第14話 第二源泉なう

「ドットヴァイラー様、オオゼキさん、一大事です!」


 仮設管理事務所で昼の休憩を取っていた俺とイーナは、大きな音を立ててドアを開き、中に駆け込んできた人物の切羽詰まった声に、揃って飛び上がらんばかりに跳ね起きた。

 半開きの瞼をこすりながら目を開くと、作業員としてプロジェクトに従事する魔法使いの一人が、肩で息をしながら入り口に立っていた。

 彼を含む魔法使い部隊には、源泉から温泉を引くための掘削作業と、ポンプの設置に当たらせていたはずだ。


「何事ですか、一体!?」

「はい、万能霊泉ソーマスプリングの地底湖から湯を汲み上げるための水路敷設のため、掘削作業を行っていたのですが、その過程で妙な色の水・・・・・が出てきました!」


 魔法使いの青年の報告に、俺は首を傾げた。

 万能霊泉ソーマスプリングタサック村源泉の湯は無色透明だったはずだ。不純物が混入して濁るにしても、妙な色になることなどそうそうあるものでもない。


「もしかしたら別の温泉にぶち当たったのかも……?現場まで行きます、案内してもらえますか」


 椅子を蹴って立ち上がる俺に、青年がこくりと頷く。イーナも遅れながら、慌てて椅子を引いて俺の後に続いた。




 青年に連れてこられたのは鉱山の麓にある、貯水タンクが並ぶ一角だった。

 この貯水タンクにポンプで汲み上げられた温泉が溜められ、それぞれの浴槽や蒸し風呂へと配水されていく仕組みになっている。

 しかしこれらのタンクはいずれもまだ空、これから汲み上げのための水路を敷設するのだから当然だ。

 水路を通す穴が岩肌に大きく口を開けている前で、俺とイーナは現場から釣瓶で汲み上げられたその水・・・を前にして、大きく唸り声をあげた。


「何ですか、この色は……まるで赤土のよう・・・・・ではないですか」


 まるで汚れたものを前にしたかのように、イーナが露骨に顔を歪めた。確かに釣瓶の中で湯気を立てるその水、いや湯ははっきりと赤褐色を呈し、木製の桶の木目が見えないほどに濁っている。

 一見すれば、ただの熱せられた泥水だろう。だがこの色を出しているのは土でも泥でもない。俺には確信があった。


「これは間違いなく含鉄泉がんてつせんですね。鉱山に湧く温泉ですし、あると思ってはいましたが」

「ガンテツセン……?つまりこの赤褐色は、鉄によって生じるものだと?」


 不思議そうに眼を見開いた魔法使いの青年に、俺はこくりと頷いて見せた。


「温泉中に含まれる鉄分が、空気中の酸素と反応して赤褐色になるんです。赤錆と同じ原理です」


 説明をしながら、俺は桶の中の温泉へと視線を向けた。

 果たして鑑定スキルは反応し、温泉の成分表が瞼の裏に浮かび上がってくる。


『タサック村 鉱山2号源泉

 泉質:含放射能・鉄(II)―炭酸水素塩泉

 総湧出量:4,200トン/日

 pH:6.7

 泉温:57.5℃

 陽イオン:ナトリウムイオン:854.0mg/kg

      鉄(II)イオン:410.0mg/kg

      カルシウムイオン:51.0mg/kg

      ・・・

 陰イオン:炭酸水素イオン:2060mg/kg

      塩化物イオン:600mg/kg

      ・・・

 遊離成分:メタケイ酸:34.5mg/kg

      ・・・

 放射線:ラジウム:310マッヘ単位(4185Bq/L)

     トリウム:40マッヘ単位(540Bq/L)

 適応症:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え症、病後回復期、病後回復、健康増進、痛風、動脈硬化症、高血圧症、慢性胆のう炎、胆石症、慢性皮膚病、慢性婦人病、貧血、月経障害

 禁忌症:急性疾患、活動性の結核、悪性腫瘍、重い心臓病、心臓病(但し高温浴の場合)、呼吸不全、腎不全、出血性疾患、高度の貧血、高度の動脈硬化、高血圧症(但し高温浴の場合) 妊娠中(特に初期と末期)』


 表示される情報に、俺は目を見開いた。含鉄泉だが、こちらも放射能を含んでいる。

 そして予想していた通りの含鉄泉。鉄イオンの量もなかなかだし、これは貧血には効きそうだ。


「鑑定しました。やはり含鉄泉ですが、こちらも放射能を……ラジウムを含んでいます。

 1号源泉よりは力は弱いですが、別種の万能霊泉ソーマスプリングと言えるのではないかと思います」

「別種の……?同じ土地から複数の霊泉スプリングが湧くなんて、そんなことが」


 イーナが信じられないといった様子で、その瞳に困惑の色を湛えて口を開いた。

 確かに、同じ山の同じ範囲内だ。1号源泉と2号源泉に共通点は多くあるが、鉄を含む分量がこれほどまでに差が出ることは、俄には信じがたい。

 だが俺はそれほど驚いた様子も見せずに、地面を指差した。


「多分、源泉の広がっている方向が違うんでしょうね。1号源泉は山の中の方へ広がっていったのに対し、2号源泉はこっち、村の方に広がっているのだと思います。

 一つの土地から複数種類の源泉が湧き出すことは、それほど珍しいことではないんですよ。中に含まれる物質によって変わってくるだけなので。

 俺が初めてこの村に来たとき、鉄の臭いがするなーと思ったんですよ。でも鉱山は金鉱山に銀鉱山だという。不思議だなーと思ってたんですが、鉱泉に鉄が含まれるなら納得です」

「そういえば思い出しました、タサック村は他の村と比べて茶葉の消費が少ない統計が出ておりましたことを。

 なんでも、この土地の水で茶を煮出すと、銀の茶器を使っていても色がすぐに悪くなると……」

「鉄分の影響でしょうね」


 ふと思い出したように告げられたイーナからの補足に、俺は益々持論の確信を得た。

 緑茶や紅茶は鉄とタンニンが反応して色が黒くなる。そのため銀製の茶器で茶を煮出すと、すぐに黒ずんでしまうのだ。

 ちなみに同じ地域に複数種類の源泉が湧き出す事例として有名なのが兵庫の有馬温泉で、街の中に合計7つ、3種類もの源泉が湧き出すケースが実際にある。

 他にも同じホテルに複数種類の源泉からお湯を引いて、男女の大浴場だったり内湯と露天風呂とだったり、引く温泉を変えているケースは数多い。そういう温泉はとても楽しいのだ。


 俺が釣瓶の中のお湯に手を浸しながら、喜びも露に口を開く。


「こちらの源泉も出来れば利用したいですね。含鉄泉ですから、貧血や女性特有の症状にも効果がありますよ」

「なんですって!?それは本当ですか!?」


 俺の言葉にイーナが飛び付くようにして食い付いてきた。俺の肩を掴んで押し倒さんばかりだ。痛い。

 なんとか引き剥がして落ち着かせ、鑑定で見えた効能を説明すると、イーナの表情がみるみるうちに喜びと感動で溢れてきた。


「あぁ、この貧血気味の身体は一生治らないと思っていたのに、光が……!

 オオゼキさん、是非とも利用しましょう!鑑定の結果、万能霊泉ソーマスプリングより一段劣る治癒霊泉ネクタースプリングとカテゴライズされるかもしれませんが、それでも利用しない手はありません!」


 イーナは小躍りせんばかりに喜んでいる。それを見て魔法使いの青年も苦笑していた。上司にあたる人間だ、これほどまでに喜びを表現しているのを見るのは初めてなのだろう。




 こうしてタサック村鉱山2号源泉は治癒霊泉ネクタースプリングとして正式に霊泉監督庁に認定され、治癒霊泉ネクタースプリングタサック村第2源泉と名付けられることになった。

 当初に掘る予定だった第1源泉にも、別の場所から掘ることで無事に地底湖への路を作ることが出来、二種類の温泉をタンクになみなみと汲み上げることに成功したのである。

 それぞれの温泉は大浴場に別々に配分され、一日ごとに男女を入れ替える方式を採用した。これで両方の温泉を男女ともに堪能できるというわけだ。

 ちなみに湧出量の豊富な1号源泉の方は、貸し切りの蒸し風呂の方にも配水されることになっている。


「あぁ、本当ならば毎日でも堪能したいくらいなのに……村の鉱泉にも鉄が含まれるなら、私この村に住もうかしら……」

「ドットヴァイラー様、勘弁してください……お気持ちは分かりますが、帝都でのお仕事もですね」


 小気味良い音を上げて作動し、温泉をぐいぐい汲み上げる魔導ポンプを前に、イーナがうっとりした表情を浮かべていた。

 その後ろで勘弁してほしいとばかりに、げっそりした表情を隠さない青年。心中察するに余りある。

 俺は温泉が湯船に注がれるその日を、今か今かと待ち遠しく感じていた。いよいよ次は湯船にお湯を満たして、湯温チェックだ。

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