第3話 忘れ去られた古文書 /2

騒動後、開店準備に追われ騒がしかった店内。少ない人員でやりくりしていただけに一日で復旧はままならず、結局今日は休業せざるを得なかった。

依頼主の女性カシスが三人をテーブルへ招く。

「なんとか形になったわね。明日には開店できると思うわ、ありがとう」

「いえいえ、報酬をいただいたんですから、せめてこれくらいはさせてください。

 ところでその瓶は?」

アヴェは彼女が持つ、煤を被った瓶を指差した。ラベルは焼け焦げ銘柄も読めない。チェイネルは「真っ黒」と首をかしげた。

「ラベルの焼けたお酒を店に出すわけにはいかないから……。これはあなた達で

 飲んでちょうだい、って言いたかったんだけど」

未成年と思われる二人を見てあっと声を上げる。法規制はないが、店員としては強要していいものか悩ましい。見かねて唯一成人していたアヴェが酒瓶を受け取った。

「あー……では一本だけ、いただきます」


「それじゃ泥棒撃退と、チェイネルちゃんの賞金稼ぎデビューを祝って。乾杯!」

「あ、あ、ありがとうございます……」

カシスは夜中に起こった事の説明を受けてもチェイネルを責めなかった。居心地が悪そうな少女は控えめにグラスを鳴らす。

「あんまりお役に立てなかったです、けど」

「世の中には依頼してもお店の物を盗んだりする賞金稼ぎだって少なくないのよ。

 あなたは頑張って身体を張ってくれたんだから、それでいいわ。

 そんな泥棒を呼び寄せるような物を持ってたお爺さんがそもそもの原因だし」

「甘やかすと調子にのるぞ、こいつ」

ビリーは一人、テーブルから離れた位置でぼそり悪態をつく。

それを聞いて少女はすぐさま振り向いた。自分への悪口に人一倍反応が早い。

「そんなことないもん!」

それでも会話のない彼より、少しでも反応がある事が彼女には嬉しいらしい。

チェイネルは顔こそ怒ってはいるものの、声は朗らかなものだ。

「そのお爺さんの物ですが、どこか金庫や銀行へは預けないのですか?」

「一応調べてみたけど……古い金貨と宝石、あと古文書があったわね。

 金貨と宝石なら銀行の方がいいかもしれないわ、お爺さんには言っておくつもり」

「……、あの泥棒が話してた内容――」

言いかけたところで行儀悪くテーブルへ投げ出していた脚をチェイネルに払われ、身体のバランスを崩す。

「何、硬貨の事でも話してた?」

ビリーは恨めしげに少女を睨みながら脚を下ろし、彼らの会話を思い出す。

「“精獣石”の情報?だとか言ってた。数年前に出土した欠片よりデカいのだとか。

 その宝石の中にあるんじゃねェの」

「“精獣石”……」

カシスが思い当たるものがないか考え込んでいると、横からチェイネルが割って入った。先ほどの控えめな態度から一変、目がらんらんと輝く。

「それ!私知ってるよ、精霊堂で聞いたの。おとぎ話かと思ってたんだけど……」

「どんなお話なので?」

「願いを何でもかなえてくれる石だって司祭様は言ってた、かな?

 ギルドでちらっと大いなる力が手に入る石とも聞いたけど。それって結局

 願いをかなえてくれるって事です、よね」

最後の方は自身がないのか首が傾いでいく。三人はその話を信じていないようで、どう反応したものかと苦々しく笑った。

「私が見たのは一番高価なものでもダイヤがいくつかあったくらいね。

 そういう変わり種はなかったと思うわ」

「カシスさん、古文書はどんなものでした?“精獣石”のなら、現物

 というわけでもないでしょう」

「そういや『あの装丁は本物だと思う』って言ってた、気が…」

華奢な男の話していた言葉が、ビリーの頭の中でリピートする。

「あ~~、そういう事ね……ちょっと待ってて」

カシスは振り返り、倉庫へと消えていった。


ゆっくり楽しむつもりだった料理はすっかり冷めてしまったようだ。食欲の失せたビリーは手持無沙汰に食器をくるくると回し始める。

残すのも勿体ないので、残った料理はアヴェとチェイネルで食べ進めることにした。

「これ……調べてみませんか?」

「これ以上面倒事は御免だぞ」

不機嫌そうにナイフでアヴェを指すビリー。

「そうはいっても貴方が言い始めた事です。気になりませんか、その石。

 僕は学術的に興味がありますね」

「お前の好奇心に付き合う暇はねェ、なんだってそんなおもちゃみたいな……」

「ダメだよビリー、私たちはパーティなんだからアヴェさんの意見も尊重しないと」

チェイネルの言葉に疑問を持ったビリーの眉が上がる。アヴェへ目を移すと、気持ち悪いくらいの暖かい笑顔を向けられた。

「……パーティはこれで解散だろ」

「いいえ、ビリー。僕はチェイネルさんに依頼されたんですよ」

「何を?」

この状況はごく最近の嫌な予感を思わせる。

「パーティ続行の依頼です。貴方が戦闘要員、チェイネルさんには炊事を

 担当していただきます。報酬の取り分は三人で山分け…いい話でしょう。

 ああ、因みに僕はリーダーに推薦されました」

「はァ!?何勝手に話を進めてるんだ!俺は降りる!」

「まあまあ」

アヴェは立ちあがったビリーの腕を引き、少女を残してテーブルを離れる。

「戦闘中あの子を気にかけてあげられるのは貴方くらいでは?」

チェイネルの耳に入らないよう、アヴェは小声で語りかける。

「勝手に勘違いするな!俺は仲良しごっこなんてしない、

 あいつは家に送り返せばいいだろーがっ、どうしても連れていくなら

 お前ら二人でやってろ」

「それはできません。僕は貴方を含めた三人パーティーのリーダーを

 任されたのですよ?ビリーがいなければ話は始まりません」

形容しがたいアヴェの圧力におされていくビリー。怒っていないのに、どこか怖い。本当に怒らせていけないのはこういうタイプのような気がしてくる。

「俺にメリットなんてない」

「おや。知っていらっしゃいますか、ギルドの依頼は大半が三人パーティを

 推奨しています。貴方の稼ぎも増える見込みがあるんですよ」

これ以上反論しても、きっと彼は何パターンも話を用意しているのだろう。負けた、と観念したビリーはため息をついた。

「………稼ぎは、いる……」

満面の笑みを背に、少年は少女の待つテーブルへ戻る。

チェイネルの賞金稼ぎデビューを祝う料理は、凸凹パーティ結成を祝う物へとかわったのだった。

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