書籍1巻記念SS「うたかたの夢」
……そーた……ねえ、そーた……。
……ん?
誰かが俺を呼んでる気がする。
「……そーた。ねえってば、そーたー!」
いやこれ誰かじゃないな。
……あー、そうか。
唯花が書いたネットの小説を確認した後、朝まで一緒にいたからな。
気づかないうちに眠ってしまってたんだろう。
「……分かった分かった。起きる。今起きるからそんなに耳元で騒ぐなよ、ゆい……かぁ!?」
目を開け、次の瞬間、絶句した。
唯花だけど、唯花じゃなかった。
「なにびっくりしてるのよー。まるで可愛い唯花ちゃんが可愛い子猫ちゃんになったみたいな顔して」
「いや、なったみたいなって……なってるし!」
驚愕して指を差す。
唯花が子猫っぽいコスプレ姿になっていた。
頭にはネコ耳がついて、手には大きな肉球。ぷらんぷらんしている尻尾はたぶんお尻から生えてると思われる。
しかし最も驚くべきところはそこじゃない。
基本の格好はいつものパジャマ姿だが、なんというか……二頭身になっていた。
唯花が2Dのちびキャラになり、しかもネコさん仕様になっている!
「……あ、なるほど。これは夢か」
ぽんっと手を打つ。
夢だな。夢以外ありえない。あー夢でよかった。
「なんかひとりで納得してるし。まあ夢なんだけど」
「さらっと夢だと全肯定!」
「そりゃそうでしょー。いくらあたしが完全無欠の美少女でも、ちびキャラモードにはなれないし。これは奏太の夢のなかだけの特別仕様。やったね!」
「はあ、まあ夢ならいいけども……」
よく見たら、周囲もいつもの唯花の部屋よりデフォルメされていた。
ベッドやテーブルが無駄に大きくて丸っこく、フィギュアやぬいぐるみなんかはやたらとでかい。普通の等身なのは俺だけだ。
「……で、俺はなんでこんな夢みてるんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。お知らせのためだよ?」
「お知らせ?」
「そう!」
ちびキャラの唯花は肉球をめいっぱい高く上げて胸を張る。
「この度、あたしたちのお話が書籍化されることになりましたーっ!」
どんどんパフパフーっ! と、どこからともなくファンファーレが聞こえてきた。
天井にはくす玉が出現し、ぱかっと割れて、『祝・書籍化!』という垂れ幕が現れる。
「いやいやいや」
思わず手を振った。
「んなわけあるか。お前、今日、小説をネットに公開したばかりだろうが」
「あーもうっ、そっちじゃなくてメタ的な話!」
「メタ的とか普通に言っちゃった!? いいのか、それ!?」
「だいじょーぶっ。これ、奏太の夢だから!」
「夢ならなんでもアリということにはならんだろうに……っ」
「あたしがなるって言ったらアリになるのです! だからなる!」
なるらしい。
「というわけで、あたしと奏太のお話、『幼馴染が引きこもり美少女なので、放課後は彼女の部屋で過ごしている(が、恋人ではない!)』が本になります!」
堂々と胸を張る、ちびキャラ唯花。
ちなみにちびキャラなので胸はない。ちょっと寂しい。
「……奏太、夢のなかでも目つきがえっちぃ」
おおう、視線がバレた。
いかん、ここは話題を逸らすために唯花の話にノッておこう。
「ごほん。書籍化ってことは、ひょっとしてこのウエブ版と違うことが色々あるのか?」
「あ、よくぞ聞いてくれましたっ」
よし、上手く話を逸らせたぞ。
ちびキャラ唯花が尻尾をフリフリしながら喜ぶ。
「なんと言ってもイラストが付くよ! 唯花ちゃんの可愛いご尊顔が拝見できちゃう、やったね!」
「自分で可愛いとか言っちゃうのか。まあ可愛いけれども」
「もう表紙画像あるからちょっと見てみる?」
「ん、どれどれ……うお!? 本当に可愛い!」
びっくりした。
唯花ってこんな顔してたんだな……。って、俺もメタ発言に慣れてきたな。
「あとお話的には書き下ろしもあるよ!」
「書き下ろし? どんな?」
「えっとねー……」
肉球の手を掲げ、唯花は指折り数える。
「あたしと奏太の幼稚園時代の話でしょ、小学校時代の話、中1の頃の話、中2の頃の話、中3の頃の話などなど! 色々書き下ろしてあるのです!」
「おー」
昔のことは本編じゃあんまり語ってないからな。それはいいかもしれない。
ちなみに俺は幼稚園の頃の唯花がおススメだ。
黄色い帽子を被って、スモッグを着て、『ほへー』って口癖が超可愛いぞ。
「というわけで、書籍版のわたしたちのこともよろしくね☆」
などとダイレクト宣伝をして、ちびキャラ唯花がぽーんっと飛んできたので、慌てて抱き留めた。
んで、ため息。
「お前なぁ、いきなり飛び込んでくるなよ。落としたらどうすんだ」
「奏太がしっかり受け止めてくれるでしょ?」
「それはそうだが……あとメタ的な書籍化の話もいいけど、自分が書いてるネット小説もちゃんとしろよ。せっかく見てくれた人がいたんだから」
これは前話の話な。
唯花はネット小説をアップし、それを読んでもらえて、少しだけ前に進む勇気をもらったのだ。
「分かってますよーだ。それに書籍化もあたしのネット小説も意味は似てるんだよ?」
「ん? どういうことだ?」
「だってさ」
腕のなかで唯花が微笑む。
ちびキャラらしく、にっこーっと満面の笑みで。
「今ここを読んでくれてる人たちがいて、あたしたちのことを見つけてくれたから、本になることが出来たんだもん。ぜんぶ繋がってるんだよっ」
「ああ、なるほど」
やっとこの夢の意味が理解できた。
唯花はお礼が言いたかったのだ。
俺たちがこれから書籍として外の世界に飛び出していけること。
そのお礼が言いたくて言いたくて、我慢できないくらい言いたくて、このちびキャラ唯花は俺の夢に出てきたらしい。
本物の唯花は引きこもりの人見知りだから人前には出られない。
だから代わりにこの架空の唯花が現れたのだろう。
「そういうことなら盛大にお礼言っとけ」
「うん!」
俺はパチンッと指を鳴らす。
するとデフォルメされたテーブルの上に、これまたデフォルメされたカメラが現れた。
さすがは夢。
出来るかなと思ったら、実際に出来るもんだな。
抱いているちびキャラ唯花をカメラに向け、俺はカウントダウンする。
「いくぞ? 3、2、1……キュー!」
「あのね!」
唯花は腕から落ちそうなほど前のめりになり、そして。
「あの……っ。あのあの、その……っ、えっと……っ」
見る間にだらだらと汗が流れ始めた。
あー……人見知りモードが発動しちゃったかー。
「えっとっ、えとえとっ、あのね……っ」
ついに限界がきたのか、ぽんっと腕から飛び降り、「う~っ」と俺の足の後ろに隠れてしまった。
ちびキャラモードでもカメラコメントは難しかったらしい。
ううむどうするか……と思ったら、後ろからカタカタとキーボードの音が聞こえてきた。
同時に俺の手のなかにポンッとノートパソコンが現れる。
そのディスプレイを見て、苦笑が浮かんだ。
俺はノートパソコンをカメラの方へ向ける。
そこに表示されているのは、唯花が打ったメッセージ。
「『みんな、読んでくれてありがとう! 本当に本当にありがとう……っ! あたし、頑張るから。いっぱいいっぱい頑張るから! だから――見ていてね!』」
だそうだ。
人見知りの幼馴染でごめんな。
でもきっといつか自分の口でお礼を言えるようになると思うから、それまで見守ってやってくれたら嬉しい。
……と、辺りに靄が掛かり始めた。
どうやら夢から醒めるらしい。
じゃあその前に俺からも一言。
唯花の代わりにカメラに向かって。
「書籍化1巻発売だ。どうぞよろしくーっ!」
――それじゃあ、またな!
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