第13話 湯船設置なう
建物の外観が完成した翌日から、俺は旅館の内部レイアウトの設計に取り掛かった。
こちらについてはさして時間もかかることなく、パパっと出来上がった。なにぶん、温泉旅館の外側よりも内側の方が見慣れているもので。
L字型になった建物の1階真ん中らへん、Lの縦棒の左側から中に入る形でエントランスとロビーを取り、ロビーの右手奥側、Lの横棒の区画が男女の大浴場と、個人貸し切り型の蒸し風呂を2部屋。
ロビー左手側にはラウンジを設けて、お土産スペースも用意。ラウンジの端にはバーカウンターも用意したいな。この世界のお酒を俺はエールくらいしか知らないけれど、ワインや日本酒、ウイスキーみたいな酒もあるんだったら提供したい。
ラウンジの奥には食事スペースを二ヶ所。片方は宴会場として使用する算段だが、両方ともテーブル席になるだろうなぁ、この世界の感じを見ると畳、というかイグサは無いだろうし。個室もスペースを作って用意する予定だ。
2階と3階は客室フロア。あんまり狭くして個室ばかりにしてもよくないし、それぞれ大部屋3の小部屋4かね。ここは壁の厚さも考慮して決めないと。
と、まぁ、すらすらーっと出来上がった内部レイアウトの図面をイーナに見せると、受け取った彼女は早さと精緻さに目を丸くしていた。
「まぁ、なかなか盛りだくさんな内装ですね。どれだけ広さを確保できるかは現場次第ですが、ご期待に沿えるよう善処しましょう。
ただ……」
概ね好評を得たものの、イーナの表情は暗い。俺が不思議そうに首を傾げていると、イーナは図面の一か所を指さした。
「大浴場の、ここが浴槽になるのですよね?……大き過ぎはしませんでしょうか」
「そうですか?大体こんなものかと思いますけれど」
俺が描いた図面では、大浴場の湯船の大きさは男女とも大体4.5畳程度。浴場の規模にしては少し小さすぎるかな、と思わなくもない程度だった。自分の中では。
しかしイーナは小さく首を振って、おずおずと口を開いた。
「その……浴槽の調達は、いかがいたしましょうか」
「……あぁ」
イーナの、至極真っ当な、それでいて見落としがちな提言に、俺はガクッと肩の力を落としつつ気の抜けた返事を返した。
そう、浴槽。4.5畳の広さを誇る浴槽を、何かしらの形で調達しなくてはならない。
ぶっちゃけ、数百リットルという大容量の水を溜めておける浴槽というのは、ほんの僅かな隙間からでも水が漏れ、ともすれば崩壊する危険性があるわけなのだ。
日本も昔は木製の木桶風呂が主流だったわけだが、あれも手入れを怠るとすぐにカビるし、水が漏れるので、ホーローやステンレス、強化プラスチックの浴槽に取って代わられた経緯がある。
……ん?ホーロー?
「イーナさん、この国……いやこの世界、鉄や鋼鉄の大型鋳造って可能ですか?」
「え……ええ、今回の構想にある浴槽サイズの鋳造は出来ると思います。時間は相応にかかってしまいますし、重量もありますが」
「あと、ヴェノの街を見ていて思ったんですが、ガラスって結構普通に使われていますよね?」
「ガラス……?あぁなるほど、珪薄板のことですか。はい、珪石は世界各地で産出しておりますので、広く加工されて用いられております」
この世界にも珪石……石英が存在するのか。それを聞いて俺の脳内にピコンと電球が浮かんだ。
ヴェノの街中で見かけたガラスはなかなか透明度が高く綺麗に出来ていた。つまり、それだけ純度の高いガラスを作る技術があることになる。
「その珪石の加工方法は……?」
「炉で溶かし、不純物を取り除いてから、溶融した白珪を枠などに流し込む形……ですね」
俺はイーナから得られた回答に、にんまりと笑みを浮かべた。巨大な鉄製品の鋳造と、ガラスの加工技術。ガラス質を溶かすことのできる高温の存在。
つまり、ホーローが作れるということだ。
早速思いついた構想を、イーナへと噛み砕いて説明する。最初はいまいち理解しきれていない様子だったイーナも、内容を理解するにつれて表情に希望が満ちてきた。
「珪石にそんな加工方法があったとは……!重量の問題こそ解決しきれないですが、今回は設置予定場所が1階ですし、土台となる基礎を念入りに補強すれば大丈夫そうですね」
「早速試作にかかりましょう!」
俺とイーナは、展望が開けたことに何を言うでもなく互いに手をぐっと握り合ったのだった。
浴槽の手配と加工を済ませつつ、間取りの確定を進めていき、内装工事が着々と進んでいった三週間後のこと。
1階の大浴場、浴槽を据えるために開けられたスペースに巨大な魔法陣が描かれていた。
浴場の洗い場になる場所で、俺とイーナとアリシアが、その時を今か今かと待ち構えている。
「浴槽の運搬と搬入をどうしたものかと思いましたけれど、転移の魔法で一発というのは楽でいいですね」
「重量もありますから人力での搬入は難しいだろうと、手配いたしました。ホーローは衝撃に弱いとのお話でしたので、万一の対策に緩衝の陣も敷いております」
「いよいよ大きなお風呂が設置されるんですね!楽しみですっ」
アリシアが着々と進む搬入準備と、忙しなく動き回る魔法使いの皆さんの姿を眺めながら尻尾を揺らした。
落ち着かないなぁと思いながらも、俺も正直楽しみで仕方がなかった。こんな大規模な、人員も手間も必要とする魔法は、どうしたってわくわくする。
やがて魔法使いが5人、敷かれた陣の周囲に等間隔にびしっと背を伸ばして立つ。
「よし、準備はいいな?回路を開くぞ!」
「転移経路、チャンネルオープン!いつでも開けられます!」
「「トランフェルト、バージア、ルファス、オン、リューナール!彼方より此方へ呼ばれたまえ!」」
魔法使い5人の詠唱が、寸分の狂いもなく一斉に唱えられる。五節の詠唱が終わった瞬間に、光り輝く魔法陣。
そしてズンッ、という重量感のある音を伴って、魔法陣の中央に真新しい乳白の色をした巨大な湯船が浴場の中に現れたのである。
「「おぉぉぉ~~~!」」
俺とアリシアが見事にハモりながら、感嘆の声を漏らした。イーナはその傍らで、無事に搬入が出来たことに安堵の息を吐いている。
魔法使いたちはすぐさま、隣にあるもう一つの浴場へと向かって移動を始めた。そう、同じことをもう一度しないといけないのだ。
そしてもう一つの浴槽の搬入も滞りなく行われ、かくして存分に足を伸ばせる広々とした湯船が、温泉旅館に誕生したのであった。
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