第6話 放課後、今日も今日とて、幼馴染が……告らせようとしてくる?
はてさて、そういえば今まで
まず壁際に大きなベッドがある。ここが唯花のメインの巣だ。ベッドカバーはピンク色で、動物のファンシーなクッションが置いてある。
枕側に目覚まし時計を置くためのスペースがあって、ここにいつもノートパソコンを置いたりしてる。
逆側には小学生の時からずっと使っている勉強机、それに小型の洋服ダンスが並んでいる。なかを覗いたことはないが、引きこもりなので洋服ダンスのなかはパジャマと下着が主だと思われる。
部屋の真ん中にはもふもふしたファーの絨毯が敷いてあって、小型のガラステーブルがある。ここがいつも俺が学校の課題をやっているところだ。
ところどころアニメやゲームのポスターが張ってあるものの、基本的に物は少なく、全体は片付いている。……はずだった。
過去の部屋を脳裏に浮かべ、俺はドアの前で現在の状況を嘆く。
「これは一体どういうことかね、唯花さんや?」
「え、えーと……な、何が? どういうことってなんのこと? 別にいつもとなんら変化はないと断言することも不可能ではないと言えなくもなさそうな気配が濃厚じゃない?」
「濃厚じゃねえですよ!? なんだこのゴミ屋敷は!? 俺は足の踏み場がないって言葉を生まれて初めて実感したぞ!?」
部屋は唯花の趣味のグッズで溢れていた。漫画のセットが数十種類、DVDボックスは積み重なり、マグカップやコースターが溢れ、美少女フィギュアがあちこちで幅を利かせている。
もはや唯花のベッドすらも占領され、寝る場所もない有様だった。
「い、いやー、ほら……こないだあたし、通販でちょこっとお買い物したじゃない?」
「したな。ちょっとってレベルじゃなかったけどな。ごっそり散財したけどな」
思い出しても憂鬱になってくる。
あれで唯花のお袋さんに大目玉を喰らったのは誰あろう、この俺だ。何度でも言う、あの時割を食ったのはこの俺、
「それでもどうにか片付けられる範囲の量だったはずだろ?」
「そ、そうなんだけどぉ」
唯花はベッドに残った狭い隙間ででかい剣を抱きかかえていた。
あれは……原寸大のエクスガリバー!? こいつ、本当にいくら使ったんだ!?
青い剣の後ろから顔を出し、幼馴染は可愛く舌を出してみせた。
「おまとめ配送の分が今日届いたの。実は最初の配送はフェイクで、二回目の配送が本命なのでしたぁ。てへぺろ☆」
「なんのフェイクにもなってねえよ!? なんで最初に怒られた時にキャンセルしとかなかった!? ああん!?」
「痛い痛い痛い!? ごめん、ごめんなさい! お宝が盛りだくさんの誘惑にどうしても勝てなかったのーっ!」
聖剣の柄の尖った部分を額へぐりぐり押し込むと、犯人は涙目で自供した。
ああ、しかしこのグッズの量。部屋のなかを見回しただけでクラクラしてくる。
さっき玄関先でお袋さんに『奏ちゃん、帰る時にちょっとお話があるからね?』と異様な迫力の笑顔で言われたんだが、このことだったのかぁ……。
「もう嫌だ。今日は帰りたくない……」
「な、何言ってんの!? 泊めてあげたりなんてしないんだからね!? 奏太の自制心なんてスケルトンの爪の先ほども信用できないんだからっ」
「ど、の、く、ち、が自制心とか口にしてんですか、ああーん!?」
「いひゃい! 柄は、柄はやめてぇ! 刺すならせめて剣の先っぽにして! 安全のためにそっちの方は丸くなってるからぁ!」
肉体言語を使ってひとしきり唯花に反省を促し、俺はベッドの上から部屋を見回す。
「とりあえず返品処理だな。まだ箱を開けてないものは片っ端からクーリングオフだ」
「ええっ!? 返しちゃうの!? せっかく買ったのにぃ!」
「約束された仕置きの一撃が必要か?」
「……いいえごめんなさい大人しくリタイアしますだから宝具の連続使用は勘弁して下さいお願いです」
俺が無慈悲な目で聖剣を構えると、唯花は額を押さえて降参した。
で、早速、仕分けを始めたんだが、まあ量の多いこと多いこと。幸い、発見が早かったおかげで未開封品はそれなりにあった。だが一方で値段の高いものほどすでに開封済みだったりする。
「なんでこう見事に金の掛かる方向へ転がっていくかね、ウチの幼馴染は……」
「いやー、ほらあたしって好きな物から先に食べてくタイプだから」
「嘘言うな。お前は一番好きな物ほど絶対最後まで残しておくタイプだろ?」
「……ソンナコト、ナイデスヨ?」
ぎこちない口調で目を泳がせる。
視線で悟らせないようにする仕草で瞬時に分かった。キュピーンッと目を開かせ、俺はベッドの下へ手を突っ込む。
「ここだッ!」
出てきたのは一番高そうな未開封品。小学生っぽいキャラクターの絵がプリントされた、馬鹿でかい抱き枕だった。
「うわぁ……これ、独身紳士が買うものじゃないのか? とにかく没収! 返品だ!」
「いやぁぁぁぁっ! 霞ママの抱き枕だけは許してぇ! 毎晩、霞ママを抱き締めて安眠するのが夢だったのぉぉぉぉ!」
「ママって! 正気に戻れ! これどう見ても小学生だろ!?」
「駆逐艦だから進水日換算だと80歳以上なのぉぉぉっ!」
「それはそれでママじゃなくね!?」
80歳オーバーの霞ママさんの抱き枕も没収。ノートの切れ端に『クーリングオフ品。慈悲はない』と書いた扉横の返却品ゾーンに仕分けした。
そうして結構な量を移動させたのだが……。
「開封済みの品が高価過ぎる。如月家の家計へのダメージが計り知れない……」
「敵はあたしたちの予想以上に強大だったわけね、ゴクリ」
「したり顔でゴクリとか相棒面するな。敵の正体はお前だ、お前」
「なんてこと!? あたしの内なるオルタがすべての元凶だったの!? つまりあたし自身はまったく悪くない!?」
「よし、開封済みの漫画本も新古書店にぜんぶ売っ払おう」
「いやぁぁぁっ! そっちは許してぇ! オルタの例えがハマらなかったんなら、アナザー唯花ちゃんの例えにするから! 唯花ちゃんウォッチがあれば、奏太もあたしに変身できるよ!? ね? ね?」
「ワケ分からん。俺は海賊戦隊一択だ」
「レンジャー・キーの方!? その例えが言えるなら意味分かってるじゃん!」
腰に縋りつく唯花をずりずりと引きずって、容赦なく仕分けしていく。クーリングオフに慈悲はないのだ。
勉強机の引き出しも開いてチェック。『勉強机に漫画なんてあるのか?』と侮るなかれ、唯花はこういうところにお気に入りの漫画を隠すのだ。
そうして引き出しを開けた途端、腰の唯花が「あ、そこはダメ!」と今までと違う声を上げた。
「……ん?」
まさか下着でも入ってるのかと焦ったが、それよりマズいものが入っていた。
小学生時代の文房具の間に隠すように収まっていたのは、最近アニメ化もされた漫画。
実は俺も読んだことがある。というか同じ単行本を持っている。
その内容は、その、なんというか……両思いの男女が相手に告白させようと毎度画策する話……だ。
両思い。そして、それを互いに気づいている関係。
「…………」
「…………」
変な沈黙が下りた。
何食わぬ顔で仕分けしてしまえば良かった。そこで唯花が食い下がってきて、『しょうがないな。じゃあ、この漫画だけだぞ?』とでも言って、さらっと引き出しに戻せば済んだ話だ。
なのに俺は一瞬固まってしまった。
俺たちは幼馴染だ。お互いの考えてることは空気感でだいたい分かる。
唯花はもう気づいている。
俺がこの漫画の内容を知っていることを。
ぶっちゃけ、すげえ気まずい。
「……髪」
先に沈黙を破ったのは唯花だった。
「……髪、ぐしゃぐしゃになっちゃった。奏太が引きずったから」
俺の腰にぐりぐりと額を押しつけてくる。
「だから梳かして。奏太の責任でしっかりきっちりとっ」
「……分かった。クシは?」
「そこ。ベッドの横。あと仕分け作業はここまでね? 今日はもうおしまい」
くっ、ここぞとばかりに……っ。
と思うが、空気が変になったのは俺のミスだ。「……致し方なし」と了承し、移動する。
唯花はベッドの上にぺたんと座り、俺はミントグリーンのクシを渡され、その後ろに座った。
「……今、気づいたけど、俺、誰かの髪を梳かしたことなんてないぞ?」
「いいよ。優しくしてくれれば」
「痛かったら言えよ?」
変な意味に聞こえそうな会話だったが、お互いスルー。
クシを髪に差し入れ、出来る限り丁寧に梳かし始める。
「痛くないか?」
「平気。むしろ気持ち良い。毎日やってほしいくらい」
「考えとく」
「考えるだけ?」
「唯花が散財をやめたら善処しよう」
「ううむ、それは難しい注文だなぁ」
「難しいのかよ」
少しいつもの空気に戻った。
唯花が身動ぎし、そばにあったクッションを抱き締める。
「ねえ、奏太。あたしがどうしてゲームやアニメや漫画が好きか、知ってる?」
「いいや。なんでだ?」
「未来があるから」
その声は小さな灯火のように儚く、揺らめいた。
「あたしはね、生き生きとしたキャラクターたちの物語が好きなの。そこには未来がある。色んなピンチや超展開はあるけど、みんな、ちゃんと明日に向かって進んでる。だから好き好きでたまらないの」
俺はクシを置く。ちゃんと聞くために。
幼馴染は吹けば消えてしまうような声で言った。
「あたしはこの部屋から出る気はない。あたしの人生に未来はない」
だから、とは言わなかった。でもそう聞こえた。
「奏太。――あたしのこと、好きになったらダメだからね?」
たとえば。
俺が物語の主人公で、唯花がそのヒロインだったなら。
今が告白のタイミングだろう。
俺が唯花に好きだと言い、その手を引いて、今すぐ外の世界に連れ出せたら、素晴らしいハッピーエンドになると思う。
でも俺たちは主人公でもヒロインでもない。
ただの幼馴染だ。
そして幼馴染だからこそ、お互いの考えてることがなんとなく分かってしまう。
この空気は罠だ。『好きになったらダメだからね?』という度、唯花は俺に告白させようとしている。告白させた上で盛大に振ろうとしている。
――未来のない自分から
そうはいくかよ。思い通りになってやるもんかよ。
俺たちは幼馴染だ。如月唯花がどれだけ泣き虫で、淋しがりで、三上奏太がいないとダメなのか、俺はきちんと理解している。
だから告白しない。
いつの日か、唯花が自分の未来を思い描けるようになるまで、絶対に。
「好きになるわけないだろ。俺たちはただの幼馴染なんだから」
いつも通りの返事をして、俺は――唯花を抱き締めた。
後ろからなので顔は見えない。でも唯花が驚いているのははっきりと分かる。
「ちょ、ちょちょちょ、奏太!? 何よいきなり! ベッドの上でハグとか……それ、駄目でしょ!? アウトでしょ!?」
「セーフだ。これ、前借りだから」
「ま、前借り?」
「明日は俺のバイト代が出る日だろ? 課金カード買ってくるからその前借り」
「あ、ああ……そういうこと」
「セーフだろ?」
「それならセーフ……なのかな? 空気的にはレッドカード退場ぐらいのアウトだけど」
「俺、空気とか読めないから」
「よく言うよ……」
抱き締めている体から強張りが消えた。
ふっと肩の力を抜き、背中を預けてくる。
「前借りならさ……」
俺の肩に頬を寄せ、唯花は囁く。
「もっと強く抱き締めてよ。あたしが壊れちゃうくらい」
「これ以上しっかり抱いたら、腕が胸に当たりそうだぞ?」
「………………………………ちょっとくらいなら許す」
マジか!? あのガードが固いと見せかけて、緩いと思いきや、やっぱり固い唯花が!? テンションが一瞬で天元突破した。ついでに理性が蒸発した。
「ゆ、唯花ーっ!」
「きゃあーっ!? お、押し倒していいとは言ってなーい! やっぱり奏太の自制心なんて信用できないじゃないのーっ!?」
じゃれ合いが始まり、どうにかいつもの空気に戻った。あとどさくさ紛れにちょっと胸にも触れた。
代償にわりとガチめなビンタを頂戴したが、89センチの感触に比べれば安いもんだ、うん、ついでに明日の課金カードの額を十倍にされたんだが、それも安いもんだと思いたい。思えるかな。思えたらいいなぁ……。
追伸。
唯花のお袋さんにはクーリングオフの件で大変喜ばれたが、唯花の悲鳴を聞きつけていたらしく、別件としてコンコンと問い詰められた。幼馴染の胸の代償はやっぱデカかったッス……。
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