第121話 お家デートで映画を観よう①

 戦場はぺんぺん草一つ生えない焼け野原になっていた。

 つまり俺と唯花ゆいかは敗北感に打ちのめされていた。


 無論、理由は中学生たちから送られてきた、キス写真 in 金閣寺前である。

 俺はスマホを握りしめてわなわなと震える。


「やられたぜ、まさかの17回目なんて……。こんなの、コークスクリュー・パンチをテンプルに打ち込むようなもんだぞ。伊織いおりあおいめ、なんて残虐ファイターなんだ……」


奏太そうたっ、あたし怖い! 今どきの若者には正義超人のスピリッツというものがないの!? このままじゃ日本の未来はパロ・スペシャルだよ……っ」


「ああ、まったくだ! 全国の中学生が真似して両肩の関節が外れちまうぞ……っ」

「心に愛がなければスーパーヒーローじゃないのにね!」


「俺もその歌詞は大好きだ! まあ、伊織&葵の場合は愛が溢れすぎてキス・スペシャルになってるんだろうけどな……」

「わぁ、真顔で愛が溢れるとか言っちゃう、奏太すごい」


「そこは歌詞なんだから流してくれよ!? ともあれ……」

「うん……」


 へなへなと床に座り込み、2人同時にがっくり。

 だが最後の力を振り絞って決意する。


「若者たちがこれ以上突っ走ったりしないように釘を刺しとこう」

「イエッサー。年長者から釘をしっかりサシサシしとくの、すごく大事」

「じゃあ、俺は葵に」

「了解、あたしは伊織に」


 それぞれのスマホでメッセージを送る。


「『義妹いもうとよ、なんて写真を撮っているんだ。もっと自分を大切にしなさい。お兄ちゃんは哀しいぞ!』」


「『あのね、伊織。お姉ちゃん、そういうのどうかと思うの。チュウってあんまり人に見せるものじゃないよ?』」


 直後、ものすごいスピードで返信が飛んできた。


「『はい!? 誰のせいで撮ったと思ってるんですか!? どの口が言ってるんですか!? どの口が言ってるんですか!? 本当にどの口が言ってるんですか-っ!?』」


「『うわあああ! お姉ちゃんと奏太兄ちゃんが結託した時のツッコミどころしかないこの年上目線! 懐かしくて嬉しくて、でもやっぱりツッコミどころしかなくて、もう僕おかしくなりそうーっ!』」


 中学生たちのメッセージはさらに次々と飛んでくる。

 こっちが返信する隙なんて無いほどだ。


 しかし計算通りである。

 俺と唯花はそっとスマホを置く。


「やれやれ、若者は元気だなぁ」

「年寄りにはついていけないスピード感だねぇ」

「このまま阿鼻叫喚テンションでいれば、あいつらもおかしなムードにはならんだろう」

「うみゅ、ミッションコンプリート」


 スマホをマナーモードにして、鳴り続けてる通知音をオフ。

 可哀そうだが、これも若者たちの未来のためなのだ。

 

 気分が高まって、まかり間違ってキス以上に突き進んだりしてはいけない。健全大事、とても大事。


 伊織と葵のエロ・スペシャルを未然に防ぎ、ひと段落。

 さて、となれば俺たちもデートに戻らねば。


「とりあえず……映画でも観るか?」

「映画?」

「ああ。なんかそういうの……おうちデートっぽいだろ?」


 とりあえず仕切り直しのつもりで提案してみた。

 これが思ったよりツボだったらしく、唯花は花が咲くように小さく微笑む。


「……うん、おうちデートっぽい、です」


 こくん、と頷き、立ち上がる。


「あたしのノートパソコン、見放題のプラン入ってるから色んなのあるよ。なに観るなに観る?」


 ウキウキ顔でベッドのサイドボードからノパソを持ってきて、ガラステーブルに置く。

 

 さてここの選択は重要だぞ。

 俺が今一番観たいのはコウモリマンの悪役誕生を描いた世界的大ヒットヴィラン映画だが、もちろんデートで観るようなものじゃないことは分かってる。


 あとまだ見放題プランとかには配信されてないだろうしな。


「唯花はなにが観たい?」

「えー、まずは奏太がなに観たいか言ってよ」

「や、俺の好みはあとでいいからさ」

「あたしも別に後回しでいいよ。じゃあ、一緒に配信一覧観てみる?」


 肩を並べてノパソの画面を覗き込む。


 さすがに今年の映画は少ないが、でも見逃してた大作とかも結構あるな。

 そういう流行りどころでもいいが……。


「これとかどうだ?」

「あ、うん。いいよ」


 俺が指差したのは、去年ヒットした恋愛映画。

 ちなみにあんまり興味はない。アニメじゃないからたぶん唯花も同じだろう。


 しかし俺たちはすでになんとなく察している。

 このおうちデートにおいて、観る映画自体はあまり意味がないことを。

 

 問題なのは……観る体勢である。


「じゃあ、選択して……再生、っと」

「これでもう映画が始まるのか?」

「そだよ。最初にサイトのCM入って、それから本編開始」

「そっか。えーと、それじゃあ……」


 身じろぎし、俺は微妙に歯切れ悪く言う。


「体勢、変えるか」


 かつて唯花にお気に入りのアニメを観せられたことがあった。

 その時分かったんだが、このノートパソコンは2人で並んで観るには画面が小さい。


 映画の選択ぐらいならなんとかなるが、本格的に鑑賞しようとすると、今の体勢ではどうにも観づらいのだ。


 結果、以前はなんともアレな体勢で鑑賞することになった。

 具体的には……俺が唯花を後ろから抱っこするような体勢である。

 

 映画を観るのなら今回もその体勢が必要になるだろう。


「あー……うん、そうだよね、そうなるよね」


 唯花は微妙に赤くなり、自分の毛先を手いじりする。

 おいこら、そこは快諾してくれよ。溜めを作られるとこっちが恥ずかしくなるだろーが。


「い、嫌なら別にいいけどよ」

「別に嫌とか言ってないし」


 髪を指でくるくるしながら、俺の方をチラ見してくる。


「ただ、ちょっと……照れちゃうっていうか」

「どの口が言うのかね……以前まえは唯花の方から後ろ抱っこしろって言ってきたろ」

「あ、あの時とは違うもん!」


 勢いよく言い、バチっと目が合った。

 キスの距離。さっきの今では意識してしまう距離。


 唯花は「あう……」と吐息をこぼし、俯いた。

 髪をさらにくるくるして、つぶやく。

 強調するように。


「……あの時とは違うもん」

「お、おう……」


 俺も上手くリアクションできなかった。

 明後日の方を向いて、頭をかく。


 仰る通りである。

 以前に後ろ抱っこでアニメを観たのは、唯花が俺に『好きになったらダメだからね?』と言っていた頃だ。


 それが『好きになってもらえるように頑張る』に変わり、実際メチャクチャ頑張って部屋の外に出たりもして、唇と唇のキスをしたこともある。


 お互いに予防線を張りまくってたあの頃とは違う。

 その違いを意識すると……うわ、本当にすげえ照れくさいな!


 だが硬直状態に陥ってはいられない。

 なぜなら画面ではCMが終わり、映画本編が始まろうとしている。


 ここはきっと俺が空気を読んで強行突破すべきところだ。


「というわけで、とう!」

「え!? 何が『というわけ』なの!?」


「脳内会議の結論だ。というわけで諦めて大人しく俺に抱き締められろ」

「こ、ここにきて強気の発言……っ。ちょっとトキめいちゃうっ。――はうっ!?」


 唯花の背後にまわり、腰を下ろして力強く抱きしめた。

 黒髪の間から見える耳が一気に赤くなる。

 制服の萌え袖が視界のなかでパタパタした。


「そ、奏太、なんか……前回より抱き締め方ががっちりなのです」

「わりぃ、ちょっと気持ちが入り過ぎた。お前の言う通り……やっぱあの頃とは違うらしい」


「いいけど……ちょっと痛いかも」

「え!? それは本当にわりぃ! ……こんぐらいでどうだ?」


 少し力を緩める。

 いやちゃんと加減はしたつもりだったんだ。

 

 でもあの頃とは違う感じとか……あとは今の唯花が制服姿なこともあって、無意識に力が入ってしまった。


 軽く動揺していると、腕のなかで唯花がクスクス笑った。


「別に力緩めなくていいよ」

「いや、だって痛いんだろ?」

「ちょっとだけだよ。我慢してあげるから、ほらどうぞ」


 萌え袖が俺の手首を掴み、ぐいぐいとホールドを促す。


「い、いいのかよ?」

「いいよー。だって奏太にすごい求められてる感じがして嬉しいんだもん」


 ……こやつめ、なんつー無防備なことをさらっと言いやがるんだ。

 だがここはお言葉に甘えさせて頂こう。再度、ぐっと腕に力を込めてみた。


「きゃはは、痛ーい。奏太のケダモノー」

「ぬう、楽しそうになんて人聞きの悪いことを言いおるのだ、この娘はっ」


 天罰だ、と抱き締めたまま後ろに体重を傾ける。


 すぐ背後にベッドがあるので、微妙に斜め向きだ。「きゃー、倒れるーっ」とはしゃぐ唯花。


俺も楽しくなって「どうだこのやろう!」と右に左に体を揺らし、唯花がさらにきゃーきゃーはしゃぐ。


 うん、ぶっちゃけ、もう映画とかぜんぜん観ていなかった。



                         次回更新:12/31(火)予定

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