第3話 忘れ去られた古文書 /1
焼け焦げて使い物にならなくなった家具を処分したり、店内を掃除したり。
アヴェの交渉のおかげで、店の後片付けを手伝う事を条件に報酬のいくらかは貰える事になった。
単純労働を嫌うビリーは不貞腐れた顔をしながら、床にモップを押しつけ文句を垂れる。
「大体店のブレーカーが落ちなけりゃ今頃こんな事には……」
「まあまあ、仕方ないでしょう」
「……」
ビリーにちらちらと視線を投げるチェイネル。最初は掃除に集中して気付かなかったものの、あまりにしつこいためか、徐々に苛立ちが募る。
「あー!クソ!なんだよお前は!」
「えっ」
「さっきからジロジロジロジロしつこい、何かあるならさっさと言え!」
「それは、その……」
いざ話をしようとなるとあっちへこっちへ視線が泳ぐ。目を合わせられないまま彼女はぼそぼそと口を動かした。
「ブレーカー落としちゃったの、私なの……」
「は?」
「だから、その。カシスさん……依頼主さんに連絡しようとした時にね、転んじゃって。バケツをひっくり返した先が」
徐々に青ざめていくチェイネルとは正反対に、頭に血をのぼらせて赤くなるビリー。少女は次に浴びせられるであろう罵声に備えて縮こまる。
「ほ、本当にごめんなさい――!!」
だが、いつまでたっても大声は返ってこない。
「……」
「ええと、ビリー?」
うすら目を開けると、あるのはそっぽを向いて黙々と掃除を続ける姿。
「お前は賞金稼ぎに向いてねェ」
「えっ」
「さっさと家に帰れ」
それだけ言うと口を閉じ、チェイネルが何か話そうが謝罪をしようがだんまりのままとなってしまった。
「……違う部屋、お掃除してくるね」
力なくその場を去る少女の背中にかける言葉が出てこず、結局アヴェは彼女を無言で見送る。残った男二人に流れる気まずい沈黙。
「もう少し優しくしてあげてもいいんじゃないですか?」
「ああでもしねェとまた危ない橋を渡りたがるだろ」
アヴェは言葉の裏にこもった意思を察して、思わず生温かい視線を送ってしまう。
「ははあ……なるほどそういう事ですか。素直じゃありませんね」
「うるさい、手を動かせよ」
大半の家具を出した店内は、広くなったと言えば聞こえはいいものの、何処か寂しさを思わせる。テーブルや椅子は結局半数ほど処分し、ぽっかりと空いたスペースには倉庫に眠っていたもので補充する。
埃をかぶった家具を一人磨き続けるのはチェイネルだ。その様子を見ていたアヴェが彼女に歩み寄る。
「最初の仕事にしては、少し難しかったですね」
「アヴェさん……私、考えが甘かったんでしょうか」
優しい言葉も今は彼女の心に痛く沁みてしまう。自分がしてしまったことの重大さはは承知しているつもりだったが、いつも憎まれ口を叩いてくる少年に無視された事がよっぽど堪えたらしい。
「……賞金稼ぎは命を張って仕事をしています、それは魔物討伐でも、
今回のような監視でも変わりません。その点で言うなら甘かったと言われても
仕方ないでしょう」
「うう……」
「ですが僕は、甘くていいとも思っています。今回に関しては」
「あの失敗がいい事なんですか?」
チェイネルは思わず手を止め、目を丸くした。するとアヴェは代わりに布をとり、椅子の脚を磨き始める。
「死傷者が出なかったのは、貴女が明確な『隙』を作ったからですよ」
少女は彼の言葉が理解ができないのか首をかしげる。あのまま何も起こらなければ、保安官に引き渡して終わりではなかったのだろうか。
「彼には縛られた状態からでも呪術で抜け出す算段があった――僕たちはそれに
気付いていませんでしたよね」
「けど私があの時ちゃんと、してたら」
「ええ。でももしあのまま店の明かりがあったとしたら、
あの火球は窓とドアだけを破ったでしょうか?」
「……私たちが狙われた、って事……?」
ちらとチェイネルの目を見て、アヴェはゆっくりと頷く。
「最悪貴女が人質にとられた可能性だってありました。そうなれば命の保証など
とてもできません。物は取りつくされ、今以上に酷い状況ではありませんか?」
「それ、やっぱり私が足を引っ張るんじゃないですか……」
「ははは、皆が皆、貴女のような人でも困りものですけど」
「う゛っ」
笑いかけるアヴェの目は最初に出会った柔らかいものになっていた。茶化すような言葉の中に責める素振りはない。
「けど……まあ、僕のような仲裁役やビリーのように無茶をする役、
色んな人がいてこそチームというのは成り立つのでしょう」
「で、でも、ビリーはそう思ってないんじゃないかな……?」
「おや?先ほどそのビリーと話してきたのですが、どうやら彼は
貴女がいつか怪我をするんじゃないかと気が気でないようでしたよ」
「ビリーが?」
「おっと口が滑りました。これは怒られてしまいますね」
よいしょ、と磨き上げた椅子を持ち上げ立ち上がる。
「さ、反省会はここまでです。店主が食事を用意してくださっているんでした、
行きましょうチェイネル」
誰も否定しないその背中に、チェイネルはどこか救われた気がした。
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