第5話 放課後、今日も今日とて、幼馴染のブラを買う。
いつものように適当にノックし、いつものように
「
「俺、今日は帰るわ。んじゃあまた明日」
「なんでーっ!? 手伝ってよ!?」
踵を返したところでガシッとしがみつかれた。
もうちょっとで逃げられたのに、ズルズルと部屋のなかへ引きずり込まれる。ちょっとしたホラー映画の気分だ。
「分かった! とりあえず話は聞くから離せって! 知ってるだろ? 俺、オカルト系は苦手なんだよ!」
「誰がオカルトの話なんてしてるのよ!? 今してるのは下着の話っ。ちゃんと聞いてくれないと呪って祟ってネット環境壊滅させてやるんだから!」
「行き着く先が引きこもり特有の地獄だな!? いいよ、俺、外でフリーWifi使うから!」
と言いつつ、結局巻き込まれるのがいつもの流れだ。
色々諦め、とりあえず鞄を置いて床の絨毯に座った。
「……で、一体何がどういう話なんだ?」
「や、まあ……折り入って話すのは恥ずかしいことなんだけど」
「安心しろ。聞いてるこっちもかなり恥ずかしい」
「ええとね? 実は……」
向かいに女の子座りした唯花は、もじもじと指を合わせ、なんとも歯切れ悪く言う。
「……使ってたブラがとうとう完全に合わなくなっちゃって」
……オウ、シット。
俺は静かに頭を抱えた。
まあ、そんなところだろうとは思っていたが……以前に聞いたところによると、唯花は中学の頃のブラジャーをずっと使用していたはずだ。だんだんキツくなっているとは言っていたが、ついに装着限界を迎えたらしい。
「とは言っても、下着なんだから何種類も持ってるんだろ?」
「そうなんだけど、今日着けようとしたブラが引っ張った拍子にホックが壊れちゃって。どれも似たような大きさだから……」
「他のも同じようになってしまう見込み、と」
「……そのような見込みの所存でございます」
恥ずかしそうに肩をしょげさせる幼馴染。
いつもの奔放さは鳴りを潜めている。もともと唯花は性的なことへのガードが固い。……いや緩い気もするが、俺がエロいこと言うと怒るし、どっちかと言うと固いでまあいいんじゃないかな。
そんなわけで自分から下着うんぬんの話をするのはだいぶ恥ずかしいのだろう。
「それでなんで俺にお鉢が回ってくるんだ、というツッコミはあるんだが?」
「いいじゃない。あたしと奏太の仲なんだから」
「ブラの相談をされるってどういう仲だよ」
「幼馴染のよしみに決まってるでしょ」
「普通の幼馴染は下着の相談はしないと声を大にしていいたい」
「言っていいよ? はい、大きく息を吸って――」
「普通の幼馴染は! 下着の相談など! しない! って何を言わせん、だ……よ!?」
ツッコミの途中で慌てて、ぐりんっと首をまわす羽目になった。
俺の奇行を見て、幼馴染が「奏太?」と眉を寄せる。
唯花は『はい、大きく息を吸って』と言った時、自分も肺をめいっぱい膨らませていた。
その時にパジャマのボタンとボタンの間から健康的な肌と何やら魅惑的な膨らみが……その、なんだ。
「……お前、さっき『今日着けようとしたブラ』が壊れたって言ってたじゃん? ってことはその……」
「……あ」
ようやく気付いた様子で、ばっと自分の胸を隠す。
頬を赤らめ、責めるような上目遣い。
「……奏太のエッチ」
「いやいやいや、ここは不可抗力だろ。むしろちゃんと替えを着けてなかったそちらにも責任があるのではなかろうか!」
「浅慮! 今の奏太の発言はあまりに浅慮でございます! 替えを用意するなんて、お母さんに頼まなきゃいけないじゃない!」
「そこは頼めよ! むしろ新しいブラもお袋さんに頼めば解決じゃねえか!」
「はい、また浅慮ーっ!」
幼馴染は無駄にドヤ顔する。
「あたしを一体誰だと思ってるのかな? 高校入学と同時に引きこもって一年半! お風呂にいくのも夜中に忍び足するような、スーパー引きこもり美少女・如月唯花ちゃんだよ! 奏太以外とお話しするのなんて、たとえ家族であろうと無理ですから!」
どどーんっ、とバックに文字でも出そうな宣言だった。
俺は頭痛を感じて頭を抱える。
「威張るな威張るな。あと胸を張るな。また見えるぞ。見ていいなら、ガン見する許可をくれ」
「ダメ。見せない。エッチなことはいつかちゃんと好きな人が出来てから、恋人にお願いしてさせてもらいなさい」
パジャマの上から胸を完全ガードし、そっぽを向く。
この辺りにはコメントしない。君子危うきに近づかずだ。
ただまあ唯花のブラジャーを入手する必要性は痛いほど分かった。このまま日常的にノーブラでいられたら俺の精神が保たない。
「新しいのを買うのはいいとして、サイズは分かるのか? 今のサイズは分からないとか以前に言ってたろ?」
「それは大丈夫。さっきメジャーで計ったから」
「いくつだったんだ?」
「トップが89で、アンダーが65。だからたぶんFカップ」
「…………」
……なんでこういうことは普通に言うかな。平静を装って訊く俺も俺だけどさ。
机の上にメジャーがあることに気づいてちょっと身動ぎしてしまいつつ、頬杖をついて話を進める。
「それで手伝うって、俺はどうすればいいんだ?」
「駅前のランジェリーショップいって買ってきて。地図はパソコンで出してあげるから」
「無茶ぶりの規模が空前絶後――ッ!」
度肝を抜かれた。
こやつ、まさか俺をポリスメン沙汰にさせたいのか!?
「えー、以前に下着屋さんに突撃してくれるって言ったじゃん!」
あほう、それは会話の流れだ。冗談だ。
「よし、分かった。唯花、俺がダンボールで作ってやる。それで我慢しろ。な?」
「が、我慢できるわけないでしょ? 子供のオモチャじゃないんだかね!?」
「いいだろ別に、だって俺としか会わないんだから!」
「奏太と会うからちゃんとしたの着けてたいの! どうして分かってくれないのっ」
「分っかっんねえよ!? むしろ分かったら変な意味になるだろ、この場合!」
「もうっ、いいからほら!」
唯花はテーブルにあったノートパソコンを操作する。
開いたのはランジェリーの通販サイト。
それをこっちへ向けながら、恥ずかしそうに目を逸らす。
「……奏太の好みのブラジャー着けてあげる。だから……奏太が選んでよ」
「……っ」
……一瞬、クラッといきそうになった。
いかんいかん、冷静さを保たねば。
「いいのか、それ?」
「いいよ、幼馴染だから」
「……幼馴染って役得だな」
「そうだよ? あたしみたいな美少女の幼馴染に生まれた幸運を、奏太はもっと噛み締めて生きるべきなんだからね? とりあえずこのサイトの中から奏太の好みを教えて」
「へいへい。そんじゃあ、えーと……」
マウスのホイールに指を掛け、ページをスクロールする。
唯花のノートパソコンの画面は小さい。隣りで覗き込むために、唯花がつつつとそばに寄ってくる。
89センチの胸が肘に当たりそうになって、ちょっと『おおう……っ』と思った。
一方、肝心なところでガードの緩い幼馴染は、まったく気づかず、画面を見てにやにやし始める。
「へぇ~、奏太ってこういうレース多めなのが好きなんだ? そういえばこないだのメイド服にもフリルがいっぱい付いてたもんね?」
「ばっ、違えよ。これはたまたま表示されてただけだって」
「ちゃんと好きなのを選んでよ。ほらこの黒のレースとかはどう?」
「とりあえずレースから離れろ。俺の好みより……そうだ、唯花に似合うのを探した方がいいんじゃないか?」
「ふーん、じゃああたしにはどんなのが似合うと思う?」
至近距離で上目遣いに見つめてきた。
胸はしっかり腕で隠してるくせに、体を見せつけるようにしなを作ってくる。
唯花のパジャマは中学時代のものだ。もうあちこち小さくなっていて、体のラインははっきりと分かる。
くびれた腰やヒップのラインも鮮明で、これで下着姿を想像するなという方が無理だ。
いやむしろこの会話の流れは……下着姿を想像しろってことだよな!? もう幼馴染としてアウトじゃありませんか!?
「あ、奏太が照れたー。可愛い♪ 顔真っ赤だよ?」
「て、照れてねえですよ」
「照れてるよー? ほら頬っぺた、真っ赤。うりうりー」
ニヤニヤしながら頬を指先で突いている。
あー、鬱陶しい! 可愛い! 腹立つ! 可愛い!
「っていうか、この通販サイトで買えばいいんじゃないのか!?」
「え、無理だよ。通販サイトってクレジットカードとかいるでしょ?」
「世間知らずのお嬢さんや、代金引換というものをご存知かい?」
「……おお!」
その手があったか! という顔でポンッと手を打つ。
結果、今回の騒ぎは通販の代金引換を利用することで解決と相成った。
支払いについても俺が帰りに唯花のお袋さんに事情を話し、きちんと払ってもらえることになった(だいぶ恥ずかしかったが……)。
が、しかし。
後日、味を占めた唯花が通販でDVDボックスだの漫画の全巻セットだのを買い漁り、なぜか俺がお袋さんから大目玉を喰らう羽目になった。
ウチの三上家と唯花の如月家は親の代からの付き合いなので、子供たちは一緒くた、唯花の散財は俺の散財という扱いらしい。
これこそ声を大にして言いたい。理不尽だ……。
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