After3 今度は俺が引きこもり、だとぉ!?(中編)

 俺が唯花ゆいかを子猫状態にして1勝。

 逆にふにちゅーで降参させられ、1敗。


 状況は拮抗していた。


 俺はベッドの上から寄りかかってきている唯花ゆいかの手をにぎにぎしながら考える。


 せっかくなら勝ち越したい。

 ここからもう1勝できる秘策は何かないか……。


 しかし安穏と考えている暇などなかった。

 肩に顔を乗せている唯花が超にやにやしているからだ。


「さあさあ、そろそろシンキングタイム終了だよー?」

「な……!? 馬鹿な、実質、シンキングするタイムなどなかっただろうに……!?」

「くっくっくっ、戦いとは常に非情なものなのです」


 完全に忘れていたが、そういえば俺はいま唯花の提案に付き合って、引きこもり役の真っ最中だった。


 で、どんな遊びをするかをシンキングさせられていたのだが、アイデアなどまだ出てこない。


「ネタが出ないなら罰ゲームね?」

「罰ゲーム!?」


「あたしの代わりに今日の曜日周回をこなすべし!」

「それ地味に面倒くさいやつじゃねえか!」


 唯花がテーブルに手を伸ばし、自分のスマホを押し付けてこようとするので断固拒否する。


 曜日周回とは唯花がやってるソシャゲのディリークエストだ。

 たまにやらされるんだが、何度も周回しなくてはいけないから地味に面倒なのである。


「えー、唯花ちゃんのために種火を集めたいとは思わないの?」

「唯花のためにというか、育成中の孔明のためだろそれは」


「じゃあ誰のためになら周回するのよー?」

「村正のためなら是非もない」


「ええい、この主人公好きめ! わかるけれども!」


 押し付けるのを諦めたのか、スマホがテーブルに戻される。


「じゃあ第二の罰ゲーム!」

「なんか言い方が闇のゲームっぽくなってきたな……」


「あたしの艦隊のキラ付け周回をするべし!」

「また周回!? もうノルマを押し付けたいだけだよな!?」


「じゃあ周回してる間、あたしが後ろからハグしてあげる♪」

「なん、だと……!?」


「制服姿の唯花ちゃんがぎゅーってしてあげるぞよー?」

「ひ、卑怯なり、諸葛ゆい明……!」


 何を隠そう、俺は唯花の制服姿にめちゃくちゃ弱い。


 一年半も思い描いていた姿なので、いまだに慣れきっておらず、油断するとすぐ心を持ってかれてしまうのだ。


 甘えん坊の天才軍師・諸葛ゆい明はその隙を見事に突いてきた。

 胸元のリボンを指で摘まみ、制服を強調するように見せてくる。


「ほらほらー、どうするー? なんならブレザーを半分だけ着る、っていうよく分からない奏太そうたのこだわりを体現してあげてもいいんだよー?」

「くそぉ、至れり尽くせりか……!」


 ウチの高校は上着がブレザーで、それを着るのが制服の完成形だ。

 しかし俺はブレザー無しのワイシャツ唯花も見ていたい。


 では、どうすればいいのか?

 答えは明瞭である。


 片方だけ袖を通し、半分だけブレザーを着ればいいのだ!

 これならブレザーありとブレザーなし、どちらも見られて完璧である。


 ……ということを以前、さりげなく唯花に語ったんだが、その時は『んー、よく分からんのです』と首を傾げられてしまい、俺はひっそりと傷ついたのだった。


 しかしまさかあの時のことを覚えていて、しかもこんなタイミングで放り込んでこようとは。


 恐るべきは軍師の才覚。

 諸葛ゆい明にかかれば我が天下も三分にわけられてしまうやもしれん。


 ――だが!


「残念だったな、その策には致命的な穴がある!」

「なんですって!?」


「後ろからのハグではせっかくの唯花がまったく見えん!!」

「はっ!? し、しまったーっ!!」


「くわえて俺はゲーム画面を観ることになるから、マジで唯花の姿が見られない! よってその罰ゲームは却下だーっ!」


 ビシッと宣言する俺。

 唯花はベッドの真ん中へ転がっていき、がっくりとうなだれる。


「なんてこと……っ。口惜しや、この諸葛ゆい明ちゃんともあろう者が……! 『策士、策にスイミング』とはこのことだったのね……っ」


 どうやら『策士、策に溺れる』と言いたいらしい。

 溺れるどころか気ままに泳いでいる辺りが実に唯花だ。


「ふっ、まだ俺のターンは終わりじゃないぞ?」

「なっ!? まだ何かあると言うの……!?」

「いかにも」


 大きく頷き、俺は立ち上がる。


「シンキングタイム終了だ!」


 皮肉にも今の制服の会話が俺を導いてくれた。

 もはや迷いはない。ベッドの唯花を見下ろし、俺は部屋のドアを手で示す。


「準備をする。良いと言うまで、部屋の外で待機しているがいい」

「わざわざ部屋の外に……? むむむ、何やら面白げなアイデアを思いついたのね?」


「なあに、お前の策に比べれば大したことじゃない。俺が合図したら唯花は普通に入ってきてくれ。引きこもりの俺に会いにくる感じでな」


「引きこもりの奏太に会いにくる感じで……?」


 ふいに唯花が目を瞬いた。

 一緒に楽しくふざけていた雰囲気が鳴りを潜め、「……」と考え込むような間が下りる。


「唯花?」

「あ、ううん、なんでもない。やるやる」


 いそいそとベッドから下りて、唯花はハンガーに掛けてあった自分のブレザーに袖を通す。


「それ、ちょっとやってみたいし」

「? それってどれのことだ?」


「いいのー。こっちのことだから、奏太は気にしなくていいことなのー」


 そう言うと、ちゃんと通学鞄まで持ち、唯花は部屋から出ていく。

 

 よく分からんが……まあ、とりあえずこっちはこっちの準備をするか。

 壁際へいき、クローゼットを勢いよく開く。


 ………………。

 …………。

 ……。


 そして数分。

 俺は満を持して、外の唯花へ声を掛ける。


「もういいぞー」

「……」


 返事がない。

 だが扉の向こうから唯花の気配は感じる。


「『すーはー……』」


 何やら深呼吸をしてるようだ。

 んん? そんな気合いを入れることか?


 俺は首をかしげる……とほぼ同時に「『よしっ』」という声が聞こえてきた。直後、扉が開け放たれる。


「奏太!」


 風に踊るように黒髪が舞う。

 元気いっぱい、夢いっぱい、制服姿の唯花が勢いよく入ってきた。


 なぜかいつもの十割増しぐらいの美少女オーラをまとって。


 唯花は言った。

 ふわりと髪をなびかせ、最高の笑顔で。



「――きたよっ!」



 あまりにフルスロットルな気合いの入りように「お、おお……」とちょっと圧倒されてしまった。


 ……すげえ、もし俺が引きこもりの幼馴染だったら、こんなん一発で好きになっちゃうぞ。


 呆気に取られていると、「えへへー」と唯花が照れ笑いを浮かべる。


「一度、奏太にこれ言ってみたかったんだ。ほら、あたしがお部屋にこもってる時、いつもこう言ってきてくれたでしょ?」

「んん? あー……そういやそうだったな」


 言われてみれば、『唯花、きたぞー』が俺のお決まりの挨拶だった。

 それを唯花もやってみたかったらしい。


「“ごっこ遊び”しようって言ったのはただの思いつきだったんだけど、なんか得しちゃった。あのねあのね、奏太っ。今だから言っちゃうんだけど、奏太が一番最初に『きたぞ』ってきてくれた時、あたし泣いちゃいそうなくらい嬉しくて……って、んんっ!?」


 唯花は指をもじもじと合わせ、何か良い話をしようとしていた雰囲気だった。

 しかしその動きがぴたっと止まる。


 合わせていた指がすかっとすれ違い、肘に下げていた通学鞄も床へと落ちた。

 その視線は真っ直ぐ俺に向けられている。


 本邦初公開、パジャマ姿の・・・・・・俺へと。

 

 そう、本邦初公開だ。

 かつて唯花が風邪をひいて如月家へ泊まった時に誠司せいじさんのパジャマを借りたことはある。


 しかし今回のこれは俺の物。

 100%純然たる私物である。


 正直、普段はジャージやTシャツを寝間着にしているから、パジャマなんて使ってないんだが、唯花のブレザー話でピンときて、クローゼットから引っ張り出したのだ。


 引きこもりといえば唯花。

 唯花といえばパジャマ。

 

 奇しくも唯花が俺のセリフで部屋に入ってきたように、俺もまた唯花をイメージした格好で待つ形になっていた。


 あとは唯花っぽいムーブでとことん煙に巻いてやろう……と思っていたんだが、何やら良い話っぽい雰囲気なので、ここは変に混ぜっ返さない方がいいかもしれない。


 まずは素直に唯花の話を聞こう。

 ……なんて思ってた矢先である。


 なんか唯花がぷるぷるし始めた。


「……な……な……な……」

「唯花? ど、どうした?」


 様子がおかしいので恐る恐る近づいていく。

 前髪に隠れて表情が見えない。

 しかしぶつぶつと何かつぶやき続けている。


「な……な……なんっ……なんっ……」

「おーい、唯花……?」


 突然、スンッと震えが止まり、真顔。


「なんということでしょう」

「ビフォーアフター?」


 反射的にツッコんだ次の瞬間。


「パジャマの奏太だーっ!!」

「まさかのルパンダイブ!? きゃーっ!?」


 明日をも顧みぬ勢いで唯花が飛び込んできた。


 しかもちょうど背後はベッド。

 思わず女子のような悲鳴を上げ、俺は唯花に押し倒される。


 毛布の端が派手に舞い、パジャマの俺は制服の唯花に組み伏せられてしまった。


「こやつめ! こやつめ! なんて格好をしておるのか! それで余を誘惑しようというのねそうなのね!?」


「お、おおお落ち着け! ただのパジャマだぞ!? 誘惑なんてしてないぞ、お前だっていつもこういう格好だったろうが!?」


「だったら奏太なんてパジャマのあたしを一週間に一度は押し倒そうとしてたでしょーが!」


「待った、それについては訂正をお願いしたい! 多くても一か月に一度ぐらいの頻度じゃなかったか!?」


「どっちにしろ押し倒そうとしてたんだからギルティ! アーンドこれはその罰なのだーっ!」

「ちょおおお!?」


 しっちゃかめっちゃかに撫でまわされる。


 にゃはにゃは言いながら頬ずりするわ、パジャマの上からあちこちサワサワするわ、ぴったり足を絡ませてくるわ、やりたい放題である。


「も~っ、パジャマの奏太かわいーっ! 好きーっ! お持ち帰りしたいーっ!」


「お、おおお落ち着けってーっ!」


 俺は大慌てしながら、今になって判明した衝撃の真実に戦慄する。


 なんということでしょう。

 そう、唯花のルパンダイブは俺のを遥かに超える威力なのでした。

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