第10話 大捕物の依頼 /1
「依頼?」
「そう。もちろん報酬はそれなりに支払わさせてもらうよ、精霊堂から」
「それはつまり……個人の依頼ではなく……」
その一言だけでどれほど大きな依頼かがわかる。ビリーは報酬の期待に姿勢が前のめり、アヴェは緊張して眼鏡のつるを持ち上げた。
「私たちにできることなら是非やりたいです!」
「馬鹿、話を聞いてからにしろ」
ウサギのように飛び出したチェイネルを2人が制止する。
「あはは、お嬢さんはやる気満々だ。じゃあ受けるか受けないかは後で訊くとして……内容についてお話ししようか。さてノエル君、今日の手伝いはここまででいいよ。もちろん、さっきの話は他言無用でね」
重い古文書を閉じる音が奥まで響く。いつの間にか不思議なほど静かだった部屋の外から、子供達の駆け回る声が聞こえてきた。
「君たち、『魔族』は知っているかい?」
「ある文献で見た覚えがあります、魔物とは違った生命体ですよね。確か……異質な人型であるとか」
アヴェの知識の広さに感心しつつ、興味はその魔族へ移っていく。この世界に国を問わず広く分布する魔物は、元々その他に住う動物だったものが変容したものだというのはわかってきた。しかし魔族については人間が元にはなっておらず、どこか遠い場所からやってきたいわば『別次元』の生き物らしい。
「ただ僕は見たことはありませんね。それほど数が少ないのか……」
いつの間にかビリーは長い話に退屈したのかそっぽを向いている。
「あ!そういえば新聞で見たことあります!大司祭ナナ様とジェイナスさん達が倒したんですよね!」
ジェイナスは僅かにはにかみ相槌を打った。新聞は10年近く前のものだったが、そんな昔のものを覚えていた少女に恥ずかしさを覚えたのだろう。
「うん。私達が出会ったのもその夢魔一人だけ。そしてそれを討伐したはず……だったのだけれど」
「討伐できていなかったかもしれん」
がちゃり、重い扉が開くと同時に新たな来客。黒髪に切長の目をした男。口を覆った分厚い布で声はくぐもっていたが、つい先ほど聞いた声だった。分厚いコートを脱いだせいか随分と痩せて見える。
「やあおかえり。資材集めは順調かい?」
「さっきのソリのおじさん!お知り合いだったんですか」
「まあ知り合いというか……私の古い友人だよ。夢魔討伐者の一人」
新聞で見た人物が次々と現れる事態に、チェイネルは緊張から身体を強張らせる。それを察知してか二人は顔を見合わせ笑い合った。
「もう賞金稼ぎは引退した身なのだ、俺らだけでは手に負えん。若者に期待しようかとな」
「そう。まだ夢魔が復活したかどうかは定かでないから、まずは調査を手伝ってくれないかい?……返事は明日、ゆっくりでいいから」
続きはいい返事をもらえた後で、と最後に付け足し彼らは奥の部屋へ戻っていく。残されたのは3人とそれを取り囲む数多の本だけになり、しばらく沈黙は続いた。
一冊の古文書を届けて終わりと思えたこの旅路はまだもう少し続けることができるらしい。それも、冒険の香りが漂う形で。
「……さて、どうしましょうかこの依頼」
「もちろん受けよう!」
「いや稼ぎはまあ……いいけどよ……」
全会一致、即決で依頼を受けると思っていたチェイネルは、妙に歯切れの悪い二人に首を傾げる。
「受けない理由がある?こんなすごい仕事滅多にないよ!ギルド“
それはそうなのですが、とアヴェは静かに目を細めた。
「僕達はまだ組んでひと月ほどの名も知れないチームです。夢魔の討伐……確かに大きい仕事ですがそれ故に危険も伴います、実力者に依頼を出さないのは何故でしょう?」
「しらね。古文書渡したから信頼があるって事じゃねェの?くすねる奴なんざごまんといるし」
「そう言う貴方もあまり乗り気では無さそうですが」
「元々だろ」
つまらなさそうにその辺に置いてあった本を数ページ飛ばしで捲っていく。中身は頭に入るわけがない。
「だ、だってジェイナスさんは私達を信用して……私達にならきっとできるよ、きっと……」
「チェイネルさん……」
「ごめん皆。私ちょっと本、読んでくるね」
静かに席を立つ音。それを引き止める者は誰もいなかった。
少し前、魔物にさえ苦戦していたパーティーではそれ以上強い魔族に到底叶うはずがない─それを皆心のどこかで思っていたのだ。
背の高い本棚を見上げる。年季の入った木材にしては色褪せておらず、長年大事に管理されてきたことがうかがえた。知識の門、と呼ばれているにふさわしい。
「せっかく皆、仲良くなったと思ったんだけどな」
ぽつりつぶやいて本を一冊、手に取る。『魔物大全』と書かれた金色のタイトルは重厚な黒い表紙によく映えている
「勉強熱心だね」
いつのまにか同じ列にいたジェイナスが声をかけてきた。既に外へ出たのかソリの男はおらず、彼一人だ
「え?ええと、これは……」
手持無沙汰で取りました、とは言えず口ごもる。たまたま開いたゴブリンのページに写ったにやけ顔が恨めしい
「はは、ごめんごめん。実はちょっと前から見てたんだ。話があんまりまとまってないみたいだから心配でね」
「すみません、お力になれなさそうで」
チェイネルの言葉に彼はゆっくりと首を振る。
「そんなことはないよ、危険な仕事だから断られることももちろん想定していた。けど君たちになら何か糸口を見つけられるんじゃないかってね……恥ずかしながらこれは私の個人的な勘、なんだ」
「勘?」
思わずそんな事で自分たちに、と聞きたげな表情がにじみ出る。もっとまっとうな理由でもあるのだろうと思っていたのだから無理もない。
「そう。……ナナと旅をするのを決めた時と同じようなものを君たちに覚えたんだ」
「ジェイナスさんほどの人でもそういうのを信じたりするんですね」
「賞金稼ぎとしての第六感は大事だよ」
そう言って微笑んだジェイナスの瞳は、どこか町のごろつきたちと同じ泥臭い空気を思わせた。今でこそ司書としてここにいるが、昔は宝に目をギラつかせる豪胆な男だったのかもしれない。
「君たちはどうして賞金稼ぎに?」
「……私は、困っている人を助けたかったんです」
「人助けなら賞金稼ぎじゃなくてもよかったんじゃないのかい?」
あはは、そうですねと少女は苦笑い。
「手段がわからなかったんです。昔町が大変な事になったときも、何かしたい、けどどうすればいいんだろう?って。それからジェイナスさんや大司祭様の活躍が載ったギルドの書物を見て、ああ、私もこんな人になりたいなって思って賞金稼ぎを目指すようになりました」
「おや、それは光栄だね。私たちの旅は悪いものじゃなかったってわけだ……その町が大変な事になったっていうのは、もう大丈夫なのかい」
「記憶喰いのことですか?まだ皆記憶が戻ってなくて……」
ジェイナスの眉間が狭くなり、急に真剣なものに変わる。
「その話、詳しく聞かせてほしい。私たちが調べようとしているのはその“記憶喰い”についてなんだ」
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