After4 今度は俺が引きこもり、だとぉ!?(後編)
前回までのあらすじ。
まさかのルパンダイブ。
俺、生まれて初めて
「って、されるがままにしてられるか! 止まれ止まれ、フリーズ!」
欧米の警官のように言い、唯花の手首をキャッチ。
「
「えー、いいじゃない」
手首をぴこぴこさせ、悪びれない唯花。
「だって恋人同士だし? 『幼馴染が引きこもり少年なので以下略、恋人ではある!』だよ?」
あー、そういえばそんな設定言ってたな。
どういう意味なのかはさっぱりわからんが。
「うーむ、まあ恋人同士なら押し倒してもいい……のか?」
「そーそー、良いのです」
ホールド状態から手首をするりと抜き、唯花は俺の胸の上で頬杖をつく。
足が楽しそうにパタパタしてる音も聞こえてきた。
「それにねそれにね、今だから言っちゃうけど、まだお付き合いしてなかったあの頃だって……」
細くしてきれいな指が俺の胸で『の』の字を書く。
頬を赤らめて、照れくさそうに唯花は囁いた。
「奏太が押し倒してくれるの、いつも嬉しかったよ……?」
思わず「……っ」と息をのんだ。
なんかすげえ嬉しい。反射的にがばっと起き上がりかけてしまう。
「マジか……! ぜんぜん嫌じゃなかったのか!」
「いや困りはしたよ!? お応えするわけにはいかないから毎回すっごく困ってはいたよ! でも……」
「でも?」
「で、でも……」
シュウ~と煙でも出そうな勢いで、唯花が俺の胸に顔を埋めていく。
「いつも優しい奏太がオオカミさんになっちゃうくらい、あたしを見てくれるのはやっぱり……嬉しかったの、です」
ああもうこやつは……っ。
ちくしょう、抱き締めたい。
よし、抱き締めよう。
「ちくしょう、抱き締めたい。よし、抱き締めよう」
「へっ!? いや奏太っ、声に出てる! 思ってることが声に出てるよ!?」
「一向に構わん!」
「はにゃっ!」
とりあえず思いきりぎゅっと抱き締めた。
本当、恋人になれて良かった。
唯花の髪を撫でながら、俺は幸せを噛み締める。
「う~っ、動けないよ~」
唯花は恥ずかしそうにもぞもぞと身じろぎしている。
しかしがっちりホールドしてるので無駄な抵抗だ。
「ふっ、逃げられはしないぞ。なぜなら俺は強い意志で唯花を抱き締めると決めている」
しっかりと腕に力を込めて断言。
「心の中で抱き締めると思ったならッ! その時すでに行動は終わっているんだッ!」
「そ、奏太から暗殺チームのような凄みを感じる……! うぅ、それは抵抗のしようがないのです」
唯花は諦めたようにへにゃっと力を抜く。
「奏太に捕まっちゃったぁ……」
くくく、可愛い奴め。
さっきパジャマの上から撫でまわされた分、俺は心のまま艶やかな黒髪に顔を埋める。
「……あ。今、ちゅーした」
「ん? いや、してないぞ?」
「したよー。おでこの上辺りにちゅってした。わかったもん」
「ほんとかー?」
「ほんとほんと。唯花ちゃんは超鋭いからわかるのだぜ?」
「ほー。じゃあ、これは?」
唯花を胸へ抱き寄せ、髪に当たるか当たらないかのところを唇で掠めてみる。
「今のはしてないとみた」
「お、正解」
「すごいでしょー?」
「ふむ、やるな。だったら……これは?」
ドヤ顔しているところへ、あごをクイッとし、キスをした。
「はうっ!?」
自分の唇を押さえ、唯花はイチゴのように真っ赤になる。
「い、今のは思いっきりしてるし……っ!」
「へへ、正解」
「奏太ってば、すぐ不意打ちするんだからっ。なんなの? あたしをキュン死させる気なの?」
「いやいやキュン死は困る。今の唯花は俺の大事な抱き枕モードだからな。元気に生きて暖かい熱を発してくれ」
そう言って、ゴロンと横たわる。
抱き締められたまま唯花は足をパタパタ。
「なんと……っ!? 学校一の美少女な唯花ちゃんを抱き枕にできるなんて幸せ者めーっ!」
……ああ。
ちょっと感動してしまい、可愛くぷんすか中の唯花をなでなでしてやる。
「ほえ?」
確かに俺は幸せ者だ。
あの唯花が自分から『
本当に幸せだよ、こいつめ。
「なんか……奏太が感慨深い顔してる」
「いやいやしてないですよ?」
「あからさまに誤魔化した……。言ったでしょ? 唯花ちゃんは超鋭いからわかるのだぜ?」
腕のなかでくるっと反転。
唯花は俺に背中を預けるようにし、こちらの両腕を持って、自分を抱き締めさせる。
「よくわからないけど、奏太が感慨深くなってるならちょうどいいのです」
少し間を置き、唯花は言った。
「えっと……ありがとね」
「ん? 何がだ?」
「ぜーんぶ」
窓は開いていて、そよ風がカーテンを揺らしている。
柔らかい陽射しに照らされて部屋のなかは暖かい。
もうじき春が来る。
そうしたら俺たちも三年生だ。
風のなか、唯花の笑みの気配がする。
「さっき言おうとしたことだけど」
どこか昔を懐かしむような口調だった。
「奏太が最初に『唯花、きたぞ』って言ってきてくれた時、あたし泣いちゃいそうなくらい嬉しかったんだ……」
ああ、俺のパジャマ姿でうやむやになっていた話か。
素直に聞こうと思い、こっちも懐かしい気持ちで頷く。
「……そっか」
自然に口元に笑みが浮かんだ。
「お前が嫌がってなくてよかったよ。一番最初は俺も内心ヒヤヒヤものだったから」
「え、ヒヤヒヤだったの?」
「だったよ。引きこもったお前の部屋にいくなんて、100%お節介だからな。もし唯花に拒まれたらと思うと、あの部屋の前で足が震えたよ」
「そ、奏太が震えるほど……?」
心底驚いたような声。
俺はぽんっと頭を撫でる。
「もちろん拒まれても引く気はなかったけどな?」
こんな話、付き合う前ならきっとしなかった。
今だからこそ、という話だ。
「まったく……ますます惚れちゃうのです」
ぽんぽんしていた俺の手首を掴み、唯花は自分の頬へと導いていく。
手のひらの感触を確かめるように頬を寄せ、囁く。
「お部屋にこもってる時もね、いつだって奏太が守ってくれてるのを感じてた。でもこうして外に出てからの方がもっともっと感じるの。ああ、奏太は……あたしの世界を守ってくれてるんだって」
ゆっくりと唯花が体を起こしていく。
制服の背中が陽射しに照らされている。
「だって学校がこんなに楽しいなんて思わなかったもん。友達もいっぱいできて、毎日みんなと遊んで、笑って、夜寝るときは明日がとっても楽しみで……」
ベッドの上で体育座りをし、唯花がこちらを振り返る。
「この状況、ぜんぶ奏太が作ってくれたんだよね?」
「俺は何もしてないさ」
こっちも体を起こし、口の端を上げる。
「俺たちのまわりにいる奴らが、どいつもこいつも気のいい奴らばっかりってだけだよ」
「はい、そーゆーとこ。そーゆーところがますます惚れちゃうってゆーの。もー」
唯花はスカートを押さえて膝立ちになり、こちらに向き合う。
そしてなぜかブレザーを半分だけ脱ぐ。
「よろしければ、どーぞ?」
「お、おう?」
何がどうぞなのかと目を瞬く。
すると照れ笑いが返ってきた。
「キュンときちゃったから、ブレザーとワイシャツのあたしを堪能させてあげる。だから……抱き締めて?」
「なるほど、委細承知した」
細い腰に手をまわし、正面から抱き締めた。
鼻先で黒髪がふわりと舞い、唯花も両手で抱き締め返してくる。
「唯花さんや」
「なんじゃらほい、奏太さんや」
「これも結局、制服姿があんまり見えない……」
「ほんとだー」
くすくすと笑い声。
「でもでも、手触りは確かめられるんじゃない?」
「うむ、それは確かに」
腰にまわしている手でさわさわと撫でる。
右手にはワイシャツの感触、左手にはブレザーの感触。うむ、悪くない。
もちろんFカップ越え疑惑の胸も密着している。大変柔らかい。控えめにいって最高だ。
「くすぐったーい」
唯花はきゃーきゃー言って体をよじる。
「こらこら動くでない、町娘よ」
「だってー、お代官様がお戯れなんだもん」
「良いではないか良いではないか」
「あ~れ~!」
そんなふうにじゃれ合っていると、いつの間にか俺の方が抱き締められる格好になっていた。
ちょうど唯花の鎖骨辺りに頬を寄せている形。
目を閉じると、唯花の鼓動が聞こえてきそうだ。
すぐそばに感じる、浅い呼吸の気配が心地いい。
穏やかな気分でゆったりしていると、なでなでと頭を撫でられた。
「ねえねえ、奏太」
「んー?」
「あたし、奏太のことぜったい幸せにしてあげるね」
陽射しの照らす部屋に謡うような声が響く。
「これまでも、これからも、奏太はずっとあたしのことを守ってくれる。だからあたしは奏太のことをいっぱいいーっぱい幸せにしてあげるんだ」
「俺はすでに相当幸せだぞ?」
「まだまだだよ。これまでの奏太の頑張りに見合うぐらい、もっともーっと幸せになるの。あなたにはその義務があるのです」
こりゃ参ったな……と俺は苦笑する。
「これ以上だなんて、一体何が待ってるんだ?」
「知りたい?」
「え?」
「じゃあ、あたしの魔法を見せてあげる。一瞬で奏太をもっと幸せにしてあげるから」
突然、温かい手のひらに頬を包み込まれた。
「魔法ってどういうことだ……?」
「しーっ」
静かに、と言うような囁き。
唯花の頬は妙に赤い。
まるでずっとタイミングを待っていたかのような雰囲気だった。
それはたぶん今日だけのことではなく、何日も何週間も、ひょっとしたら何か月も。
唯花はこのタイミングを待っていたんじゃないか、そう思えるような雰囲気だった。
真剣な瞳が俺を見つめる。
風が吹いた。
白いカーテンが二人の間を一瞬横切る。
けれど彼女の視線は俺を見つめたまま途切れることはなく。
「奏太、あたし――」
さざ波のようにカーテンが離れ、二人の視線が再び合った瞬間。
それは告げられた。
花のような微笑みと共に。
「――あなたを愛しています」
鼓動が跳ね上がった。
呼吸も忘れ、心臓が胸のなかで乱舞する。
『好き』や『大好き』という言葉なら毎日言い合っている。
でもその言葉はまだ一度も伝え合っていなかった。
今この瞬間が初めてだ。
言葉が出てこない。
陽だまりのような温かい気持ちが胸から溢れ、全身に広がっていく。
すると唯花が照れくさそうな表情で顔を覗き込んできた。
「魔法、効いた?」
「……ああ、すごく」
気力を総動員し、どうにかそれだけ口にできた。
これは……困った。
見返りが欲しくて走り続けてきたわけじゃない。
報われたくて駆け回っていたわけじゃない。
なのに今、噛み締めるように思ってしまった。
頑張ってきて良かった、と。
ちくしょう、気を抜いたらうっかり泣いてしまいそうだ。
俺は目頭を押さえてうつむく。
「……ずっと言うタイミングを計ってたのか?」
「うん。外に出るようになって、恋人同士になってからずっとね」
「実は……俺もここぞという時に言おうと思って、機会を狙ってた」
「知ってるよー。だからぜったい先に言おうと思ってたの」
えっへん、と自慢げに胸を張る。
「見たかね? 『奏太をむちゃくちゃ幸せにし隊』隊長の唯花ちゃんの実力を!」
俺は唯花を見上げて苦笑する。
「……ああ、確かな実力者だ。これは総隊長の器と言わざるを得ない」
けど、俺も彼氏としてこのままでは終われん。
熱いを想いと共に、グッと拳を握り締める。
「
「何かね、
「実は……俺も『唯花をこれでもかと幸せにし隊』隊長なのです!」
「なん、ですって!?」
驚愕する総隊長。
「まさか奏太も隊長格だというの!?」
「応ともよ! しかも零番隊だから総隊長に負けず劣らずだ! だから……」
唯花の頬に触れ、コツンと額を合わせる。
「次の時は俺の方から言う。お前が大泣きするくらい幸せにしてやるからな?」
「あう……」
決意を込めて告げると、唯花は赤くなって目をさ迷わせた。
「そ、奏太が言うと、本気ですごいことされちゃいそうなのです……」
「もちろん本気ですごいことする気だぞ?」
「で、でも残念でしたっ。あたしはもう数えきれないほど、奏太に幸せ泣きべそ状態にされてるからねっ」
「だったら、それを超えてさらなる幸せ泣きべそ状態を目指すまでだ」
「うぅ、やる気が迸ってる……。こういう時の奏太にあたし勝てないのにぃ」
唯花はもじもじと指を合わせる。
「だったらさ……リクエストしてもいい?」
「ああ、いいぞ。なんなりと」
唯花が幸せになるためにして欲しいことがあるのなら、月や星だって取ってくる。
「えっとね……」
上目遣いで唯花は囁く。
俺の服の裾をきゅっと掴んで。
「とりあえず今すぐイチャイチャしたいの。だから……いーっぱい甘えんぼさせて?」
いかん、グッときた。
決意モードが揺らぐぐらい、グッとどころか、ズキュンときた。
脱げかけたブレザーが肩下に引っ掛かっているのもポイントが高い。
「くっ、さすがだ。やるじゃないか、総隊長……」
「ほえ?」
目を瞬かせる総隊長。
一方、俺はグワッと両目を見開く。
「承知した! めちゃくちゃ甘やかしてやろう。耳に息フーも解禁だ!」
「えっ!? 耳フー!? ちょ、ちょっと待って! そういう意味じゃ……にゃーっ!?」
疾きこと風のごとく、颯爽と唯花を押し倒した。
「さあ、覚悟するがいい! 幸せ泣きが止まらないほどヒーヒー言わせちゃる!」
「ええっ!? また男の子になってるぅ……!? それにヒーヒーって、も~っ」
ベッドにぽすんと転がり、唯花は困り顔。
しかしすぐに照れ笑いで両手を広げて。
「言わせて言わせて♡」
嬉しそうに甘えてきた。
是非も無し!
◇ ◆ ◆ ◇
そんなこんなで気づけば夕飯の時間まで延々イチャついてしまった。
宿題なんてすっかり忘れていて、翌朝、俺たちは教室で慌ててノートを広げるのだった。
「間に合わないー! どうしよ、奏太っ、これぜったい間に合わないよー!」
「嘆いてる場合じゃないぞ! 手を動かせ、手を!」
結論。
俺がパジャマ姿の引きこもりになると、宿題を忘れてしまうようだ。
やっぱりいつもの制服で元気に登校が一番だな、うん……。
とまあ色々と騒がしい毎日ではあるんだが――。
「奏太っ」
「どうした!?」
「宿題終わったー!」
「よーし、よく頑張った!」
――今日も俺たちは元気です。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【お知らせ】
奏太と唯花のアフターにお付き合いいただき、ありがとうございました!
宣伝で超恐縮なんですが、明日から新作ラブコメを始めます。
本作おさほうの高校が舞台で、奏太と唯花も三年生の会長&超会長としてがっつり登場します。なので良かったらまたお付き合いくださいませ。
明日の18時過ぎから投稿し、タイトルは
『また会えたら結婚しよう、と約束した元カノに一週間でバッタリ再会しちゃった件』
みたいな感じです。
作者の永菜葉一をフォローしてもらうとサクッと通知がいくかもです。
奏太 「ほう、新主人公か。いいだろう、じゃあ恋人同士の在り方ってやつを」
唯花 「その目にとくと焼き付けてやるのです。くっくっくっ」
主人公「先輩たち、いいから生徒会の仕事して下さい……」
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