第四節 見えない僕 と 見える彼女
聞きこみ調査
その翌朝。現場検証は放課後に行うことにしていつものように学校へ向かう。
教室に入ると、何やら女子たちが大声で噂話をしていた。くだらないと思いつつも、僕は彼女たちの話に聞き耳を立てる。
「――ねえねえ聞いた? うちの学校の生徒が事件に巻き込まれたって噂」
「あ、知ってる~。なんでも覆面かぶった犯人に襲われたんでしょ? 怖くな~い?」
「怖~い。しかもね、話しによれば襲われたのはうちのクラスの相澤らしいよ」
「え~ウソ~? そーいえば……相澤のやついないね。いつもなら無駄に朝早くからいるのに。でも相澤を狙うなんてバカな奴もいるのねぇ」
「ほんとよねえ。あいつ、全財産三十円とか言ってたもんね」
お、おい……マジかよ……、こんなところでうちの学校の生徒が覆面強盗にあっただって!? しかも……被害にあったのは同じクラスの相澤くん!? もしも彼女たちの噂話が本当なら大変なことだ。すぐにでも全校集会が開かれるかもしれない。
僕の予感は当たった。朝のホームルームは中止になり、急遽、体育館で全校集会が開かれることになったのだ。
体育館は集まった生徒たちのざわめきで包まれていた。
生徒指導の須田先生が壇上に上がりマイクを手にする。
『え~知ってる人もいるかもしれないが、昨日の夕方、うちの学校の生徒が強盗事件に遭いました。幸いにして怪我はほとんどなかったのが不幸中の幸いですが、皆さんもくれぐれも気をつけるように!』
その後事務連絡などをして集会は終わった。緊急の職員会議のために、午前中の授業は自習になった。しかし、こんな状況で真面目に勉強できるわけもなく、皆、教室に戻ってからもざわめきは止む気配を見せない。
そんな中、僕は筆箱の中にいるサナにそっと耳打ちした。
「おい……これって、昨日僕達が調べた事件だよな……」
「はい、おそらくは。同じクラスの人が被害に遭うのは私も予想外でした」
「やっぱやめた方がいいんじゃ……。警察に任せたほうがいいよ、きっと」
「何言ってるんですかマスター! これはチャンスですよ! 謎の覆面犯人による事件をマスターが解決すれば、同じクラスの相澤くんも他の皆だってマスターのことを見直しますよ」
「そうは言っても……」
実際に同じクラスの人が被害に遭ったことで、事件は現実味を増してきた。いや、もちろんニュースで報道されていたから現実に起きた事件だったのだろうけど、自分とは住む世界が違う、関わりのないものだと思っていた。しかし、自分の身近にいる人が巻き込まれたことで、昨日までは他人事だと思って調べていた事件が急にリアルな現実味を帯びてきたのである。
「そー言えば……被害に遭った相澤くんはどうしているのでしょうか?」
「確か……警察の事情聴取を受けているって先生が言ってたな。今日は学校も休みで、聴取が終わったら家に待機しろと言われたらしい。被害者も事件の重要参考人ってことか」
「それはそうですよ。犯人の情報を知っている貴重な人間ですからね。これは、私達も相澤くんに話を聞く必要がありますね……。マスターは相澤くんの住所知ってるんですか?」
「いや知らない……っていうか、お前マジで事件の捜査するつもりなの?」
「当たり前です。私はもう止まりませんよ。マスターが止めるって言っても、止めませんから。この事件の解決には私の意地とプライドがかかっているのです!」
はぁ~……なんでこうもやる気になっちゃったかなぁ……。こりゃ、もうしばらく付きあう他なさそうだ。
とは言っても、相澤くんの住所を聞かないことにはどうしようもない。誰かに聞かなきゃいけないけど、先生は職員室で会議中だし、僕の頼みを聞いてくれそうな人なんて……。
そんな時、教室の片隅で静かに読書をしている高橋さんの姿が目に入る。高橋さんなら……いや、そんなにうまくいくわけ無いか。昨日、僕は彼女に失礼な言い方をしてしまったし、もしかしたら怒って口も聞いてくれないかもしれない。
その時、高橋さんが偶然にも僕の方を見た。一瞬目があって、すぐに僕は視線を机の上のノートに移す。 すると、高橋さんがすっと僕の席の方へと歩いてきた。
彼女は僕の横へやってきてつぶやいた。
「篠宮くん? さっき私の方見てたけど、何か用でもあったの?」
す、凄い……。一瞬目があっただけで、ここまで行動するか普通? 僕はこの時、高橋さんの尋常ならざる行動力を目の当たりにした。
高橋さんはぽんと手をついて言った。
「もしかして、昨日のこと考えなおしてくれたの?」
「いや、違うんだ。そ、その……」
うまく切り出せずまごついていると、筆箱が一人でにもぞもぞと動き出す。冷や汗モノだったが、幸い高橋さんは気にしなかった。
「高橋、相澤の住所知ってる?」
「相澤くんの家? 知ってるけど、どうして?」
僕が答えられずにいると、高橋さんははっと思いついたように言った。
「あっ、もしかして相澤くんのことが心配?」
勝手に勘違いしてくれた高橋さんに感謝しつつ、僕は彼女の思いつきに乗っかった。
「そ、そうなんだ。一応、同じクラスだしさ」
すると、高橋さんは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「篠宮くん! 私、あなたのこと少し誤解してたかも。あんな事件の後だもん。同じクラスの仲間として放っておけないものね! けど、わざわざお見舞いに行くなんて、篠宮くんほんとはとっても優しい人なのね。うん。そういうことなら分かったわ。えっと、今から言うからメモしてね」
高橋さんは僕のことを盛大に勘違いしているらしい。本当は事件の話を聞きに行くためで、お見舞いだとかはちっとも考えてなかった。満面の笑みで僕を見つめる高橋さんを見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「あ……うん。ありがとう……」
引きつった作り笑いでそう言うと、重くなった頭を支えながらノートにペンを走らせた。
◆ ◆ ◆
「いやぁ~お手柄でしたねマスター!」
「いや、僕は何も。高橋さんのペースに乗っちゃっただけというか……」
「まあ結果オーライですよ。さ、ピンポンを押すのですよマスター!」
僕とサナは、高橋さんに教えてもらった道を通り、相澤くんの家までやって来た。相澤くん家は学校のすぐ近くで、学校を出て二十分とかからない距離だった。高橋さんによれば、相澤くんはいつも自転車で通学しているとのことだ。
相澤くんとは普段仲良く話すような間柄ではない。急に僕が来たら、彼は一体どんな顔をするだろう? それを考えるとインターホンを押す指が震えた。
ピンポーンと甲高い音が鳴ると、玄関のドアを開けて相澤くんが出てきた。
寝癖でボサついた髪はいつも通りだが、右腕に包帯を巻いている。先生の話ではほとんど怪我がなかったと言ってたが……。
目の前の相澤くんは明らかに意気消沈した顔で僕を見ていた。当然の反応だろう。クラスで一人だけ浮いているやつが、突然、なんの連絡もなしにやってきたのだから。
「篠宮? お前、どして……」
「そ、その相澤が事件に巻き込まれたって聞いて……ちょっと聞きたいことが」
「それで来てくれたのか? 篠宮、お前案外暇なんだな~」
ずごっ。大事件の後だというのに、相澤くんはあっけらかんとした態度でいつものよううに呑気な語り口で話す。
「まぁ、上がっていけよ。お茶くらいは出すからさ」
相澤くんに案内されて、彼の自室へと向かう。
「……んで、聞きたいことってなんだよ?」
「そ、その……相澤が事件に遭った時の詳細を知りたいんだ」
「事件の詳細だぁ? 別にいいけどさ。そんなの聞いてどうするんだよ? まさか……お前、自分で事件解決するだとか言わねえよな?」
「はっはは……まさか! 僕なんかにできるわけないだろ。ただ、その……知人がその手の職業に就いてて、僕もたまに手伝ったりするんだ」
ぐっ……つい、心にもない嘘を言ってしまった。しかし、いまさら訂正しようもないし、かえって不審に思われるだろう。まったく難儀なことだ。
相澤くんは僕の話に納得してくれたらしく、事件について話し始めた。
「警察でも言ったんだけどさ。昨日の部活が終わった後、六時過ぎくらいだったかな、ちょっとコロッケでも食べたいなあって思って、寄り道したんだ。ほら、家に来る途中に肉屋あっただろ。あそこのコロッケがこれまたうまいんだよなぁ~。
……っとよだれ出してる場合じゃねえな。
とにかく俺は肉屋でコロッケを買おうとルンルン気分で歩いてたわけよ。近道になるから路地の裏を通ったんだ。人通りは少ない道なんだけどさ、まさか自分が危ない目に遭うなんて思わないだろふつー。
それで路地裏を通ってたら、突然後ろから声をかけられてよ。振り返りざま、いきなりぶん殴られた。その拍子にオレは尻餅ついちゃってな。犯人はそのまま鞄から財布をふんだくって逃げた。
あの財布には俺の全財産が入ってたってのに……チクショウ!」
財布には三十円しか入ってなかったんでしょ、とは絶対に言わない。
「い、いきなり振り返った途端に殴られたってこと?」
「ああ。さすがの俺もびっくりこいたね。犯人の野郎、覆面かぶってやがったから顔は分かんねえ。服装は上半身が黒のスーツ、下は網タイツというキチガイじみた格好だったよ。声はボイスチェンジャーでも使ったんだろうな、気持ちわりー声だったぜ」
「野郎……? 犯人は男だってどうして分かったの?」
僕の質問に、相澤くんは鼻をこすりながら答える。
「へへ、舐めんなよ篠宮。俺だって男と女の区別くらいできるさ。もしも女だったら必ずあるはずのものが奴にはなかった」
女だったら必ずあるもの……? 化粧の匂いとか?
考えだす僕を見て、相沢くんは溜息がてらにつぶやいた。
「ったくお前はよぉ……。胸だよ胸! 女だったら、おっぱいプリンプリンだろ!」
「……そ、そうなんだ……」
相澤くん……よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるな。僕は若干引き気味に彼を見ていた。
それから相澤くんは、自分の理想とするおっぱいについて一人で語り始めてしまったため、僕は彼の話を聞き流しながら、相澤くんを襲った犯人についてまとめてみる。
犯行予測時刻は午後六時過ぎ。犯人は黒スーツに網タイツ、そして……覆面をかぶっていた。やはり相澤くんを襲った犯人は、連続強盗事件の犯人と見て間違いないだろう。それにしても本当に網タイツを履いているなんて、変態の考えることは理解できない。
「だからさ! 結局、小さいのがいいか大きいのがいいかってのは個人の主観によるところが大きくてだな……」
僕は相澤くんのおっぱい話を途中で中断させて言った。
「話、ありがとう。おかげで助かったよ」
「お、なんだもう帰るのか?」
「うん、これからちょっと寄るところあるし」
「そっか。それじゃまたな」
相澤くんの家を出てしばらくして、鞄から筆箱を取り出す。筆箱を開けると、中から窮屈そうにサナが這い出してきた。
「いや~相澤くんの話長かったな……」
「はい……しかも下品なネタばかりでしたね」
「まったくだ。けど、彼を襲った犯人について少し分かったな」
「ええ。容姿はニュースで報道されていた犯人そっくり。現金目的の犯行で、場所はここからすぐそこにある、肉屋近くの路地裏。そして、彼の勘が正しければ、犯人は男ということになりますね。
彼の話を聞いていて、私、一つ気になる点があったのですが……」
「気になる点?」
「はい。実際に見たほうが早いと思います。マスター、次は事件が起きた現場にレッツラゴーですよ! あ、後一つお願いが」
「お願いってなんだよ?」
「筆箱の中にいるのは窮屈なので、そうですね……私をブレザーのポケットに入れてくれませんか? マスターが変な目で見られないよう、私もなるべく注意しますので」
「……分かったよ。ほら、入れ」
制服のポケットをそっと手で開けてやると、サナが筆箱からぴょんとジャンプして、まるでカンガルーの子供のようにきれいにポケットに収まった。
ひょっこり顔を出してつぶやく。
「おおっ! マスターのポケット……温かくて気持ちいいですぅ」
「変な声出してんな! もう、さっさと行くぞ!」
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