3章「伝説と告白と修学旅行」
第55話 唯花さんはお怒りである(仮)
「
パジャマ姿で両手がむきーっと振り上げられる。
本人の申告通り、唯花は大変お怒りだった。
時刻はほぼ夜。
河川敷で
到着時の状態で、唯花はすでに拗ねていた。
遅くなるとは言ったが、夜になるとは俺も予想外だったから、無理もない。
で、理由の開示を求められたので、ここまでの経緯をかいつまんで話した。結果、怒髪天である。もう枕をぶんぶん振り回して怒っている。
「ハンバーガー食べて、ゲームセンターいって、本屋言って、最後に夕焼け見ながらお話って、それもう放課後デートでしょ、放課後デート! 伊織の反応もいちいち可愛いし、奏太の浮気者ーっ!」
「いや待ておかしい! 伊織はお前の弟だし、俺たち付き合ってない
「しかもあたしの課金カードのお金を伊織に費やしちゃうってどういうことー!? ハグは!? 奏太は代価のハグがほしくないの!? せっかく今日はノーブラでパジャマも今まででいっちばん生地の薄いやつにしてあげてたのに、もうハグしてあげなーい!」
「マジかよ!? 買ってくる! カードは後ほど買ってくるので、そこはご譲歩頂きたい!」
「駄目でーす! あたしがどんな気持ちで待ってたと思ってるのよー! 小説とっくに書き終わってアップもして、奏太に褒めてもらおうって思ってウキウキしながらずっと玄関見てたのに、1時間しても2時間してもぜんぜん来ないしっ、気づいたらどっぷり日が暮れてるしー!」
「そんなに長いこと窓のところで待ってたのか!? 可愛いな、お前!?」
「っていうか、伊織には『耳ふーっ』しちゃダメって、あたし言ったでしょー! 案の定、変な空気になってるしー! 姉弟丼っ!? 姉弟丼を求める変態さんなの、奏太はー!?」
「出た、『耳ふーっ』! なんなんだ、その言い方!? 如月家伝来の固有名詞なのか、ひょっとして!? あと姉弟丼とか言うな、俺そんな特殊な趣味ないから!」
「ってか、『耳ふーっ』の時のあの声、伊織に聞かれてたとかー! とか! とかとかとか! 気まずい! ショックがオーバーキルな致命傷で、お姉ちゃん引きこもっちゃうー!」
「落ち着け、お前はもう引きこもってるから! これ以上、こもりようがないから! あとはせいぜい布団饅頭になるぐらいだから! とりあえず饅頭モードになるか? ほらどうぞっ」
「布団饅頭とか言わないでー! あたしが布団を被った形態は正式名称『布団アヴァロン・アラ・モード』だからー!」
「無駄な女子力&オタ趣味名称!? 初耳過ぎるわ、その設定!」
気を遣って布団を差し出したら、むきーっと押し返されてしまった。
いかん、本当に今日のお怒りは今年一番だ。課金カードという最終兵器もないので、大地の怒りを鎮めようがない。このままでは日本が沈没してしまう。
そして大怪獣唯花はついにクリティカルな一撃を放った。
手にした枕を今にも投げようとしながら。
「あの素直でカワイイ伊織が反抗期になっちゃうなんてよっぽどのことだからね!? ぜんぶ奏太のせいなんだからー!」
「ぐはぁっ!?」
鋭利過ぎるセリフに俺は血反吐を吐いた。
イメージ的には漫画表面でふきだしの一部が突き刺さる感じを思い浮かべてもらえば相違ない。
「だいたいお外でパンツ脱がそうとするとかどうかしてるでしょー!? 男の子だとしても伊織だって年頃なんだから、いくらんでも――って、あれ? 奏太?」
「う、うぅ、うぅぅぅ……」
手から布団がこぼれ、俺はその場にがっくりと膝をつく。
深くは考えないようにしていたが、正面切って言われてしまうと、もう駄目だった。
「うぅ、俺の伊織が……反抗期になってしまったーっ!」
「ええっ!? まさかの号泣!? あと俺のって!」
俺は床に崩れ落ちながら滂沱の涙を流す。
「ずっと奏太兄ちゃん、奏太兄ちゃんって可愛く懐いてくれていたのに! それなのにぃぃぃぃっ!」
「え、や、ちょ……今、あたしが怒るターンなんだけどっ」
「俺のせいだ、俺がもっと上手くやれていれば……っ。分かるぞ、伊織。いくらなんでも姉の喘ぎ声がきっかけで中二病になるとか辛すぎるもんな……っ」
「あのっ、怒ってるあたしですら言及しないでおいたことを明言したらダメだよね? そこ、一番微妙なのあたしだからねっ?」
「くそっ、俺がもっと早くに眼帯と包帯とゴテゴテしたアクセサリーを与えてやっていれば……っ。平均的な道筋で中二病になってれば、兄貴分として『俺の考えた最強の卍解』ごっこにも付き合えたのにぃぃぃぃ!」
「……や、それは奏太がやりたいだけだよね? 中学校の頃、あたしがよく付き合わされてたやつだよね?」
嘆きと哀しみが胸に溢れていた。
男にとって弟分の信頼を失うというのは身を引き裂かれるように辛いことなのだ。ぜんぶ自業自得だってことは分かっている。だとしてもあの時、ああしていれば、こうしていれば、という後悔は尽きなかった。
もう言葉も出ない。俺はただただ涙の海に沈んでいく。
「う、うぅ、しくしくしく…………」
「や、あの、あたしの怒るターン……」
「しくしくしく……」
「だからあたしの……」
「しくしくしく……」
「あた……ダメだ、聞いてない。伊織にそっぽ向かれると、なんでいつもこうなっちゃうの、奏太は」
大きくため息。
「あー、もうしょうがないなぁ」
枕がベッドに放り投げられ、唯花はその場にぺたんっと女の子座りした。
そして膝をぽんぽんと叩く。
「ほら、こっちおいで。慰めたげるから」
俺はしゃくり上げなら顔を上げる。
涙で前がよく見えない。
「……良いのでしょうか?」
「良いのではないですか? 弱ってる時にちゃんと人に頼るのは大事なことだよ?」
「唯花さん、怒っていらっしゃったのでは……?」
「怒っていたけど、泣いてる奏太さんを見てたら怒る気も失くなりました。だからほら、おいで」
ぽんぽん、とまた膝が叩かれる。
……確かに俺は伊織の信用を失くすことに殊更弱い。もう自力で立ち上がれる気がしなかった。
芋虫のようにずりずりと床を進み、大人しく膝を借りる。
「うぅ、唯花ぁ……」
「はいはい、唯花おねーさんですよぉ」
細い腰に抱き着くと、自然体で受け止めてくれた。
パジャマの太ももに顔をうずめると、後頭部を優しく撫でられた。
「よしよし、良い子良い子。奏太は大丈夫だよぉ」
「けど伊織が、伊織がぁ……」
「年頃なんだから反抗期がくるのぐらい当然でしょう? 元気出して。おっぱい触る?」
「……触る」
「まあ、触らせてあげないけど」
「……分かってた。なので『おっぱい揉む?』のパターンでもっかい言ってほしい」
「えー、もう甘えんぼさんめ。特別だよ?」
膝の上でぐるっと一回転して、上を向く。
唯花はこちらを見下ろし、ノーブラのFカップをふにゅっと持ち上げた。
甘やかし全開のおねーさん顔で囁く。
「――大丈夫? おっぱい揉む?」
「……揉む」
「まあ、させてあげないけど」
「……大丈夫だ。唯花の口から『おっぱい揉む』を聞けただけで心が大変癒されました」
「まったくよく分からないけど、それならば良かったです」
なでなでと頭を撫でられる。
とても気持ちがいい。このまま眠ってしまえたらどんなに幸せだろうか。
心をやられた時の唯花の膝枕は最強だ。なんかもうぜんぜん敵わない。
結局、この日はずっと膝枕で過ごし、帰り道でようやく我に返って、「ただの幼馴染だって言ったばっかりなのに、なにやってんだ、俺ーっ!?」と絶叫したことだけはご報告申し上げておきたい。
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