第三節 レッツ・プロデュース・マイマスター
鮭のムニエル
サナの提案で情報収集は主にネットを使った方が効率がいいということになった。しかし現在、僕のパソコンは壊れていて使い物にならない。よって、パソコンおたくの丈に助力を乞うことになった。
アドレス帳から丈の番号を探して、電話をかける。
『RRR……はいもしもし海堂でござる』
「丈か? 今ちょっと時間あるか? 頼みたいことがあるんだけど……」
『オフ会も今ちょうど終わったところでござる。家に帰ってからでもいいなら大丈夫でござる。して頼みたいこととは何用か?』
「夕方のニュース見たか? 商店街で謎の覆面事件ってあっただろ。あの事件についてもっと詳しい情報が欲しくってさ。けど、今うちのパソコン修理中だし、それで丈にお願いしようと思って」
『別に構わないでござるよ。ただ……どうして急に事件のことを調べようと思ったのでござるか?』
なるほど丈の言い分ももっともだ。急にニュースでやっていた事件について調べたいって言ったら、探偵みたいな特殊な職業でもなければ不審に思うのが普通だろう。
僕は上手い言い訳を考えて言う。
「えっと……なんつうかその、家の近くで起きた前代未聞の大事件だろ? 犯人は謎のままだっていうしさ、ちょっと興味わいてさ」
『ふむ……。了解でござる。今から電車に乗って帰るとこなんだが、蓮の家にお邪魔してもよろしいか?』
「え? ま、いいけど。僕に何か用事?」
『いや、調べて報告するのも手間だし、どうせなら蓮の家に行って一緒に調べたほうが早いと思って』
丈が家に来るのか? 横を見やると、サナが不思議そうな瞳で見つめている。丈が来た時、こいつは大人しくしていられるんだろうか? 急にフィギュアが喋り出したら、いくら丈だって卒倒しかねない。
僕は横でのんきな顔をしているサナに目配せしながら話す。
「ああ分かった。それじゃよろしく頼むよ」
そう言って、通話を終了した。サナはきょとんとした顔をしている。自体の深刻さを理解していない様子だ。
「マスター、そんなに怖い顔してどうしたんです?」
「はぁ……怖い顔にもなるさ。後で丈が家に来るんだって。お前、怪しげな行動しないでじっとしてろよな。動かない普通の市販のフィギュアみたいに」
「なんで私がそんなことをしなければならないのです? マスターの言ってることは、日本国憲法の条文に記載されている身体の自由に違反しています。私は従うつもりは……」
「いいから! ふつーフィギュアは動くもんじゃないの! お前が急に喋って踊ったりでもしたら、丈のやつ間違いなく気絶しちまうよ!」
「……不便な世の中ですね」
そんな時、唐突に腹が鳴った。もう夕食時か。ずっとサナと話していたせいで、夕飯の準備してないや。もうすぐ丈も来るだろうし、カップ麺でちゃちゃっと済ますか。
と、サナがこちらをじーっと見ているのに気づく。
「? なんだよ?」
彼女はやたら嬉しそうな顔をしてつぶやいた。
「マスター、お腹減ってるんですか?」
「そうだよ。ずっとお前と話してたからな。夕飯の準備もしてないし、面倒だからカップ麺で済まそうかと」
すると、サナがぴょんぴよん飛び跳ねながら不平を口にする。
「駄目ですよマスター。しっかり栄養をつけなければ、後々困ったことになりますよ」
「うるせえな~別に困りゃしねえよ」
「いいえ! 仮にマスターがこのままカップラーメンを食べ続けるような生活を繰り返した場合、私の計算によりますと、五年以内にお腹がぷっくりしてきます。
お腹がぷっくりすることで、普段の行動に費やすエネルギー量も飛躍的に増加……結果さらにお腹がぷっくりと……やがて風船のようになってしまい、きゃわいい女の子から敬遠される生活が待っています。
それでもマスターはカップラーメンを食べるというのですか?」
「だ~もうわぁったよ! ちゃんと飯作ればいいんだろ、作れば!」
「ふふん。それでいいのです。ま、私も手伝いますから」
そう言うと、サナは鼻歌を鳴らしながら台所の方へと駆けて行った。
……ったく、カップラーメン一つでこんなにうるさく言われるなんて。まるで姑のようなやつだ。お節介おばさんにでもなったつもりでいるのだろうが、はた迷惑な話である。
僕はため息を一つついて、のろのろと腰を上げた。
◆ ◆ ◆
「……コレ、本当に僕が作ったのか……?」
目の前の皿を見て僕は驚愕していた。たまたま冷蔵庫に鮭が一匹入ってたから、ムニエルを作ろうということになったのだが……。
皿の上に置かれたムニエルは空腹を煽る鮮烈な香りを漂わせており、色・ツヤなども僕がこれまでに見た鮭料理の中で最高の物だった。サナの指示にしたがって調理しただけなのだが……この料理はもはや一般家庭の家庭料理の領域を超えている。
箸で一口分摘んで頬張る。香ばしいスパイスの香りが鼻腔を刺激し、絡み合う鮭独特の感覚が舌の上でブレイクダンスを繰り広げる。まるでレストランの料理みたいだ。
「ふふっ。やっぱり、マスターはやればできるじゃないですか」
「お前……実は料理も上手かったりするのか?」
僕の問にサナは尊大な顔をして答えた。
「モチのロンですよ! なんたって超高性能フィギュアですからね!」
超高性能……その一言で片付けてしまうには、サナの能力はあまりにずば抜けている。何気なく彼女の指示通りに作った料理が、一流料亭に勝るとも劣らない逸品に仕上がったことが紛れもない証拠だ。実際に一流レストランに行ったことはないけれど。
目の前の皿にある料理はもはやただの鮭のムニエルではない。そう、言うなれば『鮭のムニエル~天使の囁きを添えて~』みたいな感じだろうか。
と、横から白い目線を感じる。
「……マスター、何かイタイ妄想してませんか?」
ドストライクの図星であった。サナには僕が考えていることのすべてが看破されているようで、時折、得体のしれない恐怖を感じることがある。
「し、失礼なっ! 誰がイタイ妄想なんかするかよ!」
そう言い捨てて、テーブルに食器を並べる。夕飯の準備も整って頂きますを言おうとした時、リンゴ~ンと呼び鈴がなった。
ちっ……ちょうど食べようかと思った時に、空気の読めない呼び鈴め。
誰だよ……ったく、夕飯の邪魔はしないでもらいたいね!
不機嫌な顔で玄関のドアを開けると、丈が柔和な笑顔で立っていた。
「蓮? なんでそんなに怒ってるのでござる? もしや……一人で如何わしいことしてたりして……」
予想だにしない幼なじみの発言に、僕は顔を真赤にして言った。
「ば、バッカじゃねぇの! んなことするかよ!」
「ナッハハ~。相変わらず蓮をからかうと面白いでござる。さて、それではお邪魔させてもらうでござるよ」
くっ……こいつ、会ったそばから人を馬鹿にしやがって。
「ふほっ!? なんでござるかこの香りは!?」
ふっふっふ……丈め、僕が作った鮭のムニエルに驚いてるぞ~。
「あーちょうど飯時だったからな」
「こ、これを蓮が作ったと?」
皿の上の料理と僕を見比べて、丈は信じられないという顔をして言う。そりゃあそうだ。僕もこんなすごい料理が出来上がるとは思わなかった。
しかし、そんなことはお首にも出さず、さも平然とした顔でつぶやく。
「ん、まあな。僕にかかればこのくらいわけないよ」
スコンっ!
いてっ! 後頭部に小さい痛みが走る。振り返るとサナが引きつった笑顔で僕を睨んでいた。
「マスター、調子に乗ってはいけませんよ。そうした態度がマスターを人から遠ざけてしまうのです。自覚してください」
「……? 蓮、何か言ったでござるか?」
「い、いや、なんでもない! ただの独り言。まあ椅子にかけてくれよ」
冷や汗モノである。丈がいることをすっかり忘れていた。僕はサナをギロっと睨みつける。サナも僕が何を言わんとしているかを理解したようで、口をぎゅっと結んで棚の上におとなしく立っていた。
せっかく来てくれたのに何も出さないのも気が引ける。僕はムニエルを半分にして丈に差し出す。丈もすっかり腹が減っていたようで、僕たちは一緒にご飯を食べることにした。
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