第56話 花を奏でよ、星よ聞け。これが反抗の狼煙だーっ!


 俺と唯花ゆいかはガラステーブルに向かい合って座っている。

 一方は学校の課題をやり、一方はノートパソコンで小説を書いている……のだが、どっちも一向にはかどらない。

 なぜなら唯花がすげえニヤニヤしながら、からかってくるからだ。


「にゅっふっふっふ、昨日の奏太そうた、とっても可愛かったなぁ。あたしの膝に頬っぺたくっつけてさ~。なんていうか、ご飯を欲しがる生まれたてのひな鳥? みたいな?」

「く……っ、三上みかみ奏太、一生の不覚である」

「またまたぁ、昨日はあたしの膝であんなにお楽しみで、し、た、の、に♪」


 語尾に合わせて、テーブルの下で足をつんつんしてくる。

 今日は部屋に来てからずっとこの調子だった。

 『ただの幼馴染宣言』をした直後だったのに、膝まで借りて頼り切ってしまったので、唯花のテンションはもう有頂天である。完全に主導権を持っていかれてしまった。


「ねーねー、奏太少年。唯花お姉ちゃんって呼んでみ? お姉ちゃん呼びだったら、大好きって言ってもセーフだよ?」

「や、もう本当、勘弁して下さい……。昨日のことは思い出すだけで顔から火が出そうなんです」


「えー、いいじゃん。可愛かったよ?」

「男に可愛いって言っても誉め言葉にならないんだよ」

伊織いおりは?」

「伊織は例外。くっ、伊織……っ」


 また目頭が熱くなってきた。

 昨日の河川敷以降、可愛い弟分には会ってない。今日もまだ帰ってきてる様子はないし、今頃どこでどうしていることやら……。

 で、俺が落ち込みだすと、すぐさま唯花がテンションを上げてきた。


「来た来た来たぁ! はい、どうぞっ。おねーちゃんはここですよぉ!」


 しゅばっと目の前にきて、女の子座りでにこーっと笑いかけてくる。

 わざわざ両手をこっちに広げ、甘やかしてあげるよオーラが全開なので、本当に性質たちが悪い。何もかも忘れて飛び込んでしまいたくなる。


「くっ、耐えろ俺……っ。このままじゃ唯花の思うツボだ。いくら伊織の反抗期宣言で心がやられてるからって、こんなこと続けてたらきっと色々なし崩しになってしまう……!」

「いいじゃん、別にー。細かいこと気にすんなよー、少年。おねーちゃんのお膝が待ってるよぉ、ほれほれー」


 女の子座りのまま近づいてきて、あぐらをかいている俺の膝を膝がしらでつんつんしてくる。

 両手は今も広げていて、こっちに向かってひらひらしていた。ついでに胸もぽよんっぽよんっ揺れている。


「あ。今、おっぱい見た。今日のチラ見カウント、これで3ね」

「え、3!? 1だろ、1! まだ1回目ではないですか!?」

「部屋入ってきて最初に顔見た時に1。あたしがノートパソコン持ち上げた時に1。で、今、1。合計3でございます」

「言われてみたらそんな気がしてきた! 自分が怖い!」


 色んな意味で頭を抱える。

 やはり唯花のペースだ。非常によろしくない。


 と、そんなやり取りをしていたら、ふいに――本当に突然、変化が起きた。

 壁の向こうで、伊織の部屋の扉がガチャッと開く音がしたのだ。

 今までこんなにはっきりと扉の音がしたことはない。まるでこっちに聞かせようとしているような音だった。


 唯花も違和感を覚えたのだろう。

 おふざけムードが鳴りを潜め、俺と顔を見合わせる。

 直後、伊織の声が聞こえてきて、俺たちを戦慄させた。


「『ここが僕の部屋。どうぞ、遠慮せずに入って』」

「な……っ!」

「え……!?」


 ――誰か連れてきている!?

 唯花の表情が一瞬で蒼白になり、俺はすぐさまその肩を抱き寄せた。

 支えるように寄り添い、力いっぱい抱き締める。


「大丈夫だ。唯花、落ち着け。大丈夫だ。俺がついてる……!」

「そ、奏太、でも……」


 パジャマの肩は小刻みに震えていた。

 引きこもりかつ、人見知りの唯花にとって、未知の人間は恐怖の対象になる。だからこそ小説で少しずつ頑張ろうとしているのに、安全地帯だと思っている家に知らない人間が訪れるなんて、未曽有の恐ろしさだろう。そんなこと伊織だって分かっているはずだ。


 伊織、何を考えてんだ!?

 いくら反抗期だって言っても、やり過ぎだろ……!


 混乱とも怒りともつかない感情が胸のなかを駆け巡る。

 ――しかしである。

 そんなシリアスムードは次の瞬間に爆散した。

 引き続き、壁の向こうから聞こえてきた声がすべてをひっくり返したのだ。


「『お、お邪魔します……如月くん』」


 それは声変わり前の伊織よりもなお高い声。

 男子の喉からは到底発せられないもの、つまりは――女子の声だった。


 俺と唯花は抱き合っていた体勢からばっと離れた。

 あわわわわ、と口をパクパクさせ、小声の大声で同時に叫ぶ。


「(お、女だーっ! 伊織が部屋に女を連れ込んでるぅぅぅぅぅっ!)」

「(女の子だーっ! 伊織が部屋に女の子を連れてきたぁぁぁぁっ!)」


 恐怖も戸惑いも緊張も、すべて爆散して蒸発して散り散りになって灰になった。

 今世紀最大の野次馬根性に突き動かされ、俺たちは瞬時に壁際へ移動。

 向かい合わせの状態で壁にぴたっと耳を押し当てる。


「『……わたし、男の子の部屋に入ったのって、はじめてかも』」

「『あはは、散らかっててごめんね』」

「『そ、そんなことないよっ。漫画もライトノベルもちゃんとナンバリング順に並んでてちゃんと整頓されてると思う』」


 声からすると、中学生だろう。

 伊織の同級生といったところか。

 しかし驚いた。まさか伊織が部屋に女を連れ込む日が来るなんて。それを隣で聞いてしまう日がくるなんて!


 だが相手がどんな女子なのか、まったく想像がつかない。それらしい話なんて伊織からは何も聞いてないし、そもそも子供の頃から一緒にいるのに、伊織の浮いた話なんて初めてじゃなかろうか。


「(おい、唯花! 何か知らないか!? 我が軍には情報が圧倒的に不足しているぞ!?)」

「(引きこもってるあたしが知るわけないでしょー!? あたしが知ってるのは伊織の初恋が奏太だってことぐらいだもん!)」

「――は!? おい、今さらっと爆弾発言しなかったか!?」

「(ちょーっ!? 声が大きい! しーっ、しーっ!)」


 唯花の手のひらが飛んできて、全速力で口を塞がれた。

 た、確かに今は過去の話をしてる場合じゃない。


 今や俺たちは未曽有の大混乱に陥っていた。

 伊織、お前は一体何を考えているんだ……っ。

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