第31話 ネクストステップは難しい
俺の左手は細い腰を抱き寄せ、右手は瑞々しい頬に添えられている。
昨日、俺たちははじめてのキスをした。
今日はさすがにいつも通りに過ごそうと思っていた。
でも無理だ。
あの甘美な感触を知ってしまったら、もう我慢なんてできない。
「
「二回目、もらうぞ」
了承の言葉なんて聞く気もなく、俺は唇を重ねようとし、そして。
「ご」
「ご?」
「ごめん、やっぱり無理―っ!」
「ええっ!? ふごぉ――!?」
久々のアーサー王!
一体どこから取り出したのか、顔面にぬいぐるみの直撃を食らってすっ転んだ。
唯花は俺の手から離れ、ベッドの方へと脱兎のごとく移動する。
俺は赤くなった鼻を押さえ、戸惑うばかりだ。
「な、なんで!? 俺、今優しくなかったのか!? バファロンの倍は優しさ込めたつもりだったんだが!?」
「バファロンの倍の優しさって、つまりは錠剤一個分しかないから例えとしては微妙だと思うの!」
「た、確かに……っ! いや待て、今は薬事法の表記と人間感情の換算を論じてる場合じゃない!」
「た、確かに……っ! えっと、つまりね、なんでごめんかって言うと……っ」
唯花は布団を被って饅頭になり、顔だけ出してひたすらオロオロしている。
「あ、あたしの恋愛観ってゲームと漫画とアニメと奏太だけで出来てるのっ。だからだからだから……っ」
「さりげなく俺が入ってるところにときめきを禁じ得ないが、つまりどういうことだ? 続きをどうぞ!」
「フィ、フィクションに現実が追い付いちゃうなんて頭が追いつかないの! なんかわーってなるの! 昨日は不意打ちだったから気づいたらキスしちゃってたけど、いざ構えてするとなんかすごく恥ずかしくなっちゃって、えーと…………ごめん」
「な、なるほど……」
確かに言ってることは分かる。
なんだかんだ17年間、幼馴染としてやってきたんだ。いきなりそれっぽいことしようとしても、緊張でパニクってしまうのかもしれない。
「あ、あとね……」
「うん?」
「奏太が恋愛モードっぽくなると、似合わなくて笑っちゃいそうになる」
「それはひどくない!?」
やべえ、今年一番のレベルで傷つく……。いや俺だって気づいてたよ? 似合わない雰囲気出してるなって。でも好きな女と良いムードになりかけたら、頑張っちゃうだろ男の子なら。
ただ、まあ……それで唯花に無理させるなんて本末転倒だ。俺はベッドの方へいき、饅頭の横に座って、ぽんぽんと唯花を撫でる。
「じゃあ、まあゆっくりいくか」
「……怒ってない?」
「あほ。こんなことで怒るかって」
「もし怒ってるなら言ってね? お詫びに……」
少しだけ布団から出てきて、唯花は頬を赤らめる。
「……ちょっとぐらいなら胸
「怒ってる。超怒ってる。今なら金髪になって戦闘力53万の相手だって倒せる!」
「あ、本当に怒ってないね。よかったぁ」
「ちくしょう! 幼馴染特有の以心伝心ぶりが憎い……っ」
はぁ、と脱力。今日は何をやっても裏目に出そうだな。大人しく学校の課題でもやろう。そう思って、ベッドから立ち上がろうとしたら、くっと袖を引っ張られた。
「……行っちゃやだ」
唯花が指先だけ出して、引っ張っていた。
むう、可愛いな、このやろう。
「課題やるだけだって」
「……分かってる。でも、もうちょっとそばにいてほしい」
上目遣いでこっちを見つめ、甘えるように言ってくる。
「…………だめ?」
俺は苦笑し、「いいよ」と頷いて、ベッドに座り直す。
手を伸ばすと逃げるけど、離れようとすると甘えてくる。こういう『面倒くさ可愛い』ところも唯花らしい。
俺が座り直したのを確認すると、もぞもぞと顔を出し、手に頬をすり寄せてきた。
「おいおい、ネコか?」
「ネコごっこ」
「じゃあ、にゃーって言ってみ?」
「……にゃあ」
よし、可愛い。
その後、しばらくネコ唯花のあごを撫でることに夢中になった。夢中になり過ぎて、危うく課題をやり忘れるところだった。いかんいかん、気をつけよう。
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