第32話 無意識テンプレ攻撃(唯花のターン)

 唯花ゆいかの部屋への廊下を歩きながら、俺は改めて自分を律する。

 今日はキスを迫ったりしない。エロい空気にもならないようにする。

 自慢じゃないが、俺は倫理と道徳の化身のような男だ。

 長い間、幼馴染として一線を守ってきた自負がある。


「よし、大丈夫だ。問題ない。この後、待っているのはいつも通りの平和な日常だ。……唯花、来たぞー」


 自らの清廉潔白さを再確認し、扉を開けると――。


「……え!? そ、奏太そうた!?」


 唯花がパジャマを着てなかった。

 だがメイド服を着てるわけじゃない。巫女さん衣装なわけでもない。ワンピースでもなければ、オーバーオールでもない。……下着姿だ。


 床には色んな服が脱ぎ散らかされており、その真ん中で唯花はあられもない姿で佇んでいる。

 下着の種類はいつだったか通販サイトで一緒にみた、黒のレース。


 きめ細かな刺繍の施されたブラジャーがFカップの胸を包み込んでいる。

 豊潤な果実のような膨らみを目で追っていくと、自然に鎖骨が視界に入り、そのなだらかさが愛おしく思えた。唯花が俺の鎖骨を舐めたがっていた気持ちがようやく分かった気がする。


 ブラジャーの下には可愛らしいヘソときゅっとくびれた腰があった。常日頃から細い細いとは思っていたが、いざ見てみると、唯花のウエストは本当に細い。Fカップとの対比がすごいことになっている。


 ショーツもブラジャーと同じく細かい刺繍がされているが、真ん中に小さなリボンがあしらわれていた。大人っぽさのなかにわずかな少女らしさを入れ込むという素晴らしい演出だ。


 そのショーツからは健康的な太ももが伸びている。カモシカのように細いが、不健康さはなく、普段は決してみられない足の付け根という聖域に俺の心は奪われる。

 

 唯花はもともと色白だ。引きこもりなことも相まって、その肌は雪のように美しい。そこに黒い下着というチョイスは最高だった。白と黒のコントラストが非常に眩しい。


「……奏太。目を皿のようにしてガン見し過ぎ」

「はっ!?」


 ぷるぷる震えながら指摘され、俺は我に返った。

 唯花はいつの間にか床の服を拾って体を隠している。真っ赤な顔で涙目だ。


 ……しまった。やらかした感がひしひしとする。


 次の瞬間、服がいくつも飛んできた。


「奏太のえっち! ばかーっ!」

「うわ!? ま、待て! 唯花、これは事故だっ。不可抗力だっ。謝罪と弁明の時間を要求する!」

「見ちゃったのは事故でも、ガン見し続けたのはギルティでしょー!? 弁明の権利なんてありません!」


「じゃあ、感謝の表明をっ。一緒に通販サイトみた時は気恥ずかしくて言えなかったんだけど、俺、レースは大変ありだと思ってた! それを唯花が汲んでくれてたことに対して、厚く御礼を――」

「いいから出てってーっ!」


 とうとうガラステーブルに置いてあったノートパソコンが掴まれたので、俺は目を剥いた。


「ちょおおお!? ノパソは駄目だぞ、ノパソは! それは投擲武器じゃないぞ!? 分かった、出てく! 出てくってーっ!」


 死ぬほどで慌てて部屋を飛び出し、バタンッと扉を閉じた。

 さすがにノパソが飛んできたら致命傷を負いかねない。ぜーぜーと肩で息をし、俺は脱力。


「今さら『着替えでばったり』とか、そんなテンプレ展開ありかよ……」


 ため息をつきつつ、なんかいい匂いがすることに気づいた。

 見れば、頭やら肩やらに唯花の投げた服が引っ掛かっていた。廊下の床にも散乱している。火事場泥棒か、もしくは盗みに入った変態っぽい状況だった。

 頭に乗っていたメイド服のスカートを掴みながらぼやく。


「……こりゃまた、世間様には見せられない格好だな」


 すると、ふいに伊織いおりの部屋の扉が開いた。


「――っ! い、伊織!?」



 目が合った。



 絶句された。



 泣きそうな笑顔を向けられた。



 音速で扉が閉じた。



 バタンッと音が響いた瞬間、俺は絶叫。


「ちょっと待て、伊織ーっ! 誤解だ! お前は今、とんでもない誤解をしている! 聞け、聞いてくれーっ!」


 その声は嘆きと哀しみを乗せて、廊下中に響き渡った。

 が、伊織からの返事はなし。俺は服の海のなかで思いきり頭を抱えた。


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