第9話 知識の門 /3
「あの司書がこいつだって?」
ダコタと呼ばれた壮年。あまり聞かないその姓は、果たしてこの古文書に書かれたものと同じ人物なのだろうか。
「ううん、違うと思う」
「なんで?」
首を振るチェイネルはそのまま話を続ける。
「ログ・ダコタは史実だと、この国の人達を虐殺した大罪人って話だから……そんな人が司書なんて、やれるかな?それにもう亡くなってるはずなんだよね」
「つまりは血縁者ではないか、という事です」
「そうだね、それは私の兄だよ」
「ヘェ……ッて、うわ!!急に出てくんなよ!」
いつのまにか後ろに立っていた壮年に驚き、椅子はビリーの心臓を表すかのようにガタンと大きな音を出す。
「はは、驚かせてすまない。名乗り遅れてしまったね……私はジェイナス・ダコタ。その大罪人の弟だよ」
「ご、ごめんなさい!失礼な事を」
「いいや、いいんだ本当のことだから。それに随分昔のことさ」
そう言って穏やかに頷くと、古文書の表紙を優しく撫でた。もう居ない兄の遺品とも言えよう物を愛でているように見える。
「兄は本当に馬鹿なことをしたと思ってるよ。多分この本も力を手に入れるために持っていたものなんだろう。この古文書はどこで?」
「プロトスのおじいさんが集めていた骨董品の中にあったそうです。どこで手に入れたかまでは……あいにく」
「そうか、そうなんだね。じゃあ随分長い旅をしたんだろうなあ」
売られたか盗まれたか、そういったことを繰り返して巡ったであろう旅路を想う。3人はそんなジェイナスの様子を見て、次にかけるべき言葉を見失ってしまった。
「おっとすまない、この本を寄贈してくれるという話だったかな?ありがとう、旅の人。よかったら報酬がわりに解読してみるけど、どうかな」
「いいのですか?」
やや食い気味にアヴェが身を乗り出す。知識に飢えたメガネはこういう時怖い。
「もちろん。兄の持っていた本はこういうのばかりだったからね、昔はよく読んだものさ」
「お二人……いえノエル君もいかがですか?」
メガネを乱反射させて振り返る姿はもはや魔物か。ビリー、チェイネル、そして初対面の少年さえも巻き添えにして解読に付き合うことになってしまった。
「精獣霊の話は地方の精霊堂で解読したんだね」
「ええ。七大精獣霊の話と成り立ち、あと精獣石の話が少し」
「願いをかなえてくれる、石?」
「大体は解読できているようだね、どれどれ……ああ、手こずっていたのはこの部分か」
煤けた部分に指を滑らせて小さくつぶやく。呪術じみた言葉は首筋に針を突きつけられているような感覚にさせるが、それは古文書も同じなのか、煤が小刻みに震えて指先から逃げるように遠ざかった。
「わ、文字が見えた!」
「兄がかけた魔法で見えなくなっていたらしい。ふむ、『石は無欲と強欲を、審判の代行者へと導く』」
「無欲なのか強欲なのかどっちだよ」
思わず突っ込んだビリーの頭上には疑問符しかない。
「どちらもなのか、あるいはどちらでもないのか。これだけじゃわからないね……まだ続きはあるよ。『そこで願うものこそ、叶うは一つの答え。破壊と再生を精選せよ』。願いが叶うっていうのはこの部分かな。読む限り恐ろしいものも叶えそうな書き方だ」
「それって……世界征服とか?」
「ありえそうだな、人類滅亡とか」
「ちょっと!そんなの悪党に渡ったら大変じゃない!」
強めな平手打ちがビリーの背中を襲う。
「痛ェやめろ。どうせ御伽噺だろ」
「どうだろうな……私が経験してきたもので言うなら、あり得なくはないけれど」
そりゃ大層なこって、と信じる様子のないビリーをよそに、アヴェは現実的な思考を持つ割に小難しく考え込んでいるようだった。
「ジェイナスさん、呪術の類は何度か見たことがあるのですが……あれにはどれも一定の制限がありました。精獣石には制限が存在しないとでもいうのですか?それほどの大きな願いをなんの代償もなしに、とは考えにくいのですが」
「そうだね、僕らが使う魔法にもあるんだから普通なら代償は必要だよ。大きな魔法が使える精獣霊遣いはナナ……大司祭しかいないけど、あの人も精獣霊に自分の魔力を与えて力を借りるっていう契約だったから、それは精獣石も変わらないと思う。ただ──」
「ただ?」
「石になってまで契約の意思があるかはわからないな。もしそれがないのなら魔法を扱う代償を全て石が払うことだってできる。そうなったら『なんでも願いを叶える』というのはあながち間違ってないよ、まして七大精獣霊の精獣石なら、膨大な魔力を持っているから」
ジェイナスは文字を見つめたまま口を開かなかった。まだ解読が終わっていないのか、それとも同じ文章を何度も噛み砕いているのか。
「……この話、私たちが聞いてよかったんですか?」
「なんでだろうな、君たちにならいいと思えてしまって。夢物語や御伽噺と取るならそれでいいと思う、けれどもし、これを信じてくれるなら」
古文書を閉じて3人に向き合う。その目は真っ直ぐで強い意志を感じた。
「もし信じてくれるなら、私から依頼を出してもいいかい?」
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