第28話 近所迷惑、幼馴染会議!②


 俺と唯花ゆいかは真っ向から対峙していた。

 バックに龍虎が描かれそうな勢いだが、哀しいかな、どっちも根っこのところが本気じゃないので、おそらくデフォルメされたドラゴンとタイガーが『ギャオー』『ミャー』と騒いている程度だろう。


 とはいえ、今は対立中だ。

 俺はこめかみをピクピクさせて言う。


「よーし、分かった。つまり唯花が言いたいのはこういうことだな? 押し倒されるのは困るけど、ちゃんと最後まで押し倒されたくて、でも本当にされると困るから、押し倒されずに押し倒されたい、と。こういうことだな!?」

「そういうことよ!」

「いやどういうことだよ!?」


 自分で言っててもワケが分からないのに、全力で頷かれてしまった。

 パジャマ姿でふんぞり返る唯花へ、俺はさらに言い募る。


「命題のなかに決定的な矛盾を入れ込むんじゃない! 俺はドラさんじゃないんだぞ!? 四次元的ポケットでもないと不可能だろ、そんなこと!」

「ドラさんにこんなアダルトな要求するわけないでしょう!? 相手が 奏太そうただから言ってるの! 大丈夫、もう21世紀なんだからあと100年分ぐらい奏太なら飛び越えられる。目指せ、22世紀! 君ならできる! あたし、信じてるから!」

「時空まで超越しろとか信頼が重い……っ。あとアダルトな要求とか言うな! 唯花の口からそんな単語が出ると変に興奮する!」

「な、なによ、やる気満々じゃない……っ」


 ちょっと警戒モードへ移行する幼馴染。

 そういうとこだぞ、そういうとこ。大口叩くわりに、いざとなると気が小さいんだから、ちゃんと大切にしてやらなきゃって思うだろ。お前のこと好きな男としては。


 こっちの気も知らず、唯花はちょっと勢いを無くして、指をもじもじと合わせる。

 自分が悪いと分かってる時の仕草だ。そういう可愛いところを見せられると、もうこっちも強く言えない。大人しく唯花の言い分に耳を傾ける。


「……矛盾してるのはあたしも分かってるもん。別に物理法則の限界を超えろって言ってるわけじゃないの」

「そこは冷静で良かった。危うく物干し竿を使って修業を開始するところだったぞ……」

「――多重次元屈折現象ね! でも今のたとえだと宝石剣の方がいいと思うの!」

「あ、今の無し。唯花のテンションが跳ね上がって話が横道に逸れる危険が高い」

「むう、否とは言えない。……了解した」

「良きに計らえ」

「かしこまり」


 ツーカーのやり取りをし、唯花は話を戻す。


「奏太の好きな漫画のあの人も言ってるでしょ? 納得はすべてに優先するって。だから色んなことは置いといて、奏太はあたしを納得させてくれればいいんだよ、たぶん」

「たぶんて。……具体的にはどうやって?」

「分かんない。それを考えるのが奏太のお仕事ですっ」


 なぜか自慢げに、そして無意味に唯花は胸を張る。

 すげえ、ここまで悪びれずに言われると、逆に尊敬してしまいそうになってくる。

 が、しかし。


「無茶なものは無茶だと言いたい」

「えー、なんでよー」

「逆に考えてみるんだ。唯花はできそうか? 色々な問題はさておいて、矛盾とか理屈も置き去りにして、『まあいっか』って俺を『納得』させることが」

「で、できるもん」

「うん、できない時の顔だな」

「むぅぅぅ、できるもん!」


 ムキになって宣言すると、唯花はベッドの上に飛び乗った。

 なんだなんだ、何を始めるつもりだ……?

 戦々恐々とする俺へ向かって、ビシッと指を突き付けてくる。


「今から! 矛盾も理屈も吹っ飛ばして! 奏太にあたしの勝ちだって納得させます!」

「勝ちって……会議の結果までひっくるめるのか。大きくでたな」

「よくお聞きなさい!」


 朗々と通る声だった。


「奏太のメイドさん画像をオカズにするかしないかの件!」

「な――っ!?」


 ここでその話題を持ってくるのか!

 悔しいことに、一瞬で意識を引っ張り込まれた。集中力が数十倍に膨れ上がり、唯花の言葉に全身全霊を傾ける。


「あたしは奏太の画像をオカズにしません!」

「その心は!?」

「あ、あたしは……っ」


 唯花の顔は真っ赤だった。

 涙目でぷるぷるしている。

 今にも逃げ出してしまいそうな雰囲気だ。しかし引きこもりの唯花に逃げ場はない。そしてそれ以上に感動的なまでの勇気を振り絞って、唯花は言葉を続けた。


「あたしは……っ」


 胸の前できゅっと手を握りしめて。


「えっちなことはきっと奏太が一から十まであたしに教え込みたいだろうから、自分でしたことは一度もありません!」

「な……っ!?」

「ちょっと変な気持ちになっても『奏太に悪いな』って思って、ずっとずっと我慢してきました!」

「なな……っ!?」

「だからあたしの体はえっちなことを本当に何一つ知らないの!」

「ななな……っ!?」


 だからだからだからっ、と言葉を重ね、ムチャクチャ可愛い俺の幼馴染はムチャクチャ可愛くお願いしてきた。




「はじめての時はっ、本当に本当に優しくして下さーいっ!」




 クラっとした。意識が吹っ飛び、魂が昇天しかける。

 もう全部どうでもいい。矛盾も理屈も関係ない。俺は『納得』した。唯花の勝ちだ。

 気を失いそうな自分を叱咤し、俺は床に額を叩きつけた。


「お見逸みそれいたしました――っ!」


 同時にピロリロリーンとスマホが鳴った。

 表示されたのは伊織いおりからのメッセージ。しかも連投。

 何事かと目を向けると、



『奏太兄ちゃんへ。近所迷惑なので騒ぐのは程々に』

『あと、そろそろいい加減にしてね?』

『毎度毎度、2人のイチャイチャぶりを聞かされて、僕は口から砂糖吐いて死にそうです』



 ……うわぁ。

 居たたまれない気持ちが炸裂し、俺は静かにスマホの電源をオフ。……はい、見なかったことにしました。ええっと……正直、すまんかった。

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