After2 今度は俺が引きこもり、だとぉ!?(前編)

 前回までのあらすじ。


 ここは俺の部屋。

 最近、放課後はこっちで過ごすことが多いので、今日も今日とて唯花ゆいかがきている。


 お姉ちゃんモードで危うく主導権を持ってかれそうになった俺なのだが、とっさの機転により、唯花を腕にしがみつく子猫状態にしたのだった。


「さて、じゃあ宿題やるか」


 満足したので、テーブル横に置いといた通学鞄から教科書を取り出す。


 と、腕にしがみついてる唯花が「ぐぬぬ」と声を上げた。


「彼女さんをこんなにネコ可愛がりしといて、あっさり宿題を始めるとはなんたる所業か……っ」

「続きは宿題してからなー? わかってくれ、俺も辛いのだ」


 イチャつくのはちゃんと宿題してから。

 先ほど唯花も言ったことである。


「あのね、奏太そうた。ちょっとくらい宿題しなくても成績は下がらないと思うの」

「とか言いつつ、お前はちゃっかり宿題するとみた」


「ふっ、無論。今のあたしの目標は成績で奏太をゴボウ抜きすることだからね!」

「無謀なことを……と言い切れないのが恐ろしいな、おい」


 一年半、休学していた唯花だが、俺が取っておいたノートを湯水のように吸収し、なんとすでに授業に追いついている。


 そればかりか、今学期は俺の成績に並びそうな勢いだ。

 中学の時も何気に優秀だったし、ウチの彼女、実は地頭がすこぶる良いのだ。


「くっくっくっ、学校の勉強などイベント時の制空計算に比べれば恐れるに足らず!」

「おお……如月きさらぎ鎮守府の唯花提督が豪語しておる」


 ちなみにその制空計算やらされてるのは俺だけどな?

 毎度のことだからゲームやってないのに計算機の扱いに慣れちゃったぞ。


「というわけで教科書とノートは没収ね!」


 シュバッと勉強道具が奪われてしまった。


「何がというわけなんだ!? 本当に宿題しない気か?」

「宿題はするけど、その前に思いっきり遊ぶのです。それもお約束でしょ?」

「むう、確かに」


 別に約束したわけではないのだが、宿題する前にひとしきり唯花に付き合うのが日々の流れになっている。


「そんなわけでっ」


 唯花が勢いよく立ち上がった。

 きらんっとポーズをつける。


「今日は“ごっこ遊び”をします!」

「また珍妙なことを言い出した……」


「奏太は引きこもりの男の子で、あたしは毎日会いにきてあげる美少女幼馴染ね!」

「いやどういうことだってばよ?」


「だからー、『幼馴染が引きこもり少年なので、放課後は彼の部屋で過ごしている(が、恋人ではある!)』だよ!」

「いや本当にどういうことだってばよ!?」


 しかも引きこもり少年なのかよ。

 引きこもり美少年じゃないのかよ。いやいいけども。


「はい、じゃあ今から開始!」


 パンッと手を叩く音が響き、開始を宣言されてしまった。

 唯花はちゃぶ台代わりのテーブルの向かいに移動し、女の子座りで腰を下ろす。


 唐突に引きこもり化させられた俺は、どうしたものかと頭をかく。

 すると唯花が急かすようにぺしぺしとテーブルを叩いてきた。


「ほれほれ、奏太、早くー」

「え、早くって何がだ?」


「お部屋にこもってる方が今日のネタを提供するの。当然でしょう?」

「なん、だと……?」


 今日のネタて。

 いや確かに俺が訪ねていく度、毎度毎度、唯花が何かしらの騒ぎを起こしてはいたけれども。


 いきなり言われても思いつかないぞ?


「えーと……」

「早く早くー」

「うーむ……」

「はっやっくー」

「あー……」


 腕を組んで頭を悩ませる。


「じゃあ……アニメでも観るか?」

「いや奏太の部屋、テレビもパソコンもないじゃん」


「む、確かに。じゃあ漫画読むか?」

「ここにある漫画はぜんぶ読破してるのです。ってか、大半はあたしが家から持ってきたものだし」


「じゃあ宿題を……」

「宿題はちゃんと遊んでからー」

「ぬう……」


 手詰まりだ。

 いざ考えてみると、なかなかそれっぽいことが思いつかない。


 なんてこった、唯花はこんな難しいことを一年半も毎日やり続けていたのか。

 ウチの彼女はとんでもなく優秀なエンターティナーだったのかもしれない。


「もー、ネタの一つもすぐに出てこないなんて。やれやれ、奏太は所詮、引きこもり四天王のなかでも最弱なのです」

「いや四天王ってあとの2人は誰なんだ」


 あ、京都の時に引きこもりかけた伊織いおりと学生の時にすごかったらしい撫子なでしこさんか。そりゃ俺は最弱だな……。


「しょうがないなー。じゃあシンキングタイムをあげる」

「シンキングタイム?」


「あたしはゴロゴロしてるからその間に考えていーよ」

「それ、お前がベッドにいきたいだけなのでは……?」


 この部屋のなかで唯花の一番のお気に入りスポットは、俺のベッドだ。

 暇さえあればすぐにそこでゴロゴロし始める。


 俺なんて唯花の部屋のベッドにはかなり気を遣っていたのに。

 女子とは実にいい気なもんである。


「とうー!」


 元気な掛け声を上げ、唯花がベッドに飛び込む。

 そのままご機嫌で毛布にくるまっていく。


「えへへー、奏太の匂いがするー♪」


 おのれ、可愛いことを言いおって。

 またイタズラしてやりたくなってしまうぞ。


 しかしこのまま何も思いつかないのも悔しい。

 俺はベッドを背もたれにして考え込む。


「むう……」

「ほらほらー、早く良いアイデアを出さないと、唯花ちゃんがお昼寝しちゃうよー?」


 毛布にくるまった唯花が後ろからツンツンと頬をつついてきた。


「こらこら、気が散る。今俺は全集中で思考中なんだぞ?」

「だって奏太の頬っぺた触るの、好きなんだもん。ほら、ふにふにー」


 ふにふに、と指で押される。


「ええい、集中できん。――封印!」

「そんな!? あたしのヒダリーが……!?」


 唯花の指を右手でキャッチ。

 手のひらを握って動きを封じる。


「ふふふ、これでもう俺の邪魔はできまい」

「くっ、やるわね奏太……!」


 勝ち誇ってにぎにぎすると、唯花も悔しそうににぎにぎしてくる。

 何気に恋人つなぎ状態だ。


「でも……唯花ちゃんにはまだミギーがいる!」

「なんの! その程度、すでに読んでいるわ!」


 逆サイドから唯花の指が迫りくる。

 しかし俺は腕を交差するようにして今度は左手でそれを阻んだ。


「そんなミギーまで!?」

「残念だったな。この俺に死角などない!」

「むう、悔しいのです……!」


 にぎにぎ。

 にぎにぎ。


 正直、だいぶ楽しい。

 しかしここで終わらないのが唯花だった。


「かくなる上は……!」


 シャンプーのいい匂いがふわりと鼻先をくすぐった。

 かと思うと、唯花がベッドから身を乗り出してきて、俺の肩にもたれかかってくる。


 そして頬をついばんできた。


「ちゅー」

「うおっ!?」


 吸われてる。

 唇で甘噛みしながら絶妙な力加減で頬を吸われている。


 両手が塞がっているので対処できない。

 むしろ身じろぎしようとすると、逃げないでー、とばかりに唯花がきゅっと手に力を込めてくる。


 さらには、


「ふにふにっ」


 小声で言いながら、甘噛みで俺の頬をふにふに。


「ちゅー」


 そのまま吸いついて、ちゅー。


「ふにちゅー」


 素早く両方して、ふにちゅー。


 ……いやなんだこれ!?


「ゆ、唯花!? なんかこれすげえ照れくさいんだが……!?」

「んー……降参?」


 唇をほんの少し離して囁いてくる。

 無念だがもはや勝ち筋が見えない。


「く、致し方なし。……降参だ」

「にゃはー、あたしの勝ちー」


 肩に寄りかかったまま、にこーっと笑顔。


「ついでにソウタニウムも充電完了♪」


 ちくしょう、可愛いなおい。

 そしてまた謎のエネルギーを吸い取られてしまった俺なのだった。

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