外見だからだ。あの時より別人のように育ってしまったかの荷物運び屋を見て少々誰だかわからなかったようだがすぐにその瞳を見て思い出したらしい。
「ああ!あの時のあえかなる少年か、ギフェンと一緒だった。」
上から下まで見回して苦笑いをこぼす。実際イヴリンは大人になるにつれて街の友人にも目を丸くされていた。おそらくギフェンと鍛錬にふけった結果体格が効率よく育ってしまったのだろう。身長はただ成長期の後期になってようやくぐんぐんと本来の成長を遂げただけだ。
「名前聞いてなかった。そこのお姉さんも一緒に聞いていいかい?」
「俺はイヴリンだ、イヴリン・オフィーリア。こいつはアルフレッド。」
「ええ?逆じゃないの。」
レインがちょっと吃驚して二人を見比べる。思わずアルフレッドは小さなため息をつきたくなった。名前をつけてもらったことは嬉しいけれどいくらなんでもネーミングセンスに疑問を感じてしまう。しかし一方の名付け親はなんの自覚もないのか頭の上に大量のはてなマークを浮かばせたようなぽかんとした顔だ。
「あの。そういえば私聞いていなかったけど、なんでアルフレッドっていう名前にしてくれたの?」
「前に見た絵本に出てきた勇者の名前だ。ぴったりだろう。」
「ああ…はい。知っていますよその絵本は。」
かの絵本もアルフレッドは何回もあの芝生の上で読み聞かせた。暖かな性格を持った勇敢な勇者の名前だ。そこに込められた心意気に関しては少しだけ感慨深いものがあって感謝の意もあるのだけれど。言いたいことを代弁するかのようにこめかみをぽりぽりと掻いて気まずそうに言う。
「俺もその話知っているけれどさ、それ…というか。『アルフレッド』って…男性名なんだよね。」
「そうなのか!」
あの勇者だって男の主人公だっただろう、しかも初老あたりの。これでも女性型として作られているために乙女心とは言わないかもしれないが女性の心理は多少持ち合わせている。そしてイヴリンと関わったおかげか欠陥品の性能か他の人形より少し人間じみた感情も覚えている。だからこう言える。強いて言うならできればもう少し紛らわしくない女性の名前が欲しかったなと。
「ちょっと…可哀想でない?」
「ううむ…」
イヴリンはそう言われてちょっと思うところがあったのか気まずそうに考えた。ようやくわかってくれたかと胸をなでおろしたが、直後がつっとその布の少ない肩に手をのせてアルフレッドの目をまっすぐ見て言い放った。
「大丈夫だ!なにがあろうとアルフレッドはアルフレッドだし、俺が見てきたどんな者よりその聡明な名が似合う!」
「そういうことじゃないと思います…」
昔から付き合いがあるために彼の天然さはわかっているつもりだったが、ここまでくると心配にまでなってくる。多分元気付けているのだろう。その心持ちだけはありがたく頂いておくことにして一回頷いておいた。
ぱっと手を離して久しぶりの再会を味わおうとするイヴリンに気を使ってアルフレッドはそっと背中を押した。
「ほら。久しぶりにあったんでしょう?ちょっと街でも散歩してきなさい。」
「アルフレッドはいいのか?」
「私はいい。ちょっと別で行きたいところがあるから。」
なにか言いたげだったがとりあえず納得してイヴリンは部屋から出ることにした。これまでに見たことがないくらいアルフレッドが人形じみた瞳をして言ったものだからそれ以上かける言葉が見つからなかったのだ。それに久しぶりに会った昔の知り合いとちょっと話をしたいという気持ちも言われた通りあった。
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