第29話 決着、幼馴染会議!③

 俺は伊織いおりからのメッセージが表示されたスマホをそっとオフにした。

 見なかったことに……一したものの、さすがに申し訳なさは残る。

 これはDVD一枚程度じゃ詫びきれんかもしれぬ。『ToRoveる』のDVDボックスも視野に入れねばなるまい。でもボックスって一体いくらするんだろうか……。


 思わず遠い目になっていると、ベッドの上の唯花と目が合った。

 俺の幼馴染は耳まで真っ赤な上、肩で息をし、今も羞恥に震えている。

 そして視線がぶつかった途端、ばっと両手で顔を隠した。


「こっち見ないでよぉ。恥ずかしくて死んじゃう……っ」

「……っ」


 こっちはお前が可愛すぎて死んじゃいそうだよ……っ!


 俺たちは無言で悶絶し合う。

 でも……このままで今日という日を終わらせたくない。そんな思いがふつふつと胸に湧き始めていた。


 経緯はどうあれ、好きな女があそこまで言ってくれたんだ。このまま終わったんじゃ男が廃るってものだ。

 何かないだろうか。俺からも唯花に敬意を示せる何かが。

 悶絶しながら考えていて、スマホが足に当たった。


 はっとする。頭のなかに閃きが生まれた。

 ヒントは伊織が送ってきたメッセージ。


 ――口から砂糖。


 俺は表情を改め、ベッドの方へ向き直った。

 よし、やるぞ。男を見せろ、三上みかみ奏太!


「唯花」

「え、なに……?」


 こちらへ振り向いた幼馴染へ、俺は深呼吸して言った。


「今から逆転する。悪いがこの勝負、俺の勝ちだ」

「へ?」


 宣言と同時に、俺はベッドに飛び乗った。スプリングが軋み、バランスを崩す唯花。倒れそうになった腰をすかさず抱き留めた。

 途端、「ふえっ!?」と声が上がる。


「そ、奏太……っ。なに? ひょっとして興奮しちゃったの?」

「ああ、した。これはもう当分冷めそうにない」

「だ、駄目だよっ。はじめては優しくしてって言ったじゃんっ。だ、だから……」


 腕のなかで激しく視線をさ迷わせる。

 けれどその声はだんだん小さくなり、最後には伺うような上目遣いで見つめてきた。

 蚊の鳴くようなか細い声。


「……ほ、本気?」


 もしも俺が真剣に求めたら、唯花はきっと拒まない。そんなこと、お互いとうの昔に分かってる。でも……だからこそ、だ。


「言っとくけど、エロいことをしようって言うんじゃないからな?」

「え、じゃあ何を……? ――あっ」


 形のいいあごをくいっと持ち上げた。

 どうにも最近の俺たちは体の関係にばかり傾倒してしまっていた。幼馴染という関係が近すぎて、一足飛びになることばかり考え過ぎていたのかもしれない。

 でも本当はもっと手前の段階があったんだ。


 もちろん問題は多々ある。

 唯花はずっと『奏太にあたしを好きになってもらうぞ大作戦』を展開していて、それは引きこもりから脱するための努力だから、俺は決してなびいてはいけない。


 でもそんな理屈はもうどうてもいい。俺は唯花の言葉で『納得』した。だから同じことをすればいい。納得はすべてに優先するのだ。

 

「唯花……目、閉じろ」

「ま、待って待って! まだ心の準備が……っ」

「待たない」


 あごに添えた指で角度をつけ、もう一方の手で腰をぐっと引き寄せ、そして――。


「そう、た……」


 

 俺は唯花にキスをした。



 触れたのはほんの一瞬。

 唇を離すと、唯花は水晶のような瞳を見開いて放心していた。


「……今、あたしたち…………キス、しちゃった」

「ああ、した」

「ファーストキスだ……」

「子供の頃のおままごとでもしなかったからなぁ」

「な、なんで……」


 感触を確かめるように唯花は自分の唇に触れた。


「なんで……今、キス?」

「次はデートしよう」

「え……?」

「この一年半で近場にも結構、色んなデートスポットができたんだ。だから次はそこにいこう。二人で一緒にな?」

「あ……」


 唯花の瞳に理解が灯る。

 大作戦の間、俺は唯花のアプローチを受け止め続けるだけだった。でもそれは唯花が一人で頑張ってるような状態だ。単純なことだった。一人で頑張るんじゃなく、二人で頑張ればいい。

 同じ目標を見据えて、どうしていけばいいか、二人で考えるんだ。


「納得したか?」

「……した。納得させられてしまいました……」


 悔しそうな嬉しそうな、絶妙な顔で唯花は頷いた。

 俺は苦笑しながら捕捉する。


「さらに言うとな? 押し倒されたら困るけど、最後まで押し倒されたい――そのモヤモヤした気持ちも無くなったろ?」

「あう、悔しいけど……無くなった。モヤモヤがきれいさっぱり無くなって、すごくふわふわした気分。まるで心にお砂糖流し込まれたみたい」

「そうだろう、そうだろう。俺の勝ち?」

「うぅ、ドヤ顔ムカつくー! でも認めざるを得ないっ。お見逸みそれいたしましたよーっ!」


 負けを認め、唯花はベッドの上で地団太を踏む。

 ふはは、愉快愉快。


「ああもう悔しい……っ。でもっ! それより何より!」


 唯花はぴょんと跳ねると、


「とうとう奏太とキスしちゃった――――っ!」


 ゴロゴロゴロゴローっとベッドの上を転がり始めた。

 なかなかの大声だった。つい視線がスマホに向く。電源はオフだが……たぶん今、すげえ勢いで伊織からメッセージ飛んできてるんだろうなぁ。


 でもまあ、いいか。唯花が可愛いし、今はこの恥ずかしがってる姿を目に焼き付けておかねば。

 そんなことを考え、俺は転がる唯花を避けながら、にやにやと見守り続けた。

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