第10話 大捕物の依頼 /2
「ビリー!アヴェさん!」
新聞の切り抜きを片手にチェイネルとジェイナスが席に戻ってきた。ジェイナスの表情には焦りの色が見える
「なんだってんだよ。まだ受けるなんて言ってないだろ、まさか勝手に引き受けたんじゃねェだろうな」
「そ、そうじゃなくて!"記憶喰い"に魔族が関係してるかもしれないって話なの」
「は?」
話を整理するために、別の部屋が案内された。もう時間は日没時ということもあり食事の用意もしてくれるとのことだ
「いいのですか?まだ依頼は確定していないのに」
「情報料だと思っておくれ。元々これを調べるつもりだったんだ、まさか被害者本人だったとは思わなくて」
新聞を机の真ん中に並べて文字をなぞる。10年ほど昔、チェイネルが暮らすセスルームニルの写真も載っていた。あっけにとられていた2人も続いてそれを覗き込む。
「これは……"記憶喰い"を纏めた記事でしょうか。チェイネルさんが被害に遭ったのは流行りだしてすぐの頃だったんですね」
ビリーとチェイネルは小さく頷く。
「そうらしいね。私たちが夢魔を討伐したのはこの前の年なんだ」
「それのどこが関係あるんだよ?」
その疑問に対してジェイナスはさらに昔の新聞を上に重ねた。そこには涎を垂らして項垂れる賞金稼ぎの記事が並ぶ。
「これは夢魔の被害者。症状に一貫性はないが、皆何があったか話せないほど記憶が混雑して廃人になっている。けどね」
続きを求めてジェイナスの視線はチェイネルへ注がれた
「この人たちもセスルームニルの皆も、誰かと会ってたっていう記憶があるの。赤い目の女の子に」
「今まで"記憶喰い"は夢魔の仕業じゃないと踏んでいたんだ、物忘れ程度の軽微なものだし……普通に生活も送れている。けどお嬢さんの話を聞いて確信した、あいつは生きてるって」
小さくため息をつき話が途切れたところで食事が運ばれる。寒い土地柄カロリーの高そうな肉料理が並ぶものの、まだ誰も手を付けようとはしなかった。
「一部研究者の間では、あの夢魔を『黒衣の少女』と呼んでいるそうだ。誰に話を聞いても細かい特徴がはっきりしていない……けどどれも共通しているのは、赤い目、黒い衣装、小さな女の子。その三つだけは一致していた」
ジェイナスは特徴を一つ上げるごとに指を一本ずつ折っていく。この広い世界で赤い目をした人間はほとんどいないに等しい為、それだけで手掛かりにはなりうるか。
「ねえビリー、セスルームニルに来る前のこと、どれくらい覚えてる?」
「ンな昔のこと覚えてねェよ」
「そっか……ビリーの証言もあったら完璧だと思ったのにな」
ムッとするビリーをよそに、「まあ食べましょう」とアヴェが促した。
「チェイネルさんが覚えているのは?」
チェイネルは薄れた記憶の中から少女に関するものを丁寧に取り出していく。わかっているのは、泣いていたところに赤い瞳の少女が話しかけてきたこと、その少女が古い人形を持っていたこと、話し終えると心が軽くなり泣き止んでいたこと──それと似た少女がほかの町民にも話しかけていたらしいが、その後町の帳簿に覚えのない明細が記載されていたり、まだ書いていないはずの日記がすでに何ページも埋まっていたり、更には会ったことのない住民が増えていたりしたそうだ。
『記録にはあるのに人々の記憶から抜け落ちた部分がある』そんな現象に住民は戸惑った。
「実際に対峙した私は、あいつが継ぎ接ぎの人形を使役していたのを覚えている。お嬢さんはそれを見たのかもしれないね」
食器を鳴らす音が静かに響きだす。温かいスープはまだ湯気が漂っていて、芳醇な香りが彼らの心を落ち着かせた
「夢魔の目的とは、いったい何なのでしょう?」
曇りかけた眼鏡を懸命に拭いながらアヴェが問う。伊達とはいえ視界が曇るのは気になるらしい
「わからない。単なる捕食行為なのかもしれないし……この世界を滅ぼそうとしている可能性もある。兄が大量虐殺をしたのも、元を辿ればあいつが唆したものなんだよ。最後には、自我がなくなるほど、記憶を奪われて」
話を進める度、食事が喉につっかえたかのように言葉が途切れる。言葉を選んでいるのか、それとも辛い記憶を思い起こすことに抵抗があるのか、そのどちらもなのか──
「あの、無理に話さなくても……」
「気を遣ってくれてありがとう。大丈夫、今はどう立ち向かっていくかを考えないといけないからね」
水を半分ほど飲み干し、ジェイナスは改めて3人の目を見る。
「依頼を受けても受けなくても、私からは情報提供を惜しまないよ。もう君達は無関係じゃ無いとわかったから」
「……そりゃどーも」
不貞腐れた態度でひよこ豆をつつくビリー。まだスープの半分も減っていないようだ。
「あの……私達が無くした記憶が黒衣の少女のせいだとして、取り戻す方法はあるんですか?」
「あるにはある。今日君たちが会った私の仲間がいただろう?彼も記憶の大半を夢魔に取られていてね、討伐した後徐々に記憶を取り戻したと聞いてる。つまりもう一度討伐すれば、君たちのものだけじゃなく"記憶喰い"の被害者全ての記憶が戻ると言って良い」
それを聞いたチェイネルはいつものようにぱっと笑顔がはじけた。
「ねえ聞いた?みんなの記憶を取り戻せるかもしれないよ!」
「そういう事なら、僕はこの依頼に賛成です。二人とも思い出したいんですよね?」
「俺は思い出さなくても不便は……」
「あるでしょ?この先おじいちゃんになっても賞金稼ぎでいるなら別だけど」
どこかに定住するならば身分証が必要だ。ただ記憶のない彼には仮のものしか用意ができない。つまるところ根無草なのである。
「うぐ……」
「ご家族も心配しているかもしれませんよ」
「いるかもわからない親が?」
「僕なら両親が行方不明になったら心配します」
「……はいはいわかったよ。リーダーはお前だし、どうせ多数決で負けてるんだ。それに」
襟足の刈り上げた部分をがしがしと掻く。短く硬い髪の感触が指を刺した
「いい加減はっきりさせないとな、自分のこと」
チェイネルは人のために、アヴェは仲間のために、そしてビリーは自分のために。
それぞれ目的をもって大捕物の依頼を受けることにしたのだった。
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