プロデュース大作戦
「……ですがマスター。逃げていたばかりでは何も解決しないのですよ。時には自分から困難に立ち向かわねば。今こそ、行動する時なのです」
にこやかに言うサナに、僕は震える声で言った。
「……でも、もう遅いよ。僕はこれまで皆にずっと冷たい、そっけない態度でいたし、皆そんな僕を遠巻きに嫌っている。今更何をしても、クラスに溶け込むなんて無理だよ……」
すると、サナがカップからひらりと飛び降りて、僕の方に駆け寄ってくる。彼女はその小さな手を僕の手の上に置く。サナはフィギュアである。だが、僕の手の上に置かれた小さな手は不思議なほどに温かかった。
サナは僕を見上げてつぶやいた。
「そんなことはありませんよマスター。手遅れではありません。思い出してみてください。クラスにもまだ、マスターのことを気にかけている人がいたではありませんか」
その時脳裏に浮かんだのは、僕をクラスのテスト明けの打ち上げに誘ってくれた高橋さんの姿だ。サナの言う通り、僕はまだ完全に見放されたわけではないのだろうか……。
僕は傍に立っていたサナの小さな頭をそっと撫でた。さらさらとした髪の感触が、指を通して伝わってくる。
「サナ……お前は、どうしてそんなに僕のことを気に掛けるんだ? こんな奴、放っておけばいいのに……どうしてお前はそこまでお節介でいられるんだ?」
よせばいいのに、憎まれ口を叩いてしまう。
しかし、サナは僕の厭味ったらしい言葉を全く気にせず、満面の笑みでつぶやいた。
「当たり前じゃないですか。だって、私は……マスターのことが大好きな召使ですからね!」
ストレートに感情をぶつけてくるサナに思わず赤面してしまう。自分の事をこんなに思ってもらえる誰かに出会ったのは初めてだった。
「……うるせえよ」
ぶっきらぼうにそうつぶやいた。やはり、素直になれない。これは持って生まれた性格なのだ。直そうにも直しようがない。
しかし、僕のぶっきらぼうな物言いを聞いてもサナは微笑んでいた。彼女の笑顔を見ていると、なんだか安心できた。
「――でも具体的にどうすればいいんだよ? お前はそう言うけどな、僕がクラスで浮いているのは事実なんだ。今更、良い顔したって……」
すると、サナがちっちっちっ、と人差し指を振って言う。
「私はそんな事には期待していませんよ。第一、マスターが愛想笑いをしながら楽しく皆とお喋りできるなんて思ってません。だからマスターが無理に変わる必要はなくて……六時ですか、ちょうどいい時間ですね」
そう言うと、サナはテーブルの上に置いてあるテレビのリモコンに駆け寄って、電源ボタンを押した。
テレビの画面がぱっと明るくなる。やっていたのはニュース番組だった。
「お、グッドタイミングですよマスター」
「ニュース?」
サナは僕の方を振り返り、えっへんと上体をのけぞらせて自慢げにつぶやく。
「ふふん。簡単ですよマスター。マスターが変わるのではなく、クラスの皆がマスターを見る目を変えればいいのですよ!」
僕自身が変わるのではなく、周りの人達の僕を見る目を変える。なるほど、僕はそんなこと今まで考えもしなかった。
しかし、サナの考えには致命的な欠点がある。人はそう簡単に他人に興味を持たない。例えるなら、道端を歩いて何人とすれ違ったか正確に把握している人はほとんどいないだろう。要はそれと同じで、教室の片隅で勉強ばかりしている僕に興味を持ってもらうというのが土台無理な話である。
「あのさ……お前の考えだけど、ちょっと現実味が無いというか……その、僕なんかに構うような奴はいないんじゃないか?」
「また! どうしてマスターはそう卑屈に考えるのですか? 皆の興味を引き付けるのなんて簡単ですよ」
「か、簡単っておま……」
「テレビに出演すればいいのです。人気番組に毎週出演する芸能人だったら、皆興味をもつでしょう? さあ今すぐ芸能事務所にTELですよマスター!」
ん? 芸能事務所に電話? ……オカシイ。こいつの考えをまともに聞いたのが間違いだった。
「バカ! 芸能事務所に電話なんかしてみろ、それこそ笑い者だよ!」
「そうですかねぇ……マスター程のルックスだったら、ハリウッドスターも夢ではないと思うのですが……」
サナの目を通して映る僕は根本的に、次元の違う何かとして映っているのかもしれない。
言っておくが、僕の顔は至って普通である……と思う。特別不細工じゃないけど、かといって特別かっこいいわけでもない。よく言えば平凡。悪く言えばありきたりな顔である。
特徴と言えば、三白眼くらいだろうか。よく、目つきが悪いと言われる。
つまり、ハリウッドスターなんて夢のまた夢であって、とても実現できそうな感じではない。サナの言うことを鵜呑みにしていては、きっと僕の人生は破滅の一途を辿るだろう。
「……お前の好みについてとやかく言うつもりはないが、芸能事務所は勘弁してくれ。ちなみに、ハリウッドスターは絶対無理だ。断言する。いいとこ、学芸会の死死体役だ」
「むむぅ……。芸能人デビューが駄目となると……」
口元に手を当て考え込むサナ。彼女は彼女なりに、真剣に僕のことを考えてくれているらしい。と、指をぱちりと鳴らし何やら妙案を思いついた様子。
サナは不敵に笑いながらつぶやいた。
「ふっふっふ……! マスター、私は大変な考えを思いついてしまいましたよ!」
自信満々のようだが、さっきのように、またトンデモないことを思いついたに違いない。僕はため息をつきながら、彼女の話に耳を傾けた。
「要するに、マスターは凄いやつだ、とクラスの皆に思ってもらえばいいわけです。それなら、いっそマスターが難事件を解決してみてはどうでしょうか?
警察に表彰されたりすれば、クラス内でのマスターの評価も鰻上りになること間違いありません!」
僕の予想は的中したらしい。
「簡単に言うなよな。事件の解決つったって、そもそも一般人が関わるべきじゃ……」
「こ、これですよマスター!」
僕が言うのも無視して、サナはテレビ画面を指さし騒ぎ出す。
やれやれと画面に目を向けると、地元のローカルニュース番組で今日起きた事件が報道されていた。
『え~、速報が入りました。
今日の夕方五時過ぎ、樫ノ木商店街にて、謎の覆面集団による強盗、恐喝事件が相次ぎました。付近の住民の通報で警察が駆け付けた時には、集団はすでに忽然と姿を消しており、現在もその正体・素性は分かっていません。
警察はこれら一連の強盗事件を重く捉え、全力で捜査に当たるとのコメントを寄せています。付近にお住みの方は十分にお気を付け下さい。
次のニュースですが――』
謎の覆面集団!? 強盗事件!?
しかも場所は……樫ノ木商店街だって!? 家のすぐ近くじゃないか!?
商店街は樫ノ木駅の西側出口を出て、歩いて十分ほどのところにあるアーケードである。
家から近いし、学校帰りなどに立ち寄ることも多い。人の往来が盛ん、というわけではないが、シャッター商店街ではないので、それなりに買い物客も多い。
白昼堂々と強盗しておいて、忽然と姿を消すなんて芸当は……ちょっと考えられない。
そんな怖い事件が起きていたなんてちっとも知らなかった。もし、自分が今日商店街を通っていたらと思うとひやりとする。
そんな僕とは対照的に、サナは何やら自信に満ちた笑顔を浮かべている。
「マスター、今こそ立ち上がる時です! 謎の覆面軍団の正体を暴き、事件を解決するのですよ!」
「バカか!? ちゃんと聞いてなかったのか!?
アナウンサーが言ってたろ!『付近にお住みの方は十分にお気を付け下さい』って! しかも犯人グループは未だ逃走中。白昼堂々犯行に及んだのにも関わらず、素顔や素性は一切不明ときた。そんな奴らを、一介の小市民である僕が捕まえられるわけないだろ! 首を突っ込んだが最後、下手したら殺されるぞ!?」
すると、サナはにやりと口角をあげて、不敵に笑った。
「……大丈夫ですよ、マスターにはこの私がついていますからね」
「だ、大丈夫ってお前……」
「ふふ……まあ、マスターは安心していて大丈夫です。なんたって私、サナリーヌ・ブライトンは超科学の技術の粋を結集させた超高性能フィギュアですから。私に不可能なことは無いのです。あるとすればたった一つ……」
サナは一転して、にへらっとした柔和な笑みで僕を見つめる。
「マスターの愛を独り占めすることくらいですね」
思わず唾をのむ。根拠はないが、サナなら……このトンデモフィギュアならなんとかしてくれるのではないかという気がしてくる。それはきっと気のせいだけれど、そう思わせてしまうような、人をやる気にさせる不思議な力を彼女は持っている。いや……やっぱりただのイカれたフィギュアなのか。
真実はどうあれ、僕は今、サナの目を真剣に見つめていた。
サナはテレビのリモコンを消すと、そそくさと居間を去っていく。かと思えば、ドアの向こうからちょこんと顔を出して、僕の方をキョトンとした顔で見つめていた。
「何をしているのですかマスター? 事件解決するには情報が不可欠。調査はすでに始めってるのですよ~」
ったく……僕は事件を解決することに賛成したわけじゃないのに勝手に話を進めやがって……。僕は頭を掻きながら、のろのろと立ち上がる。
「お前なぁ……勝手に話を進めんなよな。言っとくけど僕は反対だから」
「しかしですねマスター……」
「あーもう、うるさい! 僕はあくまで反対だけど、お前があまりにうるさいもんだから、少しだけ付き合ってやる。これで文句は無いだろ!」
サナは僕を見て、こっそりほくそ笑む。
「……ツンデレって現実にいると迷惑ですね」
「う、うるせえ!」
こうしてサナに強引に巻き込まれる形で、僕は謎の覆面事件の調査を始めることになったのである。
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