第9話 知識の門 /2

「こんにちは」

図書館のエントランスで守兵と思しき人物に声をかけるが、何も反応がない。首を傾げるチェイネルを見たビリーは、すぐさま脇腹を小突いた。いつもされていることの仕返しか。

「あっ」

「こんにちは」

見様見真似で先ほど習った氷の民の挨拶をなげかけてみるが……反応は返ってこない。

「あれ?」

3人は顔を見合わせる。微動だにしない兵をまじまじと観察してみれば、たしかに視線はこちらを向いていて。しかしどこか奇妙な感覚だった


「そ、それはゴーレムなんだ」

奥から本をいくつか抱えた人物が二人やってくる。濃い新緑を思わせる短い髪に大きな帽子を被った少年と、背筋がしっかり伸びた鼻の高い壮年の男性。歳の差で言えば孫と祖父ほど離れているだろうか。

「ゴーレム……?魔物じゃないんですか?」

チェイネルはもう一度ゴーレムと呼ばれたそれを見上げて細かく観察してみた。確かに、人と比べれば少し背丈が高い気がする。鎧に覆われて肌まで確認する事はできないが、こちらを向く視線にこもった何かは無機物的であった。

「珍しいでしょう?きちんと機能しているのはここにいるゴーレムくらいだから」

「はい、初めて見ました……!あっ!こ、こんにちは!」

あわてて氷の民の挨拶を交わすチェイネルに、壮年の男性は柔らかく微笑んでみせた。

「こんにちは。君たちは……始めてみる顔だね。私は司書をしているものだよ。こちらは少し前から手伝ってもらってる助手くんで……」

「は、はじめまし……あれ?チェネ姉?ビリー兄ちゃん?」

帽子をずらしてどんぐりのようにまんまるな瞳を見せた少年は、人が変わったように明るく飛び跳ねた。手に持った本の束も一緒にはねる。

「やっぱりそうだ!うわー!ひさしぶり!」

「ノエルくん!?どうしてここに?」

「それはこっちのセリフだよー!オレ、父さんがこっちで商売するから手伝いに来てたんだ!」

突然同郷の知人と再会を果たした二人は自然と昔話に花が咲いていく。微笑んだ司書は軽く会釈をして「案内はノエルがしておやり」と奥へ戻っていった。

「そういや商人だったな、お前の両親」

「へへ、でもいつか賞金稼ぎデビューする夢は捨ててないよ。……ところでそっちの人は?というか、なんでチェネ姉までここに?」


読書スペースを案内され、ノエルにことのあらましを説明する。

護衛依頼でアヴェとチームを組むことになった事、荒くれ者が狙っていた本を預かっている事、アゲートロードでの研究者兄妹たちの事、サイクロプスとの戦闘の事。

少年はそれを聞きながら大袈裟なくらい相槌を打ったり質問攻めにするなどしていた。最後の方では話に飽きたビリーが古文書をぱらぱらとめくら始めたが、二人はまだまだ話し足りないようだ。

「へぇー!すっげ、大冒険じゃん!いいな〜オレもそんな活躍してみてー!」

「ふふーん、先輩の私が賞金稼ぎのなんたるかを教えてあげるよ」

鼻高々に話すチェイネル。

「調子のってんな、あいつ」

「おや微笑ましいじゃないですか。ノエル君も楽しそうですし」

「あんなのでヤワな同業者が増えても困るんだけどな……」

「こら、夢を壊さない」

アヴェはそう言いながら弄ばれている古文書を没収した。睨みつけてくる視線をさらりと流して、そろそろひと段落つきそうな二人へ声をかける

「預かっている古文書がこれです。先程の司書さんにお渡したいのと……あと内容も出来れば教えて頂きたいのですが」

「わかった、呼んでくるね。ダコタさーん!」


その名を叫んだ瞬間、アヴェとチェイネルは顔を見合わせた。

「今、僕はあなたと同じ事考えていますよね」

「もしかして、もしかしてそうかも」

「何言ってんだお前ら」

「ここだけ現代語で書かれているんですよ、あの時話して読みませんでしたか?…………ああ、そういえばあなたはぼーっとしてましたね」


眉を寄せるビリーに、アヴェが古文書を差し出し裏表紙の隅書かれた文字を示すとそれを読みあげた。


『ログ・ダコタ』

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