第80話 実験ミニ幕間 ハイスクール・オブ・三上(中編)
現在、五限目と六限目の間の休み時間。
俺はスマホで通話しながら廊下を急いでいる。
通話相手は三年の女子、科学部のマッドサイエンティストだ。
「『
「ありがとな。本当、科学部は仕事が丁寧で助かるわ」
「『にゃははは! 褒めても何も出ないよー? ま、ご所望の
「それはやめろって言ってんだろ!? 控えめにやっとけば完璧なのに、なんでいつもいつも斜め45度に暴走すんだよ、アー子さんは!?」
通話先のマッドサイエンティストの通り名はアー子さん。
すげえモテるのにどんなイケメンに声掛けられてもドン無視で、『好みのタイプは?』と聞かれた時に『アインシュタイン。あ、一般相対性理論を完成させた時のね?』と答えたことから生まれたあだ名がアー子さんだ。
「『えー、いらないの? 媚薬3000倍の湿布。すごいことになるよ?』」
「なったら困るんだよ! ならないように日々頑張ってんだよ!」
「『いいじゃーん。手段なんて選ばずにとっとと幼馴染ちゃんとくっついちゃえよー。みんな、祝福するぜー?』」
「それが出来たら苦労はしないんだっての」
「『ちぇー。あ、そうだ。女子バスケット部の鍵はどうすりゃいい? ドローンで送ろっか?』」
「いやそれは後でいい。今、女バスの部長と更衣室に向かってるんだ。ドローン飛ばして犯人に見つかると面倒だからな」
ういりょーかーい、というアー子さんの返事を聞いて、通話を切った。
横に目を向ければ、俺の隣りにはショートカットの女子生徒がいる。今回、生徒会に依頼してきた女子バスケットボール部の部長だ。
小走りで急いでいる俺に並走しながら、部長はやや戸惑っている。
「本当にウチの更衣室に機材を設置したんだね。鍵を貸した時は冗談かと思ったんだけど……」
「科学部はマッドサイエンティストの集まりだからな。いい試験運用になるって喜んでやってくれたよ」
「あと媚薬とかドローンって……」
「科学部はマッドサイエンティストの集まりだからな。以下略だ」
「略されちゃったよ……」
部長は困惑顔をしつつ、それ以上は聞かないでくれた。
ありがたい。正直、科学部の謎の超科学っぷりは俺も上手く説明できない。
微妙なニュアンスを汲んでくれる辺り、部長はとてもいい人のようだ。バスケ部はウチの学校でもまともな部類だし、こういう人が増えてほしいと切に思う。
で、今回の依頼はこの部長からのもの。
先日のこと、彼女は女子バスケ部の更衣室に隠しカメラがあるのを見つけてしまったそうだ。
しかも運の悪いことに部は現在、大会を控えた大事な時期だという。
下手なタイミングで公にすればチームの士気にも関わるだろう。
困り果てた部長は早期の解決を求めて、生徒会に相談した。
その依頼が俺にまわってきたというわけだ。
ちらっと見ると、部長の表情には今も大きな不安がありありと浮かんでいる。
盗撮魔なんて事案をひとりで抱えてたんだ。当然のことだろう。
せめて気分だけでも今すぐどうにかしてやりたい。
俺は声を張り、はっきりとした口調で話しかける。
「部長さん、安心してくれ」
「え?」
驚いてこっちを見る部長へ、俺は自信に満ちた笑顔を向ける。
普段は
俺はやや過剰なくらいの勝気な笑みで断言する。
「この件は俺が責任持って解決する。放課後までには間違いなく片を付けるよ。今日の部活からは心置きなく練習できるはずだ。だから安心してくれ」
「あ……」
部長はなぜかちょっと赤くなって俯いた。
「あり、がと……。なんだろ、三上くんにそう言ってもらえると、なんか安心できちゃうかも」
「そうか?」
「うん、だって三上くんに助けてもらったって人は学校中にいるし。わたしの後輩にも何人かいるんだ。あとOBの先輩にも。その三上くんが言い切ってくれるなら、大丈夫かもって思えるよ。……ああ、もう顔熱いっ。困ったなぁ、三年生でわたしの方がお姉さんなのに」
部長は冗談めかした口調で言い、赤くなった頬をパタパタとあおぐ。
「わたし、好きな人がいるから耐えられたけど、そうじゃなかったらちょっと危なかったよ? 三上くんにコロッていっちゃうところだったかも。そういうとこ、気をつけなきゃダメだよ?」
「いや冗談やめてくれよ、先輩。こんなことでコロッとなんていかないだろ?」
「うわ、無自覚! いくよ、いっちゃうよ! 自分がピンチの時、頼れる年下の男の子から力強く励まされたら、世の中のお姉さんたちは全員漏れなくイチコロだよ! 気をつけなさい。これ、お姉さんからの忠告だよ?」
「うーむ、そういうもんか?」
「そういうもんだよ。心にすっと切り込んでくるみたいな君の励まし方は3000倍の媚薬に匹敵するよ。あ、ってことはもう湿布いらないね?」
「いやその意図で湿布が必要なんじゃねえから!? そこは誤解しないで頂きたい!」
前言撤回。
女バスの部長、普通のいい人かと思ったら、わりといじってくるタイプのお姉さんらしい。これは油断できん。
ただ、頂いた忠告はちゃんと聞いておこうと思う。俺がコロッといかせたいのなんて、唯花だけだからな。
とりあえず、放課後までに解決できるのは間違いない。
昼休みのうちに科学部に入ってもらって、更衣室に赤外線センサーと超小型のモニター機材を設置してもらった。犯人が現れれば、一発でお縄だ。
さらにはその犯人の目星もすでについている。
実は今も俺と部長で犯人のクラスに行ってきたところだ。
一発お縄でもいいが、もしも話し合いで解決できるならばそうしたい……という部長の意向によるものだ。しかし残念なことに犯人は不在だった。
おそらくは昼休みに俺たちが機材を設置したことに気づいたのだろう。十中八九、犯人は今、更衣室に向かっている。
よってそれを追う形で、俺と部長も更衣室へ急いでいた。
……だが、しかし。
そう順調にいかないのが、俺の運の悪いところだったりする。
巻き込まれ体質というか、トラブルを解決しようとしてると、だいたい他のトラブルが舞い込んでくるのだ。
で、まさしく今もそうなった。
廊下の角を曲がると、突き当りにいる男子が俺の顔を見て声を上げた。
「あ、三上! ちょうど良かった!」
「いや、良くない。俺的にはまったく良くない。先を急いでるんでボードゲームの誘いならまた明日の昼休みにでも……」
「違う、ボードゲームじゃないって! あと俺、三上とゲームやっても勝てないからもうやりたくないし! 馬鹿なこと言ってないで助けてくれよぉぉぉぉっ!」
男子が大騒ぎしながら突っ込んでくる。
正面衝突しそうになったので、とっさに受け止めて一回転。力を受け流して、ぬいぐるみのように床に座らせた。
「なんだ、どうした、何事だ!? ちゃんと聞くから簡潔に話せ! あといつも言ってるけど、わき目もふらずに突撃してくんな!」
「次の授業が体育でサッカーなんだよ! 俺さ、サッカー部だろ? クラスの好きな子に格好いいとこ見せたいんだよ!」
「いや、それは頑張れよ。実力で頑張れよ」
「頑張るよ! 頑張るつもりだったよ! でも頑張れないんだよ! ほら見て、正門のところ!」
男子が廊下の窓を指差す。この校舎からはちょうど正面に正門が見える。
なんだ? と思って、視線を向けると。
「番長たちが他校の生徒とケンカしてるんだよ! このままじゃ校庭で授業なんて出来ないだろ!?」
「はあ!? 何やってんだよ、あの人は……!」
言葉通り、正門前で番長たちが大立ち回りの殴り合いをしていた。
ウチの番長グループは教師たちでも手に負えない。かといって生徒会が出張っていくと全面戦争に発展してしまう。
「番長たちを止められるのは三上だけだろ!? 頼むよ、あのケンカを止めて、俺に素敵アピールのチャンスをくれぇぇぇ!」
思わず頭を抱えた。素敵アピールは置いとくとしても、あのケンカはさすがに放っておけない。
俺は隣の部長に「わりぃ」と謝る。
「先輩、ちょっと先いっててもらえるか? すぐに追いつくから。犯人に出くわさないように更衣室のそばで待っててくれ」
「それはいいけど……三上くん、どうするの?」
「実力行使で止めてくる。時間もないし、超特急だ。――ちょっとそこの窓開けてくれ」
床の男子を
そのままクラウチングスタートのポーズ。
窓が開いたのを確認し、ロケットスタート!
「三上、窓開けたけど、一体どうするん……だぁ!? えっ!? えっ!?」
「み、三上くんっ!? ここ二階だよ!?」
「問題ない! 三階までなら一階と一緒だ――ッ!」
俺は廊下を全速力で駆け抜け、窓枠に足を掛けて――空中に飛び出した。
背後には部長と男子、そして廊下にいた全員が「えええええっ!?」と叫ぶ声。
廊下の天井が視界から消え、代わりにきれいな青空が広がる。
目の前に現れたのは、校舎沿いに立っている木の枝。
それを握り締め、振り子の要領で半回転。
角度を調整し、着地地点は正門前!
そこでは十数人の不良たちが殴り合いをしていた。半分がウチの生徒で、もう半分は他校の生徒といったところか。
急に曇ったかのように正門前に影が落ち、不良たちは「なんだ?」と空を見上げた。そして全員漏れなく目を剥く。
「なんじゃあ、ありゃあ!? 何かがミサイルみたいに飛んでくるぞ!?」
「んん!? あれはまさか――鳥だ! 飛行機だ! いや……毎度お馴染み、裏番の三上君だーっ!」
「裏番の三上だとぉ!? そうか、奴が百戦百勝だった伝説の番長を打ち倒した新たなレジェンド! よし掛かってこい、ワシが貴様をぼろ雑巾にしばぼぎゃべぇ!?」
とりあえず、相手校のリーダーっぽい奴の顔面にドロップキックで着地した。
リーダーの巨体がぶっ倒れ、俺は不良共の真ん中へ降り立つ。
「……まったく、こっちは盗撮魔を追うので忙しいってのに」
ゆっくりと顔を上げる。
手を振り上げ、俺はこの場の全員に訴えかけた。
「お前ら、今すぐケンカをやめろ! 暴力からは何も生まれないのだ――っ!」
一瞬、沈黙が下りた。
で、ウチの番長が指差す。
「いやお前の足元ーっ! 空から舞い降りた過剰な暴力で約1名ぼろ雑巾になっとるだろうがー!?」
とりあえず聞き流した。
まあ、そんなこともある。
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