第123話 デートのないしょを奏太は知らない①

 心を入れ替え、俺はちゃんと映画を観ることにした。


 まあ、実際は唯花ゆいかのペロリの感触がまだ唇に残っていて非常に落ち着かないのだが。


 しかも当の唯花を後ろ抱っこしている状態なので、倍率ドンでさらに落ち着かない。


 しかし我慢である。

 映画が終われば、感想タイムがやってくる。その時に失敗しないためにもちゃんと鑑賞しておかねば。


奏太そうた、今のシーン覚えといて。あとであたし、ここの感想言うからね」

「承知仕った。心のメモリーに刻み込んで候」

「なぜ武士口調?」


 唯花にツッコまれたがとりあえずスルー。


 思わず武士になってしまうくらい、俺は映画に集中している。

 ……というのは嘘だ。すまん。


 自分を武士だと思って律さねばならないほど、追いつめられていた。


 というのも……ねむい。たいへんねむい。


 唇ペロリの興奮を無理やり沈めたせいだろうか、逆にとんでもなく眠たくなってきていた。瞼が異様に重くて、今にも目を閉じてしまいそうなほどである。


 マズい、本当にマズいぞこれは。

 このままでは本気で寝落ちしそうだ。


 映画中に寝るなんて、デートの御法度あるあるの上位にくるやつなのに……っ。

 

 寝るな、俺!

 どんなことをしてもいい。手段は選ばない。とにかくこの睡魔を退けるんだ。


「……唯花さんや」

「なんじゃらほい、奏太さんや」

「胸触ってもいい?」

「なに言ってんの!?」


 ぐりんっと振り返ってきた。

 ペロりの時みたいに近くなく、警戒するように制服の胸元を隠してる。

 うむ、新鮮だ。大変かわゆい。


「さ、盛ちゃったの!? さっきの唇ペロりんで盛っちゃったの!? だったらあたしもやり過ぎてごめんなさいだけど、デート中にそういうエッチなのはいけないと思います!」


「いかんのか?」

「いかんのです!」


「分かった……。ならば構わぬ」

「また武士口調……え、っていうか普通に引き下がった? なんなのよ、もう」


 不可解そうな顔をしつつ、唯花は再び背中を預けてくる。

 俺の腕をジェットコースターのアームのように「よいしょっ」とセットし直し、また映画鑑賞へ。


 胸触りたいとかのたまった男をそんな簡単に信用していいのかとも思うが、まあ本当に我慢できなくなった時の俺はルパンダイブするしな。そういう信頼は厚かったりする。


 しかし胸を触ったらダメか。

 いやもちろん分かってはいたんだが。


 万に一つ、極度の興奮で意識を保てればと思ったものの、作戦は失敗。

 ヤバいぞ、もう本格的に眠気が……。


 ……………。

 …………………。

 ………………………。



              ◇ ◆ ◆ ◇



 もう奏太ってば、本当にえっちなんだから。


 そりゃー、映画にドキドキして唇ペロリしちゃったあたしもあたしだけど、でもえっちなことはまだダメ。今はデートを楽しむ時間なのです。


 ってことを考えていたら。

 突然、奏太の頭ががくんっと下がってきて、唇があたしの耳に触れた。


「にゃうんっ!?」


 体が一気に熱くなって変な声が出た。

 緊張と気持ち良さで息が止まりそうになる。


 な、なに!? なにが起きたの!?


 驚いている間にも奏太の顔が首筋へと下りてくる。

 冗談交じりのじゃれ合いとは違う、本気っぽい動き。


 えっ、えっ、もしかしてこれ……!?


「そ、奏太……」


 びくびくドキドキしながら小声で尋ねる。

 

「…………するの?」


 イエスとかノーとかじゃなく、主導権をぜんぶ預けちゃってる質問だった。


 普段、奏太はあたしのことをワガママお姫様とか呼んでいる。

 まったく失礼しちゃう話だけども、その意味するところは嫌いじゃない。


 だってあたしのしたいことはいつでも最優先ってことだから。

 つまりデートをしたいって言ったら、真面目にちゃんとデートをするのです。


 でも。

 だけど。


 奏太が本気の本気になった時だけは別。

 もしも奏太にはっきりと求められたら、あたしは拒まない。


 いつでも、どこでも、何をしてても、喜んでぜんぶあげちゃう。


 もしかして……今がその時なの?


 や、うん、突然でびっくりだよ。で、でもここまでちゃんとデートには付き合ってくれたし、もしも奏太がどうしてもって言うなら、あたしは……っ。


「あ、あのねっ。奏太が望むならあたしはね……っ」

「スヤスヤ……ZZZ……」

「…………はひ?」


 覚悟を決めた瞬間、首筋からなんか寝息みたいなのが聞こえてきた。


「え、えっと……奏太さん?」

「…………ゆいかー……」


「や、ゆいかーじゃなくて。もしもーし?」

「……スヤスヤ…………」


「え、うそ? ちょっと、もしかして……」

「ZZZ…………」


「この男、寝てる――――っ!?」


 腰を浮かせて勢いよく振り返ると、奏太の頭は後ろのベッド側へがっくんと傾いた。


 寝てる。思いっきり寝てる。まごうことなき爆睡だった。

 あたし、絶叫。


「ちょっとぉ!? デート中に居眠りってどういうことかね、チミは!? あたしの覚悟はどうしてくれるのよ!? もーっ!」


 肩を揺さぶって叫ぶけど、ぜんぜん起きない。「……ゆいかー……八つ橋は……いいぞ……」と何やら夢のなかのあたしとお話している。


 ええい、こやつめ!

 現実のあたしを置いといて、夢のなかのあたしと仲良くするとはなんたることか!


「ねえ、奏太起きてよっ。奏太ってばーっ!」


 ペチペチペチペチーっと胸を叩く。

 でも起きない。返事もない。まるで屍のようだ。


「むう、どういうこと? こんなに騒いでも起きないなんて、まるであたしが徹夜で戦果稼ぎの周回作業をした時みたいな……」


 そうつぶやいて、ふいに気づいた。


「……あ」


 そうだ。

 奏太は……徹夜明けなんだ。


 伊織いおりを京都まで送ってくれたのが昨夜のこと。

 ホテルについてからは一晩中お説教されてたって朝の電話で言ってたし、それからすぐにこっちに帰ってきてあたしとおうちデート。


「……寝ちゃうはずだよね」


 だって奏太は昨夜から一睡もしてないんだから。


 あたしは肩を落とす。

 これじゃあ、本当にワガママな子だ。


「ごめんね、ぜんぜん気づいてあげられなかった……」


 奏太の頬に触れる。


「……ダメだなぁ、あたし。これからは奏太に頼ってばかりじゃなくて、ちゃんと前に進もうって決めたばっかりなのに」


 穏やかな寝顔をそっと撫でると、「……ゆいかぁ……」とまた寝言がこぼれてきた。


 ちょっと可愛いくて、笑みがこぼれてしまう。


 ……うん、分かってる。


 もしもあたしが謝ったって、奏太は『何言ってんだ、唯花のせいなんかじゃないぞ』って言うに決まってるんだ。


 しかも奏太は本気でそう思ってる。

 だから雰囲気や表情にも出ないし、こっちもぜんぜん気づけないんだよ、もう。


 でもあたしが気に病んだら、この人はむしろそのことに心を痛めるだろう。


 だったら。

 あたしはあえてこう言おう。


「奏太がわるーい! あんな平気な顔されてたら、疲れてるなんて分からないもん!」


 むにーっと頬っぺたをつねってあげる。


 途端、安らかな寝顔が苦悶の表情になり、「……ゆいか……こら、ゆいか……」と夢のなかのあたしに文句を言い始めた。


 ふふ、良きかな。

 たいへん楽しいのです。


「本当、奏太ってば……」


 つねっていた手を離し、また頬っぺたを撫でてあげる。

 するとすぐに表情が緩んできた。


「ゆいかぁ……」


 気の抜けまくった声であたしを呼ぶ。

 こやつめ、本当に可愛いな。


 なんだかむくむくとイタズラ心が湧いてきた。

 脳裏に浮かぶのは伊織とあおいちゃんの16回改め17回問題。


「……デート中にこんな無防備な寝顔しちゃう奏太が悪いんだからね?」


 そう囁き、あたしはそっと奏太の方へ近づいて――。



                         次回更新:1/6(月)予定

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