第4話 次の国へ
チェイネルに先導され連れてこられた精霊堂は少し埃っぽい空気を纏いながらも――不思議と古臭さは感じさせなかった。
教会と似たつくりの内装に獣を象った石像が立ち並ぶ。三人が内装を眺めていると、牧師か神父か、精霊堂の管理者らしき人物が顔をのぞかせた。
「おやおや、初めて見る方ですね。入信希望の方ですかな?」
何の宗教に入っているのかなど気にしたことがなかったビリーは、管理者の言葉に首をかしげた。この世界では異端の部類にはいるが、いわゆる"無宗教"なのかもしれないな、と考えながらアヴェを見る。
「いえ……僕はククル教徒でして。
今日は少しお聞きしたいことがあって立ち寄らせていただきました」
アヴェが丁寧にお辞儀をする。
「そうでしたか、失礼しました。して、何のお話を?」
「こちらです。精獣霊について書かれた古文書とのことですが、
翻訳をお願いしたくて。できればそちらにお預けしたいのです」
アヴェは一歩下がってチェイネルを促す。彼女が取り出した古文書に管理者は興味津々のようだ。
「なるほど、これはこれは。いいでしょう、ひとまず少し読んでみますね。
皆様、かけてお待ちください」
「いや、俺は別に……適当に歩き回っていいか」
堅苦しい場所に慣れていないのか、じっとしている事すら堪えられないようだ。まるで子供――いや事実子供と言っても差支えない外見なのだから仕方ない。
居心地の悪そうな少年に、管理者は優しく微笑んだ。
「ごゆっくり」
アヴェは古文書が気になるようで、あのまま解読の様子を伺っている。解読を待つ間、残った二人はそれぞれ自由に館内を見学する事にした。
面白いものがあるのかと聞かれれば、ぱっと見たところそんなものはない。それでも何か人を引きつけるような――様々なオブジェへ興味が湧くのは何故だろうか。
神と崇める精獣霊も、案外実在するのかもしれない。
「何を見てたの?」
チェイネルがひょこっとビリーの後ろから飛び出してくる。
「いや……何を、というより、全体を?」
「そっか。いつ見てもすごいよね、これでもまだ小さい精霊堂なんだって。
……あ、あそこの狼かっこいい!」
「あんまりはしゃぐなよ」
はぁい、と言いながらも不服そうな彼女から視線を外すと、先ほどの管理者が手招きしているのが見えた。どうやら、解読が終わったらしい。
解読の結果は完璧とまで行かなかったものの、
精獣霊は人間と異なる性質を持つ事、
彼らに「死」の概念は存在しない事、
生身の身体が朽ちる今際に宝石となって長い時を越す事、
多様な力が宿ったその宝石を“精獣石”と呼ぶ事、
その4つがわかった。
「なるほど……!この部分の解釈はこうなっているのですね」
「ええ、彼らの源はエーテル、私たちとは身体の構造の根本から異なるので……」
大人組は古文書が本当に穴が開いてしまうのではないだろうか、と心配になるほどにまじまじと見つめている。ビリーとチェイネルは二人の会話についていけず、ただただ適当に相槌を打つしかなかった。
「――申し訳ございません、あまり力になれなくて。
上層官ならもう少し読めそうなのですがね……」
「いえいえ、十分ですよ。ありがとうございました」
軽くお辞儀をしたアヴェに管理者が慌てて首を横に振る。
「お礼を言うのはこちらのほうですよ。こういった古文書は散り散りになっている
せいで精霊堂にも情報が少なくて。ただ……」
「ただ?」
「書物の管理は支部ではできないのです。
できればアレクサンドリア図書館に寄贈いただきたく」
たらいまわしにされて行く事に納得がいかない、とビリーの表情が歪む。重要なもののはずなのに、何故自ら保管しないのか。文句を言おうと口を開くと、アヴェがそれを制止した。
「もしかして、先日の事件を御存じで?」
予想があたったのか、相手は苦笑いを返す。
「ええ、その……あのような野蛮な夜盗に精霊堂を壊されては困るのです。
書物を預かりたい気持ちは山々でも、こちらには戦える者が居ないものでしてな」
「そうですか……アレクサンドリア図書館と仰いましたね。どちらの国ですか?」
「北の国です。山脈を抜けた先、雪の街アレクサンドリア」
精霊堂を後にした一行は指針を立て、列車で山脈に近い町を目指す事にした。
資金も多いわけでも、またボアやラットのような者が現れない保証もない。結果、いきなり遠くの国を目指す事がためらわれたのだ。幸い、この町には列車の停車駅がある。これを使わない手はない。
列車の切符を購入しながら、アヴェが古文書の内容を反芻している。
「――そして精霊と精獣の違いが性別だけだったとは……驚きですよね。
てっきり僕は階級ごとの……」
「あ、あはは……」
チェイネルが笑顔をひきつらせる。さっきからこればっかりだ。放っておいてもとまる気がしない。
「アヴェ。その辺にしてくれ」
うんざりしたビリーが壁にもたれかかって項垂れた。
「……あ、失礼しました。ともかくこの古文書は素晴らしいもので詰まっている
ということですね。しかし翻訳が不十分な以上、もっと調べる必要が……」
静止しても語り続ける彼は少年のよう。年上の威厳とやらはどこへいったのだろう。
結局、列車の汽笛が鳴るまで彼の口は動きっぱなしだった。
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