第3章 温泉を引こう
第12話 デザインなう
「うーん、うーーーん……」
タサック村鉱山1号源泉改め、
俺は鉱山の管理事務所の隣に設けられた丸木小屋、名付けて「タサック万能霊泉旅館(仮) 仮設管理事務所」の中で頭を抱えていた。
頭を抱える俺の頭上から、アリシアの叱咤する声が降り注いでくる。
「もう、マコトさんってばまだデザインが浮かばないんですか!?もう作業員の皆さんが到着して二日も経つんですよ!!」
涙を目にいっぱい溜めながら頭を右方向に向けると、テーブルの下では腰を両手にぐっと押し当て、テーブルの上に頭だけを出して、頬を膨らませつつぷりぷりしているアリシアの姿が視界に入る。かわいい。いやそうではなく。
そう、査察が行われてから僅か二週間で作業はどんどん進捗し、用地も確保して、既に建設作業員の雇用も手配も完了して、基礎工事も済んでいるのだ。
建材にはヴェノ領内で最上級のレイヨン杉材を選別し、伐採して角材に加工して現地に運び入れてある。
ここまで揃えばあとは建てるだけ、なのだが。肝心の建築デザインがまだ出来上がっていない。
ぶっちゃけた話、ちっとも出来上がっていないのだ。
「やはり以前にご提案したとおり、シンプルな構造にした方がよろしいのでは?大浴場2つ、貸し切り風呂、食堂、あとは客室、といった具合に……」
アリシアの反対側に立つイーナが、色々と描きすぎてごっちゃになった俺のデザイン画を取り上げて眉を寄せた。美人だ。いやそうでもなく。
なんでまた彼女まで残っているかというと、今回発足したプロジェクト「温泉旅館創生計画」の総責任者として、帝国から改めて派遣されているからだ。
「温泉旅館創生計画」プロジェクトは、イーナ達が査察報告を帝都に持ち帰るや、あれよあれよという間に国家規模のプロジェクトに膨れ上がり、並みの宿屋どころか帝都の特級宿場ですら軽く凌駕するほど(イーナ談)の建設予算が付き、当座の運営資金もがっつり確保済み、という鬼のような厚遇ぶりを受けている帝国の一大事業なのだ。
故に、俺としても適当な仕事は出来ないと張り切ったはいいものの、悩めど悩めどこれだ、と断言できる案が出てこない。
案は出ていないわけではないんだが、紙にラフ画を書きなぐってはいるんだが、どうにも決めきれないんである。
「ヴォコレ、もうこうなったらオオゼキさんの発案を待つより、私たちで妥協案を見つけた方がよいかと思います」
「私も賛成です、イーナさん。マコトさんがこれまで書き溜めた案の中から、いいものを見つけていきましょう」
そして二人は俺に頼ることを止めた。俺がこれまで描いては放り、描いては放りを繰り返した紙の山を拾い上げて顔を突き合わせ始める。
俺もなんだか新しく案を考えることに限界を感じてきた。煮詰まってきたともいう。鉛筆を脇に置いて二人が山と積んだデザイン案に手をかけた。
「あーもう駄目だ、脳味噌絞り切ってカスすら出ない」
「まさしく絞り切った結果ですね、これ……あ、マコトさんマコトさん、これとかかっこよくないですか?」
「モダンですが村の雰囲気にそぐわないのでは?オオゼキさん、こちらなどレトロな具合で収まりがいいかと思うのですが」
そうして侃々諤々意見を交わし、議論は踊る、されど進まず。昼食を取るのも各々忘れ、日が傾きかけて午後二時。
三人揃って机に突っ伏すように頽れた時のことである。
アリシアが床に膝をつくようにして、机の上のデザイン画を手で引き落とした時に、積まれた紙の一番下から現れたラフ画があった。
俺がうっすらと目を開けて
「あ……?」
「あら……これはなかなかノスタルジック。オオゼキさん、こんなものもお描きに?」
イーナが拾い上げて、こちらに提示したラフ画を受け取り、記憶の紐を手繰り寄せる。そういえば案を出し始めた時に、このラフ画も描いていたことを思い出した。
それは岩手県、花巻温泉郷に位置するとある温泉旅館の外観を、記憶を頼りにスケッチしたものだった。昭和の趣を感じさせる歴史ある佇まいに魅了され、暇を見つけては何度か宿泊しに行ったものだ。
確か映画の舞台にもなったことがあるんだったか。
俺の手からアリシアがラフ画を取り上げて眺めはじめるのを横目に見つつ、恥ずかしさに目を逸らしながら後頭部を掻く俺だった。頬が熱を持つのを感じながら口を開く。
「あー、はい。あっちでの……俺のお気に入りの温泉旅館の建物を、記憶を頼りに描いたもので。
描き始めたら思ったよりも思い出せなかったし、正直再現するのもあれだなって思ったんで、適当なところで切り上げて次のに取り掛かったやつなんですが……」
何だか自分の記憶力の甘さを露呈したような気がして、恥ずかしかったのはここだけの話である。
そんな言い訳じみたことを言いつつ、ちらりとアリシアの方に視線を投げると、彼女はそのラフ画を見ながら瞳をキラッキラさせていた。
そして興奮を隠そうともせずに片手を上げる。
「あの、私!これすっごく良いと思います!非日常!って感じがします!」
「
伝説とまで謳われた
アリシアの言葉に、イーナも大きく頷いた。
非日常。確かに、温泉旅館を訪れた時の「日常から離れて非日常の中に身を置く」感じは、心がわくわくしたものだ。
普通に生活していたら確実に訪れることのない場所、温泉という大きな目的の下に訪れる非日常の空間。温泉旅館とはそういうものである筈だ。
何となく、初めて自分一人で温泉旅館に泊まりに行った時のことを思い出す。あの時も確かに、俺の心はわくわくしていた、筈だ。
少し懐かしい気持ちに頬を緩めながら、俺はそっと右手を上げた。
「俺も……そのデザインは、好きなので。お二人がよければ、それで進めたいと思います……いいですかね?」
「「勿論!」」
アリシアとイーナの声が綺麗に揃う。それがなんだかおかしくて、俺は再びくすりと笑った。
そうして午後二時半、今日もまとまらなかったかと作業員の間で諦めムードが漂ったところで、計画総責任者イーナの通達が一斉に行き渡った。
曰く、デザインが決まったので明日より測量および工事を開始する、と。
その急転直下ぶりに作業員たちは目を白黒させながらも、ようやく力を発揮できることに一同沸き立った。
かくして測量、設計、建設と順調に駒を進めて十日後。
それはそれは見事な三階建ての温泉旅館が、タサック村の外れに用意された更地に出来上がったのである。
建設スピードが速すぎないかと思ったが、魔法も併用しての建設はこんなものだと、アリシアに説き伏せられたのはここだけの話だ。
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