第7話 轟く泣き声 /2

轟音と振動、閃光と爆炎。


細めた目の隙間から見えたのは血にまみれた自分の手ではなく、ぶすぶすと灰被った煙を立たせるサイクロプスだった。理解が追いつく前に背後からヒトの声が聞こえてくる。

「大丈夫ですか、ビリー!」

「アヴェ……!?」

彼を呼ぶ声はサイクロプスが崩れ落ちた音でかき消されてしまったが、こちらへ走ってくる人影は紛れもなくアヴェだ。それも、ランチャーを背負って。

「お前それ外してたらどうするつもりだったんだよ……」

「心配には及びませんよ、伊達に“先見の素通し”とは呼ばれていません。もっとも、あなたが使うものより旧式の発射装置ですから連戦には向いていませんけれどね」

そのうちまた改造でもしてもらいましょう、と筒を下ろして一息つく。

「どうしてきたんだ?」

「帰りが遅いので何かに巻き込まれているのかと思いまして。駆けつけて正解だったようですね……町の近くに中型魔獣がいるのは驚きましたが」

焦げた臭いを手で払うビリーをよそに、形をなくしていくサイクロプスを見つめて一考するアヴェ。慎重な性格からか装備を一式持ってきたが、こんな魔獣がいるとは予想していなかったようだ。

「チェイネルさんは?」

「ガキつれて奥に逃がした。こいつとマーモット以外に魔獣がいなけりゃいいんだけど」

洞窟の奥からは物音も悲鳴も聞こえてこない。それはそれで心配なのだが。

「おや!プリモさんが見つかったので?」

「ああ。まったくこっちの気も知らねェで呑気なモンだったぜ」

「元気ならそれでいいじゃないですか。さあ、迎えにいきましょう」



二人が逃げた先は一本道、時折マーモットとすれ違うも危険はなくすぐにランプの灯と思しきオレンジの灯が視界に入った。

「出てきていいぞ」

洞窟の奥に声を響かせればおそるおそる茶色のアホ毛が見え隠れして、安全だとわかればはにかんだ表情の二人が歩いてくる。所々土埃で汚れているものの、無傷で逃げ切ったらしい。

「あれっアヴェさんまで?よかった〜、みんな無事なんだね」

「……よかった」

懐いたのか、それとも魔獣に怖気付いてしまったのか、プリモはチェイネルのスカートの裾を掴んで離さない。けれど顔はしっかりと前を向いていた。

「あのね、呼んでたの」

「何が?もう少し説明しろよ、全然わかんねェ」

「あれが、呼んでたの」

洞窟の岩陰に転がった何かの塊を指さす。石や土に埋もれていて指差されなければ気付きもしなかっただろう。

「なんだろこれ」

「ちょっと失礼、掘り出してみます」

手で退かせそうな小岩を端へおいやってみれば──白く滑らかな球体が出てきた。いや、球体と呼ぶには歪で穴も開いている

「これは……頭蓋骨、ですね」

「ひ、ひえ……ホントに幽霊の声が聞こえてたの?」

白骨化した死体に思わず後退り、見せてはいけないものを見せてしまったのではないかとプリモの方を振り返る。しかし心配をよそに少女はまんまるな瞳を逸らしはしなかった。

「わかんない。でも、もうお星様になった人の声、たまに聞こえる」

「……因みになんと言っていたのですか?」

「おうちに帰りたいって」

アヴェの問いかけに答えつつ側の土をかき分けると、そこから薔薇の彫刻が施された懐中時計が出てきた。おそらく持ち主はこの骨だろう。

「ふむ……保安局に見てもらいましょうか。事故の記録か何か残っているかもしれません」

「うん」

「おい、ンな面倒な事俺はしねェからな」

稼ぎのなさそうな物にとことん関わりたくないビリーの眉間に皺が寄る。ただでさえ行方不明の少女を探して戦闘になったのだ、余計に機嫌が悪い。

「いいもーんだ、私とアヴェさんがちゃんと調べまーす。ビリーは明日のおやつ抜きね!」

「へいへい勝手にしろ、元々の依頼を忘れなきゃいいけどな。ほら帰るぞ」

皮肉を込めた言葉を吐きつけて、ひらりと身をひるがえす。


行きより驚くほど早かった帰り道。家につけば不安な面持ちのエリオとウーノがばっと弾けるような笑顔で出迎え、遅い夕食を皆でたっぷり平らげたのだった。

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