豚野郎は落ち着かない

 やがて夕飯を食べ終え、食器を片した後、僕らは本題に入った。


「……ごちそうさま。さて、本題に入るでござるか。蓮は今日の集団窃盗事件について調べたいと言ってたな。ちょっと待ってな。拙者のすぺしゃるなPCにかかれば検索もスムーズ。調べ物もすぐに終わるでござるよ」


 そう言って、丈はパソコンを開いてカタカタとキーボードを打ち始める。

 そしてその数分後、突如丈が笑い始めた。丈は昔から、常人には理解し難い奇っ怪な行動をする癖があったが、毎度のことながら慣れない。


「うわっ、なんだよ急に?」


「ヌルフッフ。いくつか有力な情報が集まったでござる」


 さすが丈。仕事が速い男だ。どれどれ……とパソコンの画面を覗く。真っ白なページに丈が方々で見つけてきた記事の切り抜きが羅列されていた。その数、数十。よくこの短時間でここまでの情報を探し出せるもんだと感心する。


「拙者が得た有力な情報によると、今日の夕方に発生した一連の強盗事件は同じ犯罪グループによる犯行と見られているでござる。犯人グループの特徴として、全員が顔をすっぽりと覆い隠すようなマスクを着用していたということ。それによって防犯カメラの映像などもほとんど意味をなさず、犯人の行方をくらましている一因となっているでござる」


「ん~と、その辺は僕が見たニュースでもやってたな。他に何か情報は無かったのか?」


「まあ、そう焦るな。大きな事件ではないが、覆面をかぶった犯人による事件というのが、ここ数日の間樫ノ木町で頻繁に起きているのでござる。中学生や高校生に対するたかりや恐喝など、ニュースにするほど大きな事件ではなかったため報道はされなかった。しかし事件の詳細を調べてみると、ある共通点が浮かび上がってきたでござる」


「共通点?」


 僕は固唾を呑んで、丈の話に耳を傾ける。


「……奇妙なことに、ここ数日の事件は規則的な配列に従って起こっていたのでござる」


「……つまり、どういうことだ?」


「理由は不明だが、犯行が行われた日時が必ず奇数の時間帯であったということ。

さらに、犯行の目的がいずれも金銭目的であったこと。集団による犯行ではなかったが、いずれの事件の犯人も網タイツを着用していたこと。

 以上の三点が共通点として浮かび上がったでござる。

 まあ、所詮はネットで集めた情報だから、鵜呑みにはしないでほしいでござる。蓮ならば、そこんとこも分かっていると思うでござるが」


 なるほど……たしかに奇妙な共通点だ。奇数の時間帯に犯行を行うことのメリットも不明だし、金銭目的はいいとして、全員が網タイツを着用していたことなんて、まったくもって意味不明である。

 網タイツなんて履いていたら、足がスースーして寒いんじゃないだろうか?

 それに……そんな格好のやつがいたら、すぐに通報されると思うのだが、覆面をかぶった犯人たちは、皆、何らかの手段を用いて姿をくらましている。捕まった者は今のところ一人もいないというのだ。これも、なんとも珍妙な話である。


 それにしても……丈はどうやってこれだけの情報を短時間に集めたのだろう?


「なあ丈……お前どうやってこんなに多くの情報を集めたんだよ?」


 僕の問に、丈はにやりとほくそ笑む。


「なあに簡単でござる。ネットには蓮が思っている以上に暇人がたくさんいるでござる。暇人は暇を持て余すために、対して興味もないことを調べあげ、自身のブログなどで発表することで、自身が社会に貢献していると感じているのでござる。

 拙者はそうした暇人の調べた情報を集めて回っているに過ぎないでござる。今回の事件についての情報も、樫ノ木町周辺に住んでいる暇な誰かが、名探偵を気取って独自の調査をしていた結果得た情報を、拙者が適当にところどころかいつまんでまとめただけ。ネットに慣れれば、蓮でもできそうな、実に簡単なことでござる」


「お前なぁ……ネットでそんなピンポイントな暇人を見つけ出すのって、えらい難しいと思うんだけど……」


「まあ、そこは長年おたくやってた拙者のアビリティということで」


 今更ながらに思う。僕はとんでもないやつを友達に持ったのかもしれない。


 ……と、丈の様子が何やらおかしいことに僕は気づく。頬が赤みがかってて、何かに緊張しているような顔だ。きょろきょろとせわしなく視線を動かす丈は、明らかに何かに動揺している様子だった。


「丈……そんな緊張した顔してどうしたんだよ?」


「そ、そのぅ……」


 丈らしくない、もじもじした返事。彼は僕と視線を合わせないようにして、小さくぼそっとつぶやいた。


「もしかして蓮の後ろにいるのは……ひょっとして、今朝見せてくれた女神でござるか?」


 僕の後ろ……? 振り返ると、棚の上に立っていたのはサナ。サナはすまし顔で僕を見つめたまま、動かずにじっとしていた。


「ん、ああ! これな、実はまだ友達に返してなくて……」


 僕がそう言うと、突然丈が僕の両手を掴みながら言った。

「蓮……後生でござる! 一生のお願いでござるぅ~!」


 鬼気迫る表情の丈にたじろぎながら言う。

「と、ちょっと待て! どうしたっていうんだ急に?」


「どうしたもこうしたもないでござる! 拙者、先程から蓮の後ろのフィギュアが気になっていてもたってもいられなかったでござるよ~!」


 そういえば……丈は重度のアニメファンでもあったっけ。

 アニメ関係のことは異様なまでに詳しいし、美少女フィギュアにも並々ならぬこだわりがあるに違いない。


「そ、そんなに気に入ったのか?」


「気に入るどころじゃないでござる! 本当ならこのまま持ち帰って、専用のガラスケースを準備して、ホコリ一つ入らないように保管して、じっくり鑑賞したいでござる。それだけの価値が、そのフィギュアにはあると思うでござる!」


「いやいや……買いかぶり過ぎだって! お前が言うほど凄いもんじゃないと思うけど……」


 横目でちらりとサナを見る。サナは丈に気付かれない程度に、小さく頬を膨らせて、僕を不満気な目つきで睨んでいた。


 むむぅ……サナを丈に近づけたくはない。きっとボロを出して、丈が仰天のあまりそのまま失神……なんてことにもなりかねないからだ。

 とは言っても、今の丈は僕が言って諦めるような状態ではない。まるで、人生を賭けているような物言いでサナについて熱く語り続ける丈を見ていると、なんとも不憫な気持ちになってくる。


「ち、ちょっと待ってろ」


 僕はそう言ってサナを持ち出し、廊下へ。丈に聞こえないように注意して、小声でサナに囁きかけた。


「サナ。ちょっと頼みがあるんだが……」


 サナは鼻をつんとさせて、怒った顔でつぶやく。


「ふんだ。マスターの考えなら分かってます。要は丈さんのために、私に接待しろという魂胆でしょう?」


「なんだ分かってるなら話は早い。その、頭を軽く撫でるくらいならいいだろ?」


 しかし、僕の甘い考えを切り捨てるように、サナはきっぱりとした口調で言い切った。


「生憎ですがお断りします!」


「な、なんでだよ!? ちょっとだけだから、別に気にするもんでもないだろ」


 すると、サナは大きくため息をついて言った。

「はぁ……マスターはほんとに女心が分からないんですね……」


「女心? そんなのお前にあんのか?」


「カチン! んもう! いくらマスターでも怒りますよ! いいですか? 私だって……これでも女の子なんです! 好きでもない人に体を触られるなんて、絶対嫌です! そんな辱めを受けるくらいなら、死んだ方がマシです! 少し考えれば分かることなのに……」


 サナはすぅっと息を吸い込むと、目を閉じて叫びだす。




「マスターのバカ! エッチ! スケベ! ヘンタ~イっ!」




 耳がキンキンするほどに廊下に響き渡るサナの叫び声。その時、背後でガタリと大きな音がした。

 振り返ると、丈が引きつった顔で床に手をついて倒れていた。

 丈は震える手でサナを指さしつぶやいた。


「れ、蓮……今、そのフィギュアと喋っていたでござる?」


 し、しまった~!? サナと話していたところを丈に見られてしまった!


「ば、バカ何言ってんだよ。フィギュアが喋るわけ無いだろ~」


「そ、そうでござるな。もしもフィギュアとお喋りできたら、それこそ拙者感涙モノでござるが……見間違いでござったか……はぁ」


 丈は心底残念そうな顔をして大きなため息をひとつ。ふぅ~……なんとかごまかせたらしい。丈には悪いけど、サナの秘密をバラすわけにはいかないのだ。バレたらバレたで色々と面倒そうだし。


 しかし、僕の苦し紛れの言い訳も虚しく、


「見間違いでありませんよ」


 僕の足先からひょっこり顔をのぞかせたサナがすべてを台無しにしてしまった。

 丈は目を爛々と輝かせサナを見やる。


「な……! 蓮! 今このフィギュア喋ったでござる! 喋ったでござるよぉぉぉぉっっ!」


「さ、サナ!」


 サナは肩を落とし、丈の前まで歩み出る。そして、ツンとしたすました顔をして言った。


「お初にお目にかかります。私の名はサナリーヌ・ブライトン。マスターである蓮様に使える召使にございます。以後お見知り置きを」


 サナはそう言ってから優雅にくるりと一回転すると、スカートの裾を軽くつまんで上品にお辞儀した。


 丈はそんなサナの姿に興奮しっぱなしだった。手がつけられないというか暴走というべきか……とにかく、僕はパニックになった丈を宥めるので精一杯だった。そんな時である。





「うおおおおおおおおおっっ!」




 丈は突然雄叫びをあげた。僕は丈のすぐ近くにいたので耳が痛いったらない。この時間帯だとご近所迷惑だし、やめてもらいたい。隣のおばさんが苦情を言いに駆け込んできたりしたらどうなるんだろう?


 ツンとした顔で立っている美少女フィギュア。そのフィギュアを見て、パニックの果てにサイコ野郎と化したおたく高校生。幼なじみの変わり果てた姿を前に、がっくりと壁にうなだれている僕。きっと、おばちゃんは何も見なかったことにして、何も言わずに悲しい顔でドアを閉じるのだろう。


 はっ……いけない。つい場の状況に流され、妙な想像をしてしまった。さっさとこの状況を何とかせねば。

 僕は鼻息を荒くしている丈に向かって強めに言った。


「お、落ち着けって丈!」


「これが落ち着いていられるかっ!? 今! 拙者の目の前には、夢と希望が広がっているのでござるっ!」


 ぴきっ。しびれを切らした僕の毒舌が唸った。


「この豚野郎め! 少しは落ち着け! 

 サナの容姿が一線を画すほど素晴らしい物だってことは僕にも分かる。だがな、そんなにブヒブヒした態度だと、お前嫌われるぞ?」


 この一言はだいぶ効いたらしい。丈は興奮冷めやらぬ様子でよろよろと壁に寄りかかると、まるで歴戦の戦士のような顔をしてつぶやいた。


「ふっ……蓮がそんなことを言う日が来るなんてな……。いや、気にしないでくれ。自分でも分かってるでござる。拙者がキモオタだってことはとうの昔に自覚しているでござる。だが……面と向かって言われると、案外きついものでござるな」


 丈はメガネを外し、自嘲じみた笑みを浮かべてつぶやく。


「だが……拙者はそれ以上に嬉しい。蓮が……あの蓮がついに拙者の同志になったのでござるからな」


「はぁ? 僕が、いつ、お前の同志になったっていうんだよ! これでも僕にだってプライドくらいあるさ。僕は、薄汚い萌豚になったなんて、一瞬たりとも思ってない!」


「そういう意味ではござらんよ。拙者は蓮に美少女フィギュアの魅力を分かってもらえて、友人として感激しているのでござる……!」


「な……僕がいつ美少女フィギュアの魅力に目覚めたって?」


「蓮は言ってたでござる。

『サナの容姿が一線を画すほど素晴らしい物だってことは俺にも分かる』

 拙者はこの耳で確かに聞いたでござる」


 ぐっ……確かにそんなことを口走ってしまった気がする。

 その時、サナがふふんと鼻息を鳴らしてつぶやいた。


「丈さん。マスターはツンデレですからね。私にぞっこんラヴであるという事実を素直に認めたくないんですよ」


「誰がぞっこんラヴだ! このやろう!」


 サナを捕まえようと手を伸ばすが、彼女は素早い身のこなしでさっとかわす。


「このやろ! 大人しくしてろ!」


「い、嫌です! マスターは私を捕まえて、あられもない姿にして耐え難い辱めを……」


「んなことするか、バカ!」


 僕とサナのやりとりを、丈は妙に満ち足りた顔で見ていた。やがて、小さく微笑して丈がつぶやく。


「ふっ……お二人は仲が良いのでござるな。拙者が入り込む隙は無いらしい」


「丈……」


 丈はゆらりと立ち上がり、僕とサナの方を見てつぶやいた。


「……ただ、願わくば、もう一度『丈さん』って呼んでもらいたいなぁ……なんて」


「丈さん?」


「はぅっ!」


 サナが丈の名を呼ぶと、奇妙な叫び声を上げて、丈はその場にぶっ倒れてしまった。慌てて駆け寄って声を掛ける。すると、丈は頬を紅潮させながら、悶え苦しむような声でつぶやいた。




「拙者……もう、死んでもいい」




 急に倒れたから何事かと思ったが、丈はやっぱり丈だった。僕は廊下で倒れている丈を見下ろし、一言つぶやいた。


「もう一生そのままでいやがれ、この変態め」

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