幕間「むかしのはなし」
第18話 一年半前の幼馴染~JK~(唯花視点)
頬を撫でる風が心地よかった。
ここは学校の屋上。
見上げれば青い空があり、見下ろせば校庭と部活中の生徒たちがいる。
あたしはブレザーにスカートという制服姿。風が吹くとちらっと絶対領域が見えてしまいそうになるけど、そこはサービス。
街並みを眺めながら屋上のフェンスに触れる。
転落防止用のものだけど、本気になれば簡単に乗り越えられるような高さだった。
あたしの後ろには幼馴染がいる。
物心ついた時からずっとそばにいてくれる男の子。
「ねえ、奏太」
振り向かず、呼びかける。
弱い風が吹き、あたしの黒髪がふわりと揺れた。
「もしもあたしがここから飛び降りるって言ったら……一緒に死んでくれる?」
「いいよ。一緒に死んでやる」
驚いた。
あまりに返事が早かったから。
奏太がなんて答えるかなんて分かってた。でもちょっとぐらい動揺する振りをしてくれたっていいじゃない。こんなふうに一瞬で返事をされたら、思い知らされてしまう。あたしの考えてることなんて……いつだって奏太に筒抜けだって。
「ただし」
奏太は間髪を入れずに続けた。
まるでお気に入りの深夜アニメを勧めるように、すごく自然に。
「俺は生きるから、お前も生きろ」
風が吹いた。
有無を言わさぬ、力強い風。それは弱っちいあたしをフェンスから押しのけ、高い空へと吹き抜けていく。
……あー、ダメだぁ。惚れるぅ、惚れてしまうぅ……。
奏太はいつだってこうだ。
あたしのワガママはなんだって聞いてくれる。冗談みたいにでっかい器で、あたしを丸ごと肯定してくれる。
でも本当に間違えそうな時だけは、別。
あたしが致命的に間違えそうになると、問答無用で止めてくれる。
今もそう。
こんなふうに一緒に生きろみたいなこと言われたら、惚れちゃうじゃない。もう死ねないじゃない。
まあ、あたしたちはただの幼馴染だから本気で好きになったりはしないけど。しないよ? 絶対しないからね?
結局のところ。
いつも振りまわしてるのはあたしだけど、最後のところで手綱を握っているのは奏太なんだ。根本的なところであたしは奏太に敵わない。
「分かったか?」
「……分かりました。生きるよ、生きますよーだ」
強風でよろけたところを後ろから肩を支えてくれた。
あたしは拗ねた顔で奏太を見る。
「じゃあ、代わりに引きこもる。もう誰とも会いたくないもん。人と話すのだって怖いもん」
「お好きにどうぞ。放課後、毎日会いにいってやるよ」
いや誰とも会いたくないって言ってんじゃん。
当たり前みたいに自分だけは例外だって思ってるんだからなぁ。……まあ、そうだけど。奏太だけは例外だけど。
本当、変な幼馴染だと思う。
奏太は昔から主人公とかヒーローにコンプレックスみたいなものを持っている。自分は違うって言い張っている。
でもこの学校であたしに問題が降りかかった時、颯爽と現れてバッタバッタと解決してくれたのは、奏太だ。
裏生徒会だの番長連合だのが出てくる端からやっつけて、あたし以外の困っていた生徒たちもみーんな助けて、大活躍。
最後はライバルの生徒会長と夕日の河原で決闘とかまでしてた。どこのラノベだ。
あたしが死ぬって言っても取り乱さないし、あっさり止めてくれちゃったし、引きこもることも普通に受け入れてくれて、器でかすぎ。こんなに強い人をあたしは他に見たことがない。
あ、惚れてないよ? 別に好きになんてなってないよ?
子供の頃からキュンキュンしてたけど、颯爽と助けられてもう言い訳できないくらいキュンキュンしちゃってるとか、そんなことまったくないから! ただの幼馴染だから!
……ま、まあ、そんなわけで。
あたしが引きこもることになった原因はすでに奏太が解決してくれて、ただ弱っちいあたしの弱っちい心の在り方によって――今の引きこもり生活は始まったのでした。つづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます