第1話 始まりの依頼 /2

乾いた砂利道を踏み分ける、足並みの揃わない二人。一人は上機嫌に鼻歌を歌って軽やかに、一人はやる気なさげに踵を引きずりがちに。

未だに納得がいかないらしいビリーは、じとり重たい視線をチェイネルへ向ける。

「なんでお前が同行者なんだ……」

「だってカシスさんからの依頼は『私たち二人に』なんだもん」

そんな視線を受けても笑顔のままの少女。それどころか、鼻歌の合間に小粋なステップを踏む余裕すらある。ビリーの眉間に一層深い皺が刻まれた。

「あのなあ、お前はどうせ仲介人ってだけだろ!ギルドメンバーでもねェし、第一拳銃の扱いも――」

「昨日ギルド登録済ませたもーん、銃だってこの通り。ほらほら、私もこれで一人前の賞金稼ぎでしょ」

くるりと赤いスカートを膨らませて一回転。腰に下げた新品のホルスターからは、錆びかけのグリップが顔を覗かせている。彼女の中では精いっぱいの武器なのだろうが、お世辞にもきちんと手入れが行き届いているとは言い難い。呆れ顔のビリーはこれ以上無駄と判断し反論を諦めた。

そうこうするうちに一行は目的地へ到着する。


木製のスイングドアを抜けた先に広がる酒場のフロア。ランチタイムが終わったにもかかわらず、店内はまだ食事を楽しむ客でごった返している。

チェイネルが話していた通りかなり人気店のようだ。二人に気付いた店員が歩み寄る

「いらっしゃい、通常メニューになるけどいいかしら」

「あ、いえ……カシスさん、依頼の件です」

客と間違えたカシスはあっと声をあげ、奥へ手招く。案内された四人掛けの丸いテーブル席には、既に一人見知らぬ男が座っていた

「もう一人いるの、紹介お願いするわね」


「……おや」

振り向いた眼鏡の男が穏やかに口を開く。外見は20代そこそこだろうか、声色と同じく外見も物腰柔らかそうな印象を受ける。彼は被っていたハンチングを脱ぐと、真っ直ぐ二人に向き直り会釈をした。

「想像していたより随分と若い方がお揃いですね。はじめまして、僕はアヴェと申します。ギルド“ГЕРОИゲロイ"のスナイパーです」

ビリーへ向いた黒い瞳。彼はそのまま話を続ける。

「噂には聞いていますよ、“狼少年”君」

「狼少年?」

アヴェの言葉を繰り返し、チェイネルが首をかしげた。悪意のある声色ではないが、聞こえはよくない単語だ。

「誰が広めたかしらねェ俺の二つ名の事」

ギルドでいくらか名声をあげると、その自分物を表す二つ名がつく事がある。それは自分で考えたものであったり、ギルドが勝手に命名したり、周りの者が自然と呼んでいたりと決まった様式はない。

彼の場合は集団行動を嫌うあまり“一匹狼の少年”と呼ばれていたのだが、いつのまにか“狼少年”へと変に略された。特に嘘をついたわけでもないのになんとも不便な二つ名へと変化したものだ、と当人は口を尖らせる。


「想像していたより愛想がいいんですね。パーティは組まないものとばかり」

握手を求めようと右手を差し出したアヴェ。しぶしぶ応じたビリーの様子に、つい苦笑いが零れてしまう。

「狼少年じゃなくて、ビリーでいい。こっちはチェイネル、只の足手まとい」

「ひっどい!」

栗色のアホ毛をアンテナのようにピンと立て抗議する少女。

「あはは、仲がいいですねお二人とも。……さあさ、座って。夜まであと少しです、協力して行きましょう」

引率の教師か、それとも保護者か、年上の彼はやんわりと二人をたしなめた。


「お二人はどちらも同じギルドで?チェイネルさんは名簿でお見かけしたことがないのですが」

「あっ、はい!私は昨日登録した新米です、頑張ります!」

「成る程、英雄の名を冠するギルドに貴女のような真っ直ぐな方が増えるのは良いことです。……ああ、それとも出身がここに近いからでしょうか?大型ギルドの支部はここにありませんからね」

各地に点在するギルドの支部は、大きく3つの団体に分かれている。彼らの所属する“ГЕРОИゲロイ"はそのうち中規模の部類に入る、地方に特化したギルドだ。


アヴェがテーブルに運ばれたコーヒーを揺らし、メニューを差し出す。黙って首を振るビリー。代わりにメニューを受け取ったチェイネルは、考え事を同時に処理しようとうんうん唸りだした。

「私は隣町のセスルームニル出身です。……うーん、紅茶がいいかな…コーヒーはミルクたっぷりがいいんだけど、それだと冷めちゃうし……」

「すぐ隣でしたか。ビリーさんは?」

「答える理由はない」

ビリーは拗ねた子供のようにそっぽを向いて会話を断ち切った。絡みづらい――そう胸中でぼやくアヴェの表情がややひきつる。

「……よく知らねェから答えられないだけだ。便所」

生意気な少年もすこしは罪悪感にかられたか。顔を逸らしたまま理由を付け加えて、店の奥へ消えてしまった。事情がわからないアヴェは首をかしげる。

「どういう事でしょう」

「えっと……」

メニューから顔を離したチェイネルは、新たに一つ増えた問いかけの答えを整理し始めるのだった。

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