第30話 ネクストステップについて弟は
さて、いきなりだがちょっと回想を挟もうと思う。
俺は今、いつものごとく
『……
唯花をそのまま中学生にしたような整った顔立ち。
今日は学校から帰ったばかりなので、制服のブレザー姿だ。
その手には俺が買ってきたDVDが2枚ほど。さすがにボックスは手が届かなかったので、小分けに献上する作戦にした。しかし当の伊織はなぜか微妙な顔である。
『……実の姉と幼馴染の兄ちゃんのイチャイチャが原因で買ってもらったこの作品を僕はどんな顔して見たらいいのかな? えっちなシーンが出てくる度、ドキドキするどころかすごく居たたまれない気持ちになるよ?』
……非常にごもっともなご意見だった。
大変気まずい気分の俺へ、『あとね』と伊織は続ける。
『僕、日曜の夕方がくるのが怖いんだ。すごく憂鬱になっちゃいそうな予感がするから』
『……憂鬱? 日曜の夕方で? なんちゃらさん症候群みたいなものか?』
『んー、近いけど、ちょっと違う。……あのね、奏太兄ちゃん』
伊織はやおら俺の手を握って言った。
必死に懇願するような、追いつめられた目で。
『僕、この歳でおじさんになるのは絶対イヤなんだよ――っ!』
『
思わず大声で魚の種類を咆哮。
姉に子供ができて、学生の身でおじさんに。つまりはイソノ家のご長男である。
自分もそうなることを危惧した伊織はさらに言い募る。
『大概のことは僕だってもう諦めたよ!? 毎晩毎晩、口から砂糖を発射する夢をみることだって、これが僕の運命なんだって受け入れたもん! でも思春期の身でおじさんになるのだけはしんどいから! お願いだよ、奏太兄ちゃん。せめて僕が成人するまでは色々やらかさないでーっ!』
『お、おおおお、オウマイガッ…………』
地味にショックだったのは、なんか伊織のなかで俺まで『やらかし要員』になってるっぽいこと。
違うんだ、聞いてくれ。子供の頃から色々トラブルを起こす『やらかし要員』は唯花なんだ。で、俺はそれをフォローする役。
伊織のなかで俺は頼れる兄ちゃんのはずなんだ。
なのに……なんか俺と唯花が一緒くたにされてない? 2人合わせて『やらかし要員』になってない? 一体いつの間にこんなことになってしまったんだ……。
落ち込みながら回想終了。
まあ……過ぎたことは仕方ない。忸怩たる思いだが、伊織の信頼はこれからどうにかして取り戻していこうと思う。
気を取り直して扉をノック。
「唯花、来たぞー」
そうして扉を開けると、なんと目の前にパジャマ姿の唯花がいた。
危うく扉に直撃しそうな位置だ。驚いた顔で唯花は飛び退く。
「きゃっ、あっぶないなぁ! 気をつけてよ、鼻ぶつけちゃうかと思った!」
「おわ、びっくりした! いや扉の真ん前にいる方が変だろ。なんでそんなところにいるんだ」
「だ、だってー……」
我らが幼馴染は拗ねたように唇を尖らせる。
「奏太、家に入ってきたのに、ぜんぜん部屋に来ないんだもん。そしたら伊織の部屋から話し声が聞こえてきたから、まだかな、まだかなって思って」
「あー、それなら伊織に……」
買ってきたDVD渡してた、なんて言ったらご機嫌ナナメになるな。
DVDで金欠なのに唯花にまで献上したら財布が保たん。
ここは嘘も方便だ。
「伊織と男同士の話し合いをしてたんだ」
「なにそれ、えっちなこと?」
「えっちなことだ」
「おじさんがどうとかって聞こえたけど?」
「伊織がおじさん趣味になったんだ」
「……………………………………分かった。もう聞かない」
よーし、乗り切った!
唯花が虚ろな目で納得したので、俺はほっとして通学鞄を床に置く。
そしてふと気づいて、視線を窓に向けた。
「そういえば俺が家に入ってきたこと、よく分かったな? ひょっとしてあの窓から見てたのか?」
「あ」
途端に唯花は慌てだした。
「ち、違うからね!? 別に奏太がくるのを待って、毎日この時間は窓から玄関を見てるとか、そんなことまったくないんだからね!? 勘違いしないでよね!?」
「お、お前、そんな可愛いことしてたのか……」
「違うって言ってるでしょー!?」
「テンプレのツンデレ台詞で言っても説得力が増すだけだろうが……」
と、そんな会話をしていたら。
正面から――バチッと目が合ってしまった。
途端、空気が固まる。
「あ……」
「お……」
つい意識してしまうのはお互いの唇。
そう、昨日俺たちは……キスをした。ファーストキスだ。
暗黙の了解でいつも通りの雰囲気でいこうと思っていたんだが……。
ここ最近オシャレを思い出したはずの唯花があえてパジャマ姿なことも、だいたいいつも直行する俺があえて伊織の部屋で長居したのも、すべていつも通りを装うためだ。でもどうやら目論見が甘かったようだ。
「……や、やっぱり難しいね。意識しないようにするのって」
「……だな。どうしても変な感じになるな」
「そ、奏太のせいなんだからね。なんとかしてよ」
「え、俺のせいか。まあ……そうか」
「そうだよ。だって奏太がいきなりあたしに…………キス、したからだよ?」
唯花は頬を赤らめ、自分の唇に指先で触れる。昨日のことを思い出すように。
なんか妙に色っぽい。今までの唯花にはない表情だった。
もちろんこんな表情を引き出したのは他ならぬ俺で……そう思うと、どうにも胸が高鳴ってしまう。
「唯花」
「……はい」
無意識に名前を呼び、返ってきたのは敬語の返事。
それで完全にやられてしまった。
もう我慢なんてできない。
気づいた時には唯花を抱き寄せていた。
「あ……っ」
「唯花。目、閉じろ」
「……うん」
……おじさん趣味の伊織との会話は、もうすっかり忘却の彼方だった。
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