第81話 実験ミニ幕間 ハイスクール・オブ・三上(後編)
正門前には十数人の不良たちがいて、うち1名は俺の足元でボロ雑巾になっている。
俺は全員を見回し、再度通告する。
「もう一度言う。ケンカはやめろ。暴力からは何も生まれないぞ」
すると、ウチの番長が「えーと……」と挙手をした。
番長はバンカラ衣装のちびっこ女子だ。
見た目はただのコスプレ小学生だが、俺より年上の三年生で、そこらの男共よりケンカも強い。ちなみにバイクに乗る時は高下駄をはく。
その番長はなんとも言えない顔で、ちょっと引き気味に口を開いた。
「
「それは気のせいだ」
「いや気のせいではないだろうが!?」
「じゃあ、平和に犠牲は付きものだ」
「じゃあってなんだ!? じゃあって! さらっと酷いなお前は!?」
「酷くもなるさ。番長、いつも言ってるだろ?」
話しながら近づき、番長の小さな顔にアイアンクロー。
「んあ? なんだ、この手は? ……え、あれ? 痛っ、痛たたたたたたたっ!? 怒ってる!? なんぞ怒ってるのか、三上!?」
「怒ってる。超怒ってるぞ。いつも言ってるだろ? どっか余所ならいいけど、学校ではケンカするなって」
俺は全力で番長の顔面を締め付ける。
番長はそこらの男より頑丈だし、男とか女とか関係なく信頼しているので、俺もこういう時に容赦はしない。
別に不良たちがどこでケンカしようが構わないし、もし番長がピンチだったら俺は絶対駆けつける。
でも学校のなかは駄目だ。そいつは絶対ギルティだ。なぜならば。
「
「えええっ!? お前の幼馴染のため!?」
「それ以外に何があるんだよ?」
「あるだろ!? 色々あるだろ!? いやお前の言いたいことも分かるけども、アタシら不良だからして、お前の幼馴染のためにケンカをやめるわけには……」
「じゃあ、投げる」
「へっ!?」
「番長を投げる」
「ま、待て待て待て!? 昨日、愛車を貸してやったろうが!?」
「その恩は牛丼で返したろ? 悪いけど、まだ解決しなきゃならない問題があるから時間がないんだ」
「お前の事情で投げられるとか! アタシかわいそう過ぎないか!?」
「大丈夫、平和に犠牲は付きものだから」
「何も大丈夫じゃないぞ!?」
「いくぞ? ――そいやッ!」
「えっ、そんないきなり……い、いやあああああああああああああっ!」
ちびっこ女子をフルスイング。
番長は意外に可愛らしい声を上げて放物線を描き、校舎二階の窓へとジャストミートした。ボードゲーム好きなサッカー部の声が響く。
「うわ!? なんか番長が飛んできた-っ!? 三上の出てった窓から番長がおむすびころりん!? なにこれーっ!?」
だいぶ混乱しているようだ。
しかし女バスの部長の声は聞こえてこない。彼女はすでに更衣室に向かったんだろう。俺も急がねば。
残ったメンツに視線を向けると、不良たちはあんぐりと大口を開けていた。
「ウ、ウソだろ。人を投げたぞ……っ」
「三上君、容赦ねえ。幼馴染さんが絡むと、相変わらず容赦ねえ……!」
「いや幼馴染さんは絡んでないよな? ものすごく間接的にしか絡んでないよな!?」
「ばかっ、言うな! 口答えしたら投げられるぞ……!?」
俺はぶっ倒れている他校のリーダーを指差し、次に二階の窓を指差した。
「とりあえず、両方の頭は不慮の事故でリタイアした。今日のところはこれで解散してくれるか? ちなみに嫌だって言うなら哀しい事故が増え続けるぞ」
不良たちは顔を見合わせ、全員揃って両手を上げた。
「「「解散します」」」
「よし、平和が一番!」
大きく頷き、俺はすぐさま駆け出した。ほっとした顔の不良たちをその場に残し、目指すは更衣室のある部室棟。
そうして駆け出すと、スマホが着信を告げた。科学部のアー子さんだ。
「『三上ちゃーん、フィッシュ、フィッシュ、フィッシュ! 獲物が掛かったよーん。センサーに感あり、モニターにも映ってる。盗撮魔ちゃんが更衣室に入ってきたぞい』」
「オッケー、想定内だ! 録画しっかり頼む。俺も向かってる!」
「『あ、やっぱり別行動中なのね。だったらちょいヤバいよ。女バスの部長ちゃんが更衣室に入ってきた。盗撮魔ちゃんを糾弾してなんか揉めてる』」
「なにぃ!?」
そう叫んだ次の瞬間、俺はさらなる驚愕に目を見開いた。
正門から部室棟へ続く道には、スロープ状の横道がある。その坂の上から今、台車が滑り落ちてきたのだ。
どうやら用務員のおっちゃんが手を離してしまったらしい。俺にはお馴染みのドジっ子のおっちゃんだ。
見上げると、坂の上でおっちゃんが「しまったーっ!」と叫んでいた。
台車には重そうなダンボールが山積みになっている。
その向かう先には――1年の女子生徒!
「え、ウソ!? きゃあああああああっ!」
「うわぁぁぁ、用務員生活40年で一番の失態! 助けてくれ、三上くーん!」
「あんた、週一でその失態やってんだろ! ちくしょう、次から次へと……っ!」
力を込めて地面を蹴る。砂埃が巻き上がり、瞬時に距離が縮まった。
女子生徒の腕を引っ張ってかばい、同時にダンボールを蹴り飛ばす。
「オラオラオラオラオラッ!」
ちなみに蹴りは一発。残りの気合いはオマケだ。
台車はガシャンッと音を立てて、軌道を変えた。そのまま坂を滑っていき、無事、誰もいないところで横転。
おっちゃんが「ひゃー、助かったよぉ。三上くん、いつもありがとねぇ」と台車の方へ駆けていく。一方、俺は腕を離して女子へ目を向けた。
「大丈夫か? ケガしてないか?」
「は、はい……ありがとうございます。おかげさまで……あっ。あなたは……2年の三上先輩!」
「ん? どっかで会ったことあったか?」
「いえっ、ちゃんと話すのは初めてですっ。でもあたし、先輩の活躍見てて、ずっといいなって思ってて……っ」
化粧ばっちりで茶髪の後輩は、慌てた様子で髪を整え、潤んだ目で見つめてくる。
「こんなふうに助けてもらって、運命感じちゃいました! あのっ、セフレからでもいいのでお付き合いして頂けませんか!?」
「ごめん。俺、愛してる女がいるから君とは付き合えない。申し訳ない」
「1秒でフラれたーっ!?」
後輩はがっくりと膝まづく。
「こんなことって……1年筆頭の隠れビッチクイーンたるこのあたしが瞬殺だなんて。しかも愛してるとか重っ。……無理、ガチ恋には勝てない。残念です。でも分かってました。三上先輩の常時おのろけマシンガンぶりは有名ですし……」
お達者で……と後輩が見送ってくれて、俺は再び走り出す。
なんか申し訳ないが、今は女バスの部長の身が危ない。ゆっくりしているわけにはいかなかった。
用務員のおっちゃんに「本当気をつけてくれよ!? 来週はもう勘弁だぞ!?」と言い残し、俺は部室棟へ向けて走り続ける。
……しかし、今の後輩が言ってた『常時おのろけマシンガンぶりが有名』ってどういうことだ?
「『自覚がないって最強だよねえ。おかげで三上ちゃんに近しい女子ほど、フラグを木っ端みじんに砕かれちゃうんだから。今の後輩ちゃんはまだいい方だよ』」
スマホはまだ通話状態。
アー子さんが何やらため息をついている。俺は納得いかずに眉を寄せた。
「なんか鈍感主人公みたいに言われてるけど、俺はそんなことない……と思うんだが?」
「『確かに三上ちゃんは鈍感ではないけれども。でももうちょっと自分の言動を顧みた方がいいかもねー。いや鑑みたら三日三晩は布団の上でゴロゴロ苦しむことになるだろうから、今のままの方が幸せかな? ……と、そんなこと言ってる場合じゃないみたいだ。更衣室に動きアリ!』」
「どうした!?」
「『盗撮魔ちゃんが部長ちゃんに襲い掛かろうとしてる! こいつはエマージェンシーだぜ!?』」
「ちぃっ、でも幸い間に合った。――着いたぞ」
「『え、着いたって……そっちの位置情報見てるけど、三上ちゃん、まだグラウンドだよね? バスケ部の更衣室は部室棟のなか……』」
「ああ。だからこのまま突っ込む!」
「『突っ込むって!? ちょ、え、えええっ!?』」
「窓ぶち破る! モニター確認してくれ! ガラスの破片が女バスの先輩に当たらない角度は!? アー子さん、頼んだ!」
「『たまに頼ってきたと思ったら、また無茶苦茶言って……っ! 天才の私じゃなかったら対応できないとこだよ!? 疑似ラプラス演算、
「了解! 持つべき者は頼れる先輩だな!」
目の前、カーテンの掛かった窓が見え、思いきり地面を蹴った。
ニチアサのヒーローをイメージして、俺は窓ガラスへ蹴りを放つ。
◇ ◆ ◆ ◇
女子バスケット部の部長。
彼女は窮地に立たされていた。
一人で先に更衣室に入ってしまったのは、どうしても犯人と一対一で話がしたかったから。
しかしそれが裏目に出てしまった。
犯人は逆上し、今まさに彼女へ飛びかかってきた。
「……っ」
悲鳴を上げる余裕はなかった。
けれど代わりに響いたものがあった。それは窓ガラスの割れる音。
突然、犯人の背後のカーテンが盛り上がったかと思うと、窓ガラスが割れて――三上奏太が飛び込んできた。
「そこまでだ、盗撮魔――ッ!」
「な……っ!?」
「三上くん!?」
ガラスの破片はまるで計ったようにすべてカーテンの内側に落ち、鍛え抜かれた腕が振り上げられる。
放たれたのは重く鋭い拳の一撃。
それを真正面から喰らい、犯人は声もなく壁際に吹っ飛んだ。
一方、颯爽と着地して――三上くんがこっちを見る。
「先輩、無事か!?」
「う、うん……平気」
「そっか、良かった……っ」
心底、ほっとしたような無防備な笑顔。
たぶん三上くんは自分が笑ってることに気づいてすらいない。それくらい自然体な笑みだった。
思わずキュンッと来てしまった。好きな人がいるのに、すごいキュンッと来てしまった。
頼れる年下の男の子、本当にやばい。こっちがどうにかなっちゃいそうなほど可愛くて格好良い。
でもわたしが付け入る隙なんてなさそうだった。
三上くんは冷や汗をぬぐうと、犯人が失神しているのを確認して、「よし」と肩を撫で下ろし、言った。
「無事に犯人確保だ。……はぁ、これで安心して唯花の部屋にいける。早く湿布持っていってやんないとな。ってか、早くいきたい。早く放課後になんねえかな、本当」
流れるようなノロケですね、はい。
彼の心のなかは幼馴染さんでいっぱいみたい。他の女の子が入るような余地なんてこれっぽっちもなさそうだ。ついため息がこぼれてしまう。
……はぁ、三上くんにこんなに想われてる幼馴染さんが羨ましいです。
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