第3話 放課後、今日も今日とて、幼馴染がメイドになる。

「はぁ、憂鬱だ……」


 唯花ゆいかの部屋にきて、とりあえずテーブルの前に座り、通学鞄と荷物を置いて、俺はため息をついた。

 毎度、パジャマ姿の幼馴染はベッドでスマホを握り、周回作業に勤しんでいる。


「ちょっとー、人の部屋に来るなり、ため息とかどうなの? 不景気極まりないぞー?」

「いいよなぁ、お前は。もうパジャマが標準装備だろ? そんなお気楽ニート生活してるブルジョワジーには俺の悩みは分からんて」

「舐めんな。あたしの今の装備は対南国用のトロピカルサマーだから」

「いつゲーム内の話をした? 現実の話だ、現実の話」


「現実でもあたしのパジャマへの拘りはこないだ教えてあげたでしょ? ほら、今日はウサちゃん柄よ。あたしのウサちゃんにジャンピング焼き土下座で謝って」

「ファンシーな兎キャラクターなのに、謝罪レベルがえげつない……。すみませんでした、ウサちゃんさん。反省するので空中からのジューシー鉄板だけは勘弁して下さい」

「宜しい。素直な謝罪に免じて特別に許して進ぜよう。……っていうのはいいとして、その荷物なあに?」


 唯花は胸のウサギの絵を引っ張りながら声を当てていたが、通学鞄の横の紙袋に目を留めた。俺は再びため息。


「開けてみれば分かる」

「もしかしてあたしへのプレゼント? あ、ひょっとして原寸大のエクスガリバーとか? やった、ありがとう! 持つべきものは経済力豊かで金銭感覚のイカれた幼馴染だねっ!」

「違う、大いに違う。小市民なことに定評のある俺をそんなロックスターみたいな生き様にするんじゃない。あと秒で自分へのプレゼントだって勘違いする、お前の自信はどこから来るの?」


 俺の素朴な疑問を華麗に無視し、唯花はベッドから下りると、紙袋のなかを覗き込む。

 そしてすぐに「およ?」と眉を寄せた。

 怪訝な顔で取り出されたのは、フリルたっぷりでスカート短めのメイド服である。


「……奏太そうた、そっちの趣味に目覚めちゃったの?」

「そこは自分へのプレゼントって誤解してもいいところだろ? いや違うんだけどさ。ファーストジャッジで俺の趣味を疑うってどうなんだ? おいやめろ、その目をやめろ。泣きそうになりながら気丈な笑顔を浮かべるな! 憐れむくらいなら腹抱えて笑ってくれ!」

「……大丈夫、奏太がどんなに道を間違えたって、あたしは味方だよ。幼馴染の絆はこんなことじゃ無くならないからね!」

「だから悲壮な覚悟を決めるなって!」

「えへへ、これからは部屋の中と塀の中で引きこもり同士だね。でも毎日お手紙書くから! 看守さんの言うことちゃんと聞くんだよ?」

「逮捕確定っ!? お前の頭のなかで俺は何をやらかしたことになったんだよ!? 違うっての、これは文化祭の衣装! クラスの奴らの悪ノリで女装喫茶やることになったんだよ!」


 文化祭の華といえば、やっぱり喫茶店。最初はせっかくだから捻ったものをやろうという話になったのだが、出てくる意見はVR喫茶とか芸能人を呼ぶとか実現不可能なアイデアばかり。

 結局、スタンダードなメイド喫茶に落ち着いたものの、捻りを加えたいという欲求が変な方向で形になり、俺たち男子がメイドをやることになったのだ。

 俺の説明を聞くと、唯花は「ほへー」と気の抜けた声で頷いた。


「文化祭ねー。それで奏太がこれ着るの?」

「誠に遺憾ながら」

「普通に女子がやればいいのにね」

「心の底から同意する」

「ふーん……」


 メイド服を手にして、唯花は何か考え込む。

 そして唐突に言った。


「ちょっと後ろ向いてて」

「なんで?」

「いいから。こっち見たら怒るからね?」


 ほら、と肩を押され、後ろ向きにさせられてしまう。

 壁に貼られた、軍艦キャラのポスターを眺めていると、背後から衣擦れの音が響いてきた。次いで、パサッ……と軽めの上着が床に落ちる音。


 …………んっ!?


「おい、唯花っ。お前まさか着替えてんのか!?」

「だから振り向くなって言ってるじゃん」

「いや振り向きたい! ここはさすがに振り向きたいぞ!?」

「正直っ!? 絶対ダメだよ!? 振り向いたら三日は部屋に入れてあげないからね!?」

「むしろ三日の出禁で済むのかよ!? 罰軽くない!? ウサちゃんさんをディスった時のジャンピング焼き土下座と吊り合い取れなくない!? 司法省、仕事してんのか!」

「しょ、しょうがないでしょ? 三日も会えなかったら辛いじゃない!」

「俺は耐えられるぞ!」

「あたしが耐えられないの!」

「正直か!?」


 怒涛の混乱のせいでスレスレのことを言ってしまっている気がする。

 だがその間に唯花の着替えは終わったらしい。「絶対振り向かないでよ!?」と念を押していたところから一転、一段落した調子で「よし、許可。振り向いていいよ」とお許しが出た。


 かなり残念な気持ちを抱えつつ、俺は「うい」と返事をする。

 正直、着替え中を見たかった。半脱ぎの幼馴染を見られるなら、三日の出禁も耐えられる構えだった。……ま、もし本当に見たりしたら、完膚なきまでにご機嫌を損ねられて、大量の課金カードを献上せざるを得なかっただろうから、俺の財布の方が耐えきれなかっただろうけど。ゲームもしてないのに課金破産はしたくないぜ。


 胸中でため息をつきながら俺は振り向く。

 そして。


「か……っ」


 言葉を失った。

 そこには超絶美少女のメイドさんが立っていらっしゃった。

 男子が着て笑える姿になるように、あえて女子用の服を用意していたから、サイズもちゃんと合っている。

 フリルいっぱいのメイド服からほっそりした手足が伸び、柔らかな髪がエプロンドレスの上でウェーブを描いていた。


 正直、メイド服を着ているんだろうとは分かっていた。

 それでも油断していた。いつもパジャマ姿しか見ていないから、そのギャップがとんでもないことになっている。

 そうだ、俺の幼馴染は美少女なのだ。美少女がメイド服なんて着たら、そりゃ株価が青天井で大気圏を突破しますがな。


「どう? 唯花ちゃんのスペシャル・メイドバージョン。ご感想は?」


 唯花はスカートをちょんと摘まんでポーズをつけ、コメントを求めてくる。

 こっちの気も知らず、いつもの調子のドヤ顔だ。

 俺はどうにか精神を立て直そうと頑張ったが……無理だった。うん、こりゃ無理だ。


「か……」

「か?」



「…………可愛い。本当に、マジで、メチャクチャ可愛い。こんな可愛い唯花を見られるなんて俺は幸せものだ」



「な――っ!?」


 マジトーンの感想を聞き、唯花の顔が一瞬で真っ赤になった。

 

「な、なに真顔で言ってるのよっ。そんな雰囲気で言われたら、あたしも返しようがないじゃない。もう奏太はっ、え、えーと……」


 いつもの調子で混ぜっ返そうとして、唯花は途中で言い淀む。

 頬を赤らめて視線をさ迷わせ、


「あ、ありがと……」


 恥ずかしそうに毛先を指でいじりながら目逸らし、もう一言付け足した。


「……ご主人様」


 大気圏を突破した株価が銀河系を飛び出した。

 クラっときて、俺はその場に倒れ込む。


「……へへ、銀河系万歳。今の俺はゲイツを超えた富豪だぜ……」

「奏太っ!? ちょ、大丈夫!?」

「唯花、後世の投資家たちに伝えてくれ。大恐慌のブラックマンデーを救うのは、メイドさんが降臨する放課後のギャラクシーマンデーだってな……」

「何言ってんの!? しっかりして! 奏太!? ねえ、奏太ーっ!?」


 唯花が駆け寄ってきて、間近のメイドカチューシャで倍率ドン。

 俺は素敵な笑顔で轟沈した……。


 教訓。

 美少女のメイドさん姿は危険すぎる。

 なんだかんだ、ウサちゃんさんのパジャマは正しかった。

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