第122話 お家デートで映画を観よう②

 さて現在、俺と唯花ゆいかはおうちデート中。

 ノートパソコンで映画を鑑賞している。


 ガラステーブルにノパソを置き、床のカーペットに座って、俺が唯花を後ろから抱き締めている形だ。


 しかし画面をまったく見ていない。

 抱き締めたまま、唯花を右に左に揺らしてお互いキャッキャしている。


 そんなことをしていたら、いつの間にか映画が中盤に差し掛かっていた。


「あれ? 奏太そうた、奏太。このキャラ、誰だっけ? こんな人いた?」

「ん? いやー……分からん。途中から出てきた新キャラじゃないか?」

「そのわりには主役級でござい、ってオーラが出ておりませぬか?」

「確かに出ておりますな……」


 目を離していた隙にストーリーが行方不明になりかけていた。


 なんとなく主人公たちの恋愛が進行しているのは分かるが、いつの間にか知らない人がわんさか増えている。


 これはいかん。

 一応、話の流れぐらいは把握しておかないと、せっかくのおうちデートの映画鑑賞にならないぞ。

 

「……とりあえず、ちょっと画面に集中するか」

「らじゃー。ちゃんと観ないと、映画観終わってからの感想タイムができないもんね」


「あ、なるほど。それは大事だな」

「大事でしょー?」


 世のデートでは映画館で鑑賞を終えた後、喫茶店などで感想を言い合うという。


 これがデートであるならば、俺たちもそのルールに則らねばなるまい。ちゃんと映画を鑑賞することは必須である。


「よし、じゃあしっかり観るか」

「うみゅ。唯花ちゃん、エクストラ鑑賞モード発動!」


 カッと両目を開き、唯花が集中状態に入った。

 

 説明しよう!

 唯花のエクストラ鑑賞モードとは……俺にも分からん!


 正直、初耳だった。

 たぶん思いつきで言ったんだろう。


「唯花ちゃんのエクストラ鑑賞モードとは深夜アニメの最終回の際発揮される、視覚聴覚味覚のすべてを駆使して没入するモードである!」


 ――だそうだ。

 自分で説明してくれた。


 一応、ツッコンでおくと味覚は必要ないだろ、味覚は。


 しかし唯花が集中するなら、もちろん俺も続かなくては。

 なんせ大事な感想タイムがあるからな。


 画面のなかの映画は去年のヒット作だし、集中すれば当然面白いはずだ。


 ……と、そこまで考えて、ふと思い出した。

 以前、一緒にアニメを観た時は、この体勢プラスアルファの出来事があった。


「…………」


 とりあえず俺は無言。

 唯花と一緒に映画に集中する。


「…………」


 ちゃんと観てみると、うん、やっぱり面白いな。

 途中からでも名作オーラがびんびん出てる。


 きちんと画面を見たまま、俺は控えめに口を開いた。


「なあ、唯花」

「エクストラ鑑賞モードなう」

「分かってる。だから聞くともなしに聞いてくれ」


 俺たちの視線は画面に集中している。

 その状態のまま、ぼそっと言う。


「……俺の表情が気になったら、いつでも振り向いてよいぞ」

「ひゃい!?」


 あ、エクストラ鑑賞モードが解けた。

 唯花は俺の腕のなかでビクッとし、萌え袖を猛烈にパタパタしだす。


「い、いきなり何を言うのよ!? 今、映画中だよぉ!?」

「や、うん、だから前もって申し上げておこうかと。振り向いていいかどうか分からないと、集中できなかろう?」

「そ、そんなこと言って……」


 身じろぎし、『分かってるんだぞ』という口調で唯花はつぶやく。

 前を向いてるから見えないが、ぜったい赤くなっている。


「隙あらば、あたしにチュウする気でしょ?」


 図星である。

 なので、すかさず俺は口笛を吹いた。


「ひゅー」

「下手! ベタな上に口笛が致命的に下手! もうちょっと上手い誤魔化し方はないの!?」

「ぬう……」


 よもや自分がこんなに口笛が下手だとは思わなかったぜ。


 前回一緒に観たアニメは唯花が視聴済みのものだった。


 あの時は良いシーンで俺がどんな顔してるか気になると言って、唯花が要所々々でいきなり振り返ってきて、危うくキスしそうになって大変だったのだ。


 で、今回である。

 ちゃんと観たら面白い映画だったし、また俺の表情が気になったりしないかなーとちょっと思ってしまったのだ。


 もし振り返ってきてキスになってしまっても、その時はしょうがない。事故である。


 ま、今回は俺も避ける気がないという説もあるけどな!


 しかしそんな本音はもちろん黙秘。


「オレ、チュウなんてネラッテ、ナイヨ。コレホントー」

「カタコトとか! またベタな上に説得力が皆無! ……やれやれ、唯花ちゃんも舐められたものね」


 黒髪の後頭部がぐりぐりと俺の頬を押してくる。


「良いかね、少年。女の子はね、男子のそういう下心がちょびっとはみ出す感じに敏感なのですぞ? デート中の下心は御法度中の御法度。肝に銘じたまへ」

「ぬう、反論のしようもない……」


 叱られてしまった。

 前回のことを思い出して、つい出来心が湧いてしまったんだ。


 しかし言われてみれば、下心とエスコートは似て非なるもの。

 女子のジャッジで下心と言われれば、それはもうギルティなのだろう。


 くっ、この三上みかみ奏太、一生の不覚……っ。


「イエス、マム。肝に銘じた。映画中にさりげなくキス狙うのは諦める」

「別に諦めろとは言ってにゃい」

「諦めなくていいのかよ!?」


 思わず叫ぶと、唯花が突然、振り返ってきた。

 情けないことに俺は驚いてビクッと仰け反ってしまう。


 しかしそこに唯花の声。


「奏太、ステイ!」

「イエス、マムっ」


 反射的に指示に従った。

 硬直した俺へ、唯花の両手が伸びてくる。


 指先の出ていない萌え袖のまま、左右の頬を挟まれた。

 微妙に気持ちいい、ブレザーの感触。


 キスされるのかと思った。

 でも違った。


「あたしにもデートの計画というものがあるの。だから――」


 黒髪が視界のなかでふわりと舞う。

 桜色の唇がすっと近づいてきて、


「――今はこれで我慢しておきなさい」




 唯花の舌が俺の唇をペロッと舐めた。




「おわっ!? ちょ……っ!? お前、なんつーことを……っ!?」


 唇から全身に甘い衝撃が流れた。

 まるでアイスでも舐めるみたいにペロッとされ、気持ち良さで肌が泡立った。


 未知の感覚である。

 あたい見ちゃった新世界だった。


 ……っていうか、これキスよりもっとアウトじゃねえか!?


 俺は背後のベッドへふらふらと背を預ける。


「唯花、こんなのどこで覚えてきたんだ……」

「観てなかったの?」


 すでに唯花はお座り状態に戻っていて、萌え袖からぴょこんと指が出て、ノパソの画面を差す。


「さっき映画のなかでやってたよ?」

「マジかよ。まったく観てなかった……」


 エクストラ鑑賞モード恐るべし。

 いや俺がちゃんと観てなかっただけだが。


 ちなみに唯花はあんまり照れてない。

 俺の動揺が面白いのか、イタズラを成功させた子供みたいにご満悦である。


 どうやら自分のしたことがキスよりワンランク上かもしれないことに気づいてないらしい。


 恐るべきはたまに天然な幼馴染。

 それにしても……。


「唯花の舌、えらい柔らかかった……」

「ほえ? なんか言った?」

「ひゅー」


 とりあえず口笛で誤魔化しておいた。

 うん、なんだ、やっぱり映画はちゃんと観なきゃだな……。



                         次回更新:1/3(金)予定

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