第79話 実験ミニ幕間 ハイスクール・オブ・三上(前編)

 さて、今は学校の昼休み。唯花ゆいかが筋肉痛でビッキビキになった翌日だ。

 俺はスマホで調べ物をしている。

 唯花にちょうど良い湿布がないか探してるのだ。


 あいつ、湿布の臭いがすると、すぐ鼻を抑えて『ふにゃー!』って嫌がるからな。

 まあ、ぶっちゃけ子猫みたいで大変可愛いので、久々にその嫌がりっぷりを見たい気もするのだが、筋肉痛にさらに鞭を打つのも酷なので、俺はこうして臭いのしないタイプの湿布を探している。


「……三上みかみ……い、聞い……か? ……おい、三……」


 しかしいざ真剣に探してみると、これがなかなか難しい。

 欲しいのは筋肉痛にバツグンに効く上、臭いが一切しない湿布だ。


 もちろんそういう商品はいくらでもあるんだが、レビューなんかを見てみると、結構効果に個人差があるみたいで、これだというのが見つからない。


「……聞いて……る……か? おい、三上……私を……無視す……」


 やっぱ科学部辺りに顔出して作ってもらうかな。

 マッドサイエンティスト揃いのあいつらなら喜んで引き受けてくれるだろうし、昼休みのうちに頼んでおけば、放課後には出来上がってるはずだ。


 でも科学部の作るものは副作用がなぁ。湿布張った途端に唯花が発情ネコ状態にでもなったら、今度こそ俺の理性さんがストライキを起こしかねんし……うーむ、悩みどころだ。


「おい、三上! いい加減にしろ! 私を無視するな。話を聞け!」

「うわ、なんだ!? ああ、会長か。わりぃ、ちょっと調べ物してたんだ」


「生徒会室に呼び出されて、のんきにスマートフォンをいじるとは……っ。いつものことながらどういう神経をしているんだ、お前は」

「いやだって会長、いつも前置きが長えからさ」

「それくらい耐えろ。私は会長な上に三年生。二年生のお前の先輩だぞ」


 ここは学校の生徒会室。

 目の前には執務机があり、メガネにオールバックの男子生徒がこっちを見てこめかみを引くつかせている。ウチの生徒会長だ。


 カルシウムが足りなそうな雰囲気なので、気遣いのできる俺はにこやかに世間話を振ってみる。


「実はさ、唯花のやつが筋トレし過ぎて、筋肉痛になってさ。今、良い感じの湿布を探してんだよ。あいつ、昔から湿布の臭いが嫌いで――」

「お前の幼馴染の話は聞いてない! そうではなく、私の話を聞け!」


 青筋を立てて怒鳴った途端、オールバックの前髪がはらりと崩れた。

 会長の横には、髪を盛った金髪ギャルが立っている。見た目は派手だが、立ち姿は楚々そそとした清楚せいそな雰囲気。ウチの副会長だ。学年は俺と同じ二年生。


 もともとはギャルサークルにいたんだが、会長に惚れて清楚美人を目指してるという異色の生徒会役員である。

 副会長は胸の谷間から櫛を出し、すっと差し出した。


「会長、髪がお乱れです。こちらを」

「ああ、すまない。生徒会長たるもの、身だしなみは常に整えねばな……ん? この櫛は今どこから出したんだい?」


「あーしのパイ乙の谷間からです」

「どっから出してるんだ、君は!?」

「ですから、あーしのパイ乙の谷間からでございます」

「敬語にすれば清楚になるってわけじゃないぞ!? いつも言っているだろう!?」


「駄目ですか?」

「駄目に決まっている!」

「おままじFKです」

「どういう意味だね!?」

「『おまえマジふざけんな』です」

「逆ギレしてるじゃないか!?」


 生徒会の名物コントが始まった。

 一旦始まると長くなるので、勢いがつく前に挙手で止めとこう。


「会長、帰っていいか?」

「帰るなよ!? 三上、おままじFKだぞ!?」

「おお、あの堅物の会長がギャル語をマスターしたぞ」


 思わず感心し、副会長と一緒に拍手した。


「会長、メンディーです」

「会長、メンディーだな」

「どういう意味だね!?」


「『こいつ面倒くさい』です」

「『こいつ面倒くさい』だそうだ」

「馬鹿にしてるだろ!? どうして我が校はこんなふざけた生徒ばかりなんだ……っ」


 大いに嘆き、会長は執務机で頭を抱える。

 だがこのままではいかんと思ったのか、咳払いをして空気を変えた。気を取り直した様子でこっちを睨んでくる。


「三上、私がお前を呼び出したのは、今朝の登校時の件だ。また自動二輪車で登校したそうだな? 複数の生徒たちが目撃しているぞ」

「げ……なるほど、そのことか」


 ようやく状況が分かり、俺は頭をかく。

 会長の言う通り、今朝はバイクで登校した。昨日借りた番長の愛車だ。


 バイクは朝のうちに返し、礼代わりに昼休みは学食の牛丼を奢った。そして『んじゃ、サンキューな、番長』『おう、また何かあったらいつでもアタシに言うがいいぞ、裏番長』と言って別れたところで、校内放送の呼び出しを食らった。で、今に至るというわけだ。


「一応、誰にも見つからずに登校したつもりだったんだけどな。さすがにそう上手くはいかなかったか。わりぃ、会長。次から気をつけるわ」

「次からとかじゃない。やるなと言ってるんだ。しかもお前、以前にもスクーターで登校したろうが」


「えーと、そんなことあったっけか? 記憶にないなぁ」

「あった。全国模試一位の私の記憶力を侮るなよ。誤魔化しはきかんぞ。というわけでペナルティだ。三上、お前には生徒会の仕事を手伝ってもらう」

「生徒会の仕事……?」


 瞬時に嫌な予感がした。

 副会長が一緒だといじられまくるが、ウチの会長はわりと優秀だ。大概の仕事は自分でそつなくこなすし、生徒会自体もまっとうに稼働している。


 なのにわざわざ俺に振ってくるってことは……どう考えても荒事か面倒事だろう。


「全力で『だが断る』をしたいんだが……」

「そう言うと思ったさ。だがお前は断らないよ」

「なんだよ、その断言口調は……」

「断言できるからさ」


 会長は腹が立つくらい確信を持った顔で笑う。


「お前は目の前で困っている人間を見捨てない。一度その手を伸ばしたら、すくい上げるまで絶対に離さない。そんな男だからこそ、私は次期生徒会長に三上奏太を推したいんだ」


 また始まった……。

 心底げんなりして、俺はため息をつく。


「会長なんてやらないって言ってんだろ。俺の放課後は唯花とダラダラ過ごすって決まってるんだ」

「その信念は知っている。だが私が引退するのはまだ先のことだ。考えておいてくれ」


「考えても答えは同じだっての」

「それは残念だな」

「…………」

「…………」

「……で?」

「ん?」


 わざとらしくメガネを上げる仕草にイラっとくる。

 だが腹芸は会長の方が上だ。諦めて尋ねるしかない。


「俺が手伝う仕事の内容は?」

「ほう? やってくれるのか?」

「……わざとらしい。あんたが言ったんだろうが、俺は断らないって。正直、書類仕事なんかの雑用だったら逃げるとこだけどな……誰か困ってるんだろ? だったらとっとと解決しようぜ」

「さすがは私の見込んだ男だ」


 会長が視線で指示し、副会長が資料一式を渡してきた。

 手早く読み込むと、案の定、荒事&面倒事だった。

 執務机で手を組み、会長が要点を口にする。

 

「相談者は女子バスケット部のキャプテン。どうやら学校内に盗撮魔がいるらしい。三上、お前にはこの犯人を捕まえてほしい」

「分かった」


 俺は背中を向け、ブレザーをひるがえす。


「――放課後までに解決しよう」

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