第34話 無意識テンプレ攻撃(奏太のターン)
「どう? 癒された?」
「異様なほどに癒されました……」
「それは結構」
ふゆんふゆんっと胸がバウンドし、大変エロい感じだが、唯花は「あらあら」と余裕顔。お姉さんモードが継続中らしい。
一方、俺は俺で妙に清い気持ちで脱力しており、唯花の膝の上でぐてっとなる。
「このまま眠ってしまいたい……」
「いいよー。お姉さんの膝でもうちょっと休んでけば?」
「いつもは膝枕なんてイヤがるくせに……」
「今日は特別。弱ってる奏太が可愛いから♪」
大変楽しげな唯花さん。膝の上の俺をなでなでしてくる。
癒される……。が、人としてダメになってしまいそうな気がひしひしとする。
「く……っ。立て、立つんだ、俺……っ」
「お? まだ頑張る系?」
「頑張る系だ……っ。このまま唯花に依存したら俺はダメ人間になる!」
「いいじゃん、別にー。あたしは
「お前はいいんだよ! 俺が一生守るんだから!」
「ふえっ!?」
なぜか唯花のなでなで攻撃が止まった。チャンスだ。意地と矜持を振り絞り、腕立て伏せの要領で俺は唯花の膝から浮上する。
「よっしゃあ、誘惑に打ち勝った! 偉いぞ、俺。立派だぞ、俺。今日の俺は100万点満点だーっ!」
ベッドの淵に背中を預けてガッツポーズ。
……と、なぜか唯花が真っ赤になって固まっていた。
「……そ、奏太。今の……なに?」
「うん? なにってなにが?」
「その……い、一生守るってやつ」
「? 別にそのままの意味だぞ?」
「なんで当たり前の顔してそんなこと言えるのーっ!?」
なんかすごい勢いで床をべしべし叩き始めた。
「い、一生って本当に一生だよ!? 生まれてから死ぬまでって意味だよ!? ちゃんと分かってんの!?」
「……? 分かってるに決まってんだろ。今さら何言ってんだ?」
「~~~~っ」
なんか引きつった顔でぷるぷるし始めた。
「だ、だって……あたし、引きこもりだし!」
「知ってるわ。この世の誰より身に染みてるわ」
「あたしの面倒を見るなんてすっごい大変なんだからね!?」
「誰に物言ってる。その業界の第一人者だぞ、俺は」
「あたしが一生部屋から出なかったらどうするの!?」
「最近は出ようと頑張ってるだろ? それに――」
「ああ駄目! 『それに』の先は言っちゃ駄目! なんて言おうとしてるか、あたしには瞬時に理解できたから絶対に言っちゃ駄目! ああもう、奏太のばかぁぁぁぁ!」
なんか超高速で床をゴロゴロし始めた。
うーむ、マジでワケ分からん。今さらなにに衝撃受けてるんだ、こやつは。
首を傾げていると、唯花が突然ピタッと止まった。
何やら悔しそうな顔で「ぐぬぬ……っ」とか呻いている。
「そのハテナ顔がすっごいすっごいムカつくぅ……っ」
「んなこと言われても」
「奏太がテンプレ鈍感主人公になったぁ……っ」
「おい待て。聞き捨てならん。俺は主人公じゃないし、たとえそうだとしても、世の鈍感主人公たちと並んだら、俺は異様なほどに鋭いぞ、絶対」
「違うもんっ。今の奏太は鈍感だもんっ。例えるなら『ヒロインが引きこもりゆえに未来予想図をずっと考えないように考えないようにしてきたのに、あっさりと青写真を掲げてみせて、なに驚いてんの?』とか言っちゃう主人公のごとしだよ!」
「それまったく例えに――」
「――なってないことを指摘するのもこの場合はデリカシーないからね!?」
「言論が見事に封殺された……」
俺は微妙な顔で困り果てる。
お姫様がなんかご機嫌ナナメなので、どうしたものかと考えて……しかしすぐに「お、そうだ」と思いついた。
せっかくだから体験させてもらったことをお返ししよう。
「唯花、唯花」
「な、なに……?」
まだ床にいる幼馴染へ、俺は両手を広げる。
「こっちに来るがよい。さっきのお返しに抱き締めて、頭を撫でて、癒して進ぜよう」
「はいっ!?」
「ほれ早く」
「む、ムリムリムリっ。今の状態で抱き締められたら、心臓破裂して死んじゃう!」
「だいじょぶ、だいじょぶ。意外に変な気持ちにはならないから。さっきの俺がそうだったから」
「さっきの奏太とはレベルが違うのーっ! 例えるなら『第1部のディオ』と『天国に到達したDIO』ぐらい違うのーっ!」
「そこは普通『第3部のDIO』じゃないのか!?」
「それぐらいレベルが違うって話! なんで分かんないのっ。奏太の鈍感ーっ!」
「悪の帝王の形態から乙女の心情を察せよ、と言われても……っ」
それでも近づこうとしたのだが、唯花は「無理無理無理無理っ!」と騒いで、素早く布団のなかへ潜り込んでしまった。
まるで俺に時止めを放ったかのような速度だった。うむ、やはり悪の帝王は第3部だな。
「おーい、唯花―」
「うぅ、この後、数時間は奏太の顔見て話す自信ない。今日はもうお帰り下さいませ」
「珍しいな、そんなこと言うなんて。んじゃ、とりあえずテーブルで学校の課題やってるからな」
「いや帰ってってば!」
「そう言われて帰るのもなんかあれだろ?」
「もーっ!」
饅頭がもぞもぞと動いた。かと思うと、布団の間から何か細長いものが飛び出し、俺の顔に当たって、へにょんと垂れた。
「それあげるからゴーホーム!」
「んん? なんだこれ…………んなぁ!?」
ブラジャーだった。
黒のレースで、しかもかすかに温かい。外したてだ。
「おまっ!? ちょ、これ……っ!?」
「……ゴーホームしないなら返して」
「あ、急用思い出した。よし、帰るわ。じゃあまた明日な?」
「ん。あと、やっぱり寂しいから明日は早くきてね?」
「承知致した」
唯花の気が変わらないうちに至高の宝を通学鞄へ放り込み、俺は颯爽と部屋を出た。
すると。
扉の音を聞きつけたのか、伊織が自室から顔を出した。
「奏太兄ちゃん、さっきはごめんね。僕、きっと何か誤解を――」
言葉の途中で伊織ははたと止まった。
その視線は一点に注がれている。
鞄から黒いブラジャーがはみ出ていた。
目の死んでる笑顔。
音速で閉じられる扉。
ダッシュで近づき、扉を叩く俺。
「違ーう! 誤解だ、伊織ーっ! これは盗品とかそういうのじゃないっ。お前は今、誤解してるぞぉぉぉっ!」
「不潔だよ! 奏太兄ちゃんとお姉ちゃんはお土産に下着を渡したりするような仲だったんだね!?」
「うわーっ! 誤解してなーい! 弁解のしようがねぇぇぇっ!」
結局、察しが良すぎる弟分の理解は得られず、俺は頭を抱えて絶叫するのだった。
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