6話
そして12年が経った、その年のリリィフェスティバルの前日。
ルーネイティアは真っ黒な喪服に身を包んでいた。今日はこのナメイル村の中心で小さな小さな葬儀がある。
ある一人の老婆が亡くなったのだ。
村の大人は半ば鼻つまみにしていた彼女の死に形上だけ悲しんでいるようだった。本気で胸を痛めるのはただ一人ルーネイティアだけだった。
幼い頃彼女の家で親友と一緒においしくてあたたかいチョコチップクッキーをいただいたことがあった。焼きたてでさっくりとしていて、なにより優しい気持ちがたくさんこもったその味がとても好きだった。
大人になった自分にはその味がとても愛おしかったのだ。父親の仕事を手伝ううちに引きずり込まれるように官僚の道を歩き始め、子供の頃のなにかを忘れていく自分を引き戻してくれる。また食べたかったな。
顔をおさえて涙をこらえていると入り口のところに知り合いの政府関係者がいた。どうやら父親と話をしているようだが気になったのはその内容だった。
途切れて聞こえる単語に思わず声を漏らしそうになった。
ナメイル人形製作所、行政の検査、不良品の一斉廃棄…。
「(一斉廃棄!?それじゃあ、あの…あのお人形さん…)」
思わず席を立ち上がろうと膝に力を入れたときだった。
そんな会話をする人間の横を通って大股で歩いてくる人間の影が目に入った。
葬儀なのに喪服とは程遠い服装。
青色のインナーになにより目立つのが大きな茶色のマントと赤い鉢巻、腰に据えた大きな剣。村人が軽蔑した瞳で見ているなか彼は棺桶のある所までまっすぐ歩く。身長はルーネイティアより少し低いが体格も筋肉質なほうだ。
彼は誰だとみんなが囁くなかその手に握った10本ほどの野生の花束を棺桶の上にそっと置いてじっと見つめていた。
それから少しして目を瞑ってなにかを噛みしめるように息を吐いた。
「何回も、俺に言ったな。もっといい家庭があるだろうと締め出したな。きっと気をつかっているんだろうとか思ってたんだろ。」
そっと棺桶に手を置いて感慨深く呟く。
「俺はあなたが選んだんだよ。あんなに必死に救ってくれたあんたがよかった。おいしくてあたたかな料理を作るあんたがよかった。どうしてもあんたがよかった。なあ。」
一粒の涙をこぼして、これ以上ない愛を込めて。
「あなたでよかった。」
それだけ言い残すとすたこらとまた教会の入り口へと戻っていく。
その時やっとルーネイティアは彼の顔を見ることができた、その髪色と瞳も、精悍な心を持った顔もなにひとつ変わらなかった。
外へ出て行った彼を必死になって追いかける。
世の中では大人と言われる年になって走るのがはしたないと言われても、必死になって彼を追いかけた。追いつけないと悟ると大きな声で叫んだ。
「人形制作所!……やばい、らしいぞ!」
森の木漏れ日の中でその大男はゆっくりと振り返った。こういうときどうすればいいのかルーネイティアはわからなかったがただその男をこの十数年の信頼にかけて短絡的な言葉で説明するしかなかった。
「お前に任せるぞ…!」
息も絶え絶えに伝えたそれに彼はゆっくりと深く頷いた。まるで最初からわかっていたといわんばかり、もちろんだと言わんばかりに。とんでもないくらい頼もしい男に育ったものだ。
「今度は、後悔しないぞ。」
それはルーネイティアに言ったのか老婆の眠る教会に向かって放ったのかはわからなかった。多分両方だ。対照的に息を切らしていない彼はまた同じスピードであの思い出の建物へと走っていく。額の汗をぬぐいながら息を整えながら今更おかしくなって笑ってしまった。彼と久しぶりに会ったというのに、二人ともいい大人になったというのに、あの走った時間は子供の頃からなにひとつかわりはしないんだ。
「随分と足、速くなってやがる…」
今度こそなにも悔しい想いせずに彼を見送れる。
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