第71話 幼馴染探偵は遅れてやってくる

 俺と唯花ゆいかは盛大にフィギュアの棚に突っ込んでいた。

 そこら中に小さな美少女たちが散らばり、俺が下敷きになって、唯花が上になって座っている。


 腰辺りに感じるお尻の感触が柔らかくて大変気持ちいいのだが、尻に敷かれる未来を暗示しているようで、大変末恐ろしい。


奏太そうた、一体この部屋の外で何が起こっているの……?」

「分からん。俺にもさっぱり分からん……」


 なぜ俺たちがこんな状態かと言うと、今しがた、壁の向こうの伊織から報告があったからだ。『僕、彼女ができました』と。


 その直前まで俺たちはすったもんだやっていた。

 俺の全裸でおもらししろ発言によって、唯花がパジャマを脱ぎだし、それを止めようとしているとこに伊織のやべえ感じの発言が聞こえてきたのだが、唯花がまったく気づいていなかったので、怒涛の勢いで説明していたのだ。


 正直、これはもう駄目だと思った。

 伊織の卒業公演アンコールまでありえると思った。

 そこへきて、爽やかな『僕、彼女ができました』発言である。

 勢い余って棚に突っ込んでしまっても仕方ない。


「ねえ、奏太……もしかしてわたしたち、何か勘違いしてたんじゃない?」

「勘違い……?」

「そうよ、たとえば……」


 唯花は口元に手を当てて思案する。

 俺を尻に敷いたままで。


「実は葵ちゃんは存在しなかった、とか!」

「なん、だと……っ!? どういうことだ、キバヤシ!?」

「葵ちゃんの声は伊織が高いトーンで喋っていただけ。つまりは一人二役の演技だったのよ!」

「な……っ!? 馬鹿な、そんなことをしてなんの意味があるって言うんだ!?」

「その答えを奏太はもう知っているはずよ?」


 唯花は名探偵の顔をする。

 俺を尻に敷いたままで。

 しかし言葉の意味するところには、さすがにはっとした。


「反抗期か……!」

「ご名答。伊織は奏太への反抗期に目覚め、このイタズラを仕組んだのよ」

「まじか。それが本当ならまんまと踊らされたぞ……」

「あたしも見事に巻き込まれちゃった。でもそれもここまでね」


 唯花は颯爽と立ち上がった、人を尻に敷いていたとは思えないほど優雅にこちらへ手を差し伸べる。完全に探偵気分だ。


「名探偵唯花ちゃんによって謎はすべて解けた。犯人確保は助手の仕事だよ」

「俺は助手扱いなのか……」


 唯花の手を掴んで立ち上がる。


「反抗期の件、ちゃんと話し合って解決してきたまえ、ワトソン君」

「ああ、そうだな、ホームズ。そうしなきゃな」


 と言ったところで、ちょうど隣の部屋の扉が開く音がした。

 葵ちゃんが帰る……という演技で伊織が部屋を出たのだろう。

 唯花と顔を見合わせ、頷き合う。


「いってくる」

「うん、いってらっしゃい」


 新婚のようなやり取りにちょっとトキめいてしまいつつ、俺は部屋を出た。

 丁寧に扉を閉めて、小走りで駆け出す。


 廊下にはいない。もう階段で下りてしまったようだ。どうやらわざわざ玄関から出るところまで演技するつもりらしい。生真面目な犯人だ。


「まったく、伊織のやつめ」


 結局、なぜ伊織が反抗期になったのか、俺はまだ理解できていない。

 でもニセ彼女なんてものを創作してまうくらいだ。きっと俺に対して思うところが山ほどあったのだろう。


「ごめんな、伊織。分かってやれなくて……っ。でもちゃんと話し合おう。男同士、腹を割って話し合えば絶対分かり合える。だから……っ」


 ニセ彼女なんて、中二病を超えるような黒歴史を作るな……っ。

 玄関にいくと、ちょうど扉が閉まるところだった。わざわざ外にまで出ていったようだ。

 急いで靴を履いていると、リビングの方からお袋さんが顔を出した。


「あらあら、奏ちゃん、もう帰っちゃうの?」

「いやすぐ戻るっす! 伊織は外っすよね!?」

「いおりんなら今出ってったわよ。葵ちゃんを送っ――」

「ども!」


 皆まで聞かずに飛び出した。

 暗くなってきた空の下、目の前の門柱に人影があり、俺は呼び止める。


「伊織! ――と、もうひとり!?」


 玄関先で俺は驚愕した。

 門柱を出たところには伊織がいて、その隣に――栗色の髪の少女がいた。


「あ、奏太兄ちゃん」

「……こ、こんばんは」


 伊織がこちらに気づき、少女もやや固い表情でお辞儀をする。

 思わず声がこぼれた。


「ほ……」

「「ほ?」」


 近所に響き渡るほど絶叫。



「本物いたぁぁぁぁぁぁぁぁ――っ!」



 名探偵の推理は度肝を抜くほど的外れだった。


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