第33話 奏太のターンの予定が、唯花が意外に本気出してもっかい唯花のターン

 現在、唯花ゆいかの下着姿を見てしまってから3分後。

 床には服が散乱したまま、俺はどんよりと落ち込んでいた。

 結局、伊織いおりの誤解が解けなかったのである。

 

「はぁ、これで伊織まで引きこもりになったらどうしよ、まじで……」


 まあ、伊織はしっかり者なので、なんだかんだ引きこもりなんてならないだろうが、俺こと奏太兄ちゃんの株はきっと大暴落待ったなしだ。


「……つらい。果てしなくつらみが深い……」


 頭や肩に引っ掛かっていた服を手に取り、床の服も回収。俺が片付けないと、誰も唯花の部屋に戻せないからな。こんな時でも生真面目な自分が哀しい……。


 で、改めて唯花の部屋の扉をノック。返事はない。しかし入るなと言われないということは、もう服は着ているということだ。長年のあうんの呼吸で理解し、ノブを回す。


「改めていらっしゃい、奏太」

「ああ、改めていらっしゃったぞ」

「さて、あたしに何か言うことはないかな?」


 わざとらしいぐらいの笑顔。

 当たり前だが、もう下着姿ではなかった。


 唯花はパジャマを着て、ベッドに腰かけ、両手両足を組んでふんぞり返っている。

 まわりには様々な美少女フィギュアが並び、俺へ臨戦態勢を取っていた。さながら女王様と兵士たち。お怒りモードだな、こりゃ。


 俺は拾ってきた服を部屋の隅に置き、ベッドの前に座った。

 もちろんきっちり正座である。


「唯花……」

「うむ」


 なぜあんな状況だったのかは容易に想像がつく。

 昨日、キスできなかったので、代わりに可愛い格好で俺をもてなそうとしてくれていたんだろう。


 で、どんな服にしようか迷って、あれを着たりこれを着たりしているうち、俺が来てしまった、というわけだ。


 ここは俺が素直に謝って、課金のプリペイドカードを買ってくる約束をして、手打ち。というのがいつもの仲直りだ。


 唯花もそのつもりでふんぞり返っている。俺も流れるように土下座をするつもりだった。

 しかし無意識に……謝罪以外の言葉がぽろりとこぼれてしまった。


「どうしよう、唯花。俺、もうどうしたらいいか、分からない……」

「え……、ええっ!?」


 俺はがっくりとうな垂れ、滂沱ぼうだの涙を流す。

 それを見て唯花は慌てふためいた。ベッドから飛び降りて顔を覗き込んでくる。


「待って待って! あたし、別に本気で怒ってるわけじゃないよ? こんなのいつものじゃれ合いじゃん。下着姿見られちゃったのは恥ずかしかったけど、でも奏太にえっちなことさせてあげられないのは悪いと思ってるし、だからむしろ良かったかもって思ってるくらいなんだよ? だから泣かないで? ね? ね?」


 献身的に背中をさすってくれる。

 だが俺の涙は止まらない。


「……すまない。違うんだ。実は俺、今、人間関係に悩んでて……」

「人間関係っ!? 引きこもりに人間関係の相談されても!?」

「変態と頼もしい兄ちゃんの間で評価が揺れ動いてて……」

「変態の人間関係の悩み!? でも頼もしい兄ちゃんって……あ、なんか分かってきた。これ、すごいくだらないことだ」

「分かってるさ! 確かに経緯はくだらないことさ! でも男同士の信頼は何にも代えがたいものなんだよぅ……っ」


 たとえば、先輩と後輩。もしくは上司と部下に置き換えてもいい。

 慕ってくれていた弟分の信頼を失うのは、男として大変つらいものなのだ。

 事実、俺は自分でも意外なほどダメージを負ってしまっている。


「ちくしょう、なんでこんなことに。俺が一体何をしたって言うんだ……っ」

「んー、これ伊織のことだよね? 勘だけど、たぶん奏太はわりとやらかしてると思うよ? なんかこう言語にしづらいところで色々と」

「身に覚えがない……っ。何一つ! これといって微塵も!」

「まあ、本人的にはそういうもんなんだろうねー」


 こちらをまじまじと見つめ、唯花はつぶやく。


「でもなんか新鮮。いつも頼もしい奏太があたしの前でこんなに落ち込んでるなんて……ちょっとキュンとしちゃうかも」


 細い手が伸びてきて、ぺちぺちと頭を撫でられた。


「ほらほら、美人で優しい唯花お姉ちゃんが慰めてあげるから、元気出しなよ?」

「……撫で方が雑」

「いつも奏太がしてくれてる撫で方じゃん」

「俺はもっと丁寧だと思う……」

「むー」


 ふくれっ面になった。慰める方が拗ねていたら世話はない。

 と思っていたら、桜色の唇がふいに囁いた。どこか大人びた声で「……じゃあ、特別だぞ?」と。

 そして次の瞬間、


「えいっ」

「――っ!?」


 Fカップに顔をうずめる形で抱き締められた。

 とんでもない柔らかさが顔いっぱいに広がった。柔らかいのに、パジャマの生地の向こうからブラジャーの独特の硬さも伝わってくる。

 ひどく不思議な感触に頭がスパークしそうになった。


「なっ!? ゆいっ、かっ、おまっ、何を……っ!?」

「はいはい、暴れない暴れない。大人しくしなさい」


 慌てて身じろぎしたが、逆にしっかりと抱き締められてしまった。

 弾むような感触に両頬を押さえつけられ、クラクラする。

 その前後不覚の状態で、優しく背中をさすられた。


「よしよし、良い子良い子」


 心地いい声が耳元で囁く。


「奏太はいつも頑張ってるよ。だから大丈夫。なんにも心配いらないからね」


 なん、だ、これ……っ。

 柔らかい感触と優しい手、心地いい声によって脳みそが溶かされそうだった。

 しかもこんなに密着してるのになぜか興奮しない。むしろ無性に安心感が湧いてくる。

 本当、なんだ、これは……。


「引きこもりヒロイン奥義、亜種固有結界『バブみでオギャらせるワールド~亜種だからお姉さんでもいいよね?編~』」

「ばぶ、み……?」

「奏太は知らないか。じゃあ、なおさら逃げられないね?」


 ぎゅーっとさらに抱き締められる。

 心の弱い部分が一気に包み込まれていく感じがした。


「……っ。よく分からんが、これは途方もなくマズい気がする……っ。は、離してくれっ。予感がするんだ。このままだと唯花に依存してしまう……!」

「依存しちゃえよ、少年」


 抱き締められながら、頭の上で頬がすり寄せられた。

 降り注ぐような好意を与えられ、全身が幸福感に満たされそうになる。


「素直に依存したら、お姉さんがめいっぱい甘やかしてあげるよ? 大丈夫、怖くないから。どんなことがあっても、お姉さんが守ってあげる……」


 これは少年奏太へのセリフだからノーカンね、と前置きし、唯花は囁く。

 俺の髪を撫でながら、熱い吐息と共に耳元で。


「――少年、大好きだゾ?」


 くぅ……っ。

 やばい、溶ける。溶ける……っ。

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