第85話 北との戦い④ 命を賭したその先に……



「クソッ!」



 アンナ達の正確な位置がわからなくなっている。

 いや、俺の言いつけを守っているのであれば、場所は恐らく中央棟の地下から変わっていないはず。

 しかし、それがいつの間にか感知できなくなっているのが異常であった。

 そもそも、この城と周囲一帯はレイフによる監視網が張り巡らされているのだ。

 その監視網は今も生きているというのに、この城の中央棟だけ監視網が無効化されているのは、明らかに意図的な何かが起きていると考えられる。



「レイフ!」



 反応が無い……!

 やはり何らかの妨害を受けている。しかし、一体どうやって!?

 外部から侵入する際に干渉を始めたのだとしたら、反応が無くなった時点でレンリが気づくはず。

 気付かなかったということは、外に本体があるレイフには直接干渉せず、内部からの意思伝達を妨害しているということだ。



(……つまり、監視網を張った時点で既に侵入されていた?)



 とんだ失態である。

 グラと臥毘ガビを見る限り、俺は御し易い相手だなどと慢心していたのだ。



(相手は連合なんだ……。他に動いている者いる可能性があると、何故考えなかった!)



 これでは、まんまと陽動に引っかかったようなものである。



 中央棟の地下までは、走れば1分もかからない。

 だというのに、それが今は永遠にも感じられる。



「トーヤ!」



 西棟を抜ける辺りでライが合流する。



「すまないライ! 一緒に来てくれ!」



「わかったけど、一体何が!?」



 『繋がり』を通じて、ライにも俺の焦燥感が伝わっているようである。



「わからない! けど多分、侵入者だ! アンナ達が危ない!」



「アンナ達が!?」



 足を止めず、一気に階段を駆け下りる。

 すると、地下に差し掛かる階段の前にリンカが立っていた。



「リンカ!? どうした!」



「……トーヤ殿、敵だ」



 リンカの見下ろす先。そこには黒装束の男が立っていた。



「まさか、こうも早くルーベルト殿の侵入に気付くとはな」



「お前は……、北の手の者か?」



「一応は、な。……悪いが、ここは通すワケにはいかない」



 この男の口ぶりでは恐らく、万が一侵入を感知された際の保険、足止め役といった所だろう。

 となると、本命はやはり、アンナ達か……



「通さないだと? ここは一応俺の城なんだ。お前にそんなことを言われる筋合いはない」



「そうだな。だが、悪いことは言わん。諦めろ。例え私を排して辿り着けたとしても、貴様らではルーベルト様には敵わん」



 恐らく、この男が言っていることはハッタリなどではない。

 アンナから伝わってきた恐怖は、あの地竜と相対した時に匹敵するものだったからだ。

 それはつまり、彼女が死すら覚悟しているということを意味する。



「トーヤ、まずはここを全力で切り抜けよう。僕が隙を作るから、トーヤはアンナ達のもとへ向かってくれ」



「……わかった。リンカはシュウを呼んできてくれ。恐らく、アイツの力が必要になる」



 リンカは頷くと同時に、凄まじい速度で駆けていく

 そして俺はライに合わせるため、レンリを構えて気を窺う。



「…………」



 黒装束の男がため息を吐き、構えを取る。

 ライも気付いているだろうが、この男も容易に対処できる者ではない。

 気配から伝わってくるのは、間違いなく強者の闘気であった。


 つまり、まともにやりあっている余裕はない。



「……行くぞ!」





 ◇





 恐らくエルフと思われる侵入者は、私を観察するような視線を送ってくる。



「……どうした? 戦う覚悟を決めたようだが、攻めてくる気はないのか?」



「……」



「……ふん、まあいいだろう。お望み通り、私の方から攻めてやろう」



 瞬間、男の姿がブレるように視界から消える。

 恐ろしい速度。とてもでは無いが、私の目には捉えられない。

 しかしそれでも、私は背後から手刀が振り下ろされるのを、しっかりと感じ取ることができていた。



「風よ!」



 私はそれをギリギリで躱しつつ、風術を放つ。

 男は少し驚いた表情をしつつも、攻撃を仕掛けた時と同じ速度であっさりと術を回避した。



「……ふむ、面白い反応だ。では、これはどうだ?」



 再び、男の姿がブレる。

 が、今度は視界から消えるようなことはなかった。

 何故ならば、男は真正面から突っ込んできたからである。



(躱せない……!)



 男の拳が腹部に突き刺さる。

 踏ん張りが効かず、私の体は後方に飛ばされ、壁に激突する。



「アンナ!」



「姉さん!」



 コルトとアンネが思わず飛び出そうとするのを、私は手で制する。



「……大丈夫。いいから、二人はみんなを守っていて」



 致命傷は受けていない。

 しかし、こちらの手札を一枚切らされてしまった。



「……まさか、『剛体』とはな。どうしてエルフであるお前が使える?」



「……指導者が大変に素晴らしい方ですので」



 本音ではあるが、実の所これは事実とは異なっている。

 『剛体』については、トーヤ様に直接教わった技術ではないからだ。

 ただ単純に、私がトーヤ様を見て覚えたのである。



「ふむ。確かに、お前の指導者とやらは中々に優秀な者なようだ」



 男はそう言って、一旦構えを解く。



「今ので確信したが、やはりお前には俺の動きが見えていない。にも関わらずこうも防げるのは、俺の動きを読んでいたからだろう? 恐らく、周囲に漂う微弱な魔力で感知しているのだろうが、随分と器用な真似をするものだな」



 見破られた……!?

 トーヤ様の考案された技法を、こうもあっさりと……?



「まあ、気流操作を得意とするエルフであれば、感覚を掴むことは難しくは無いだろうが……、これを考案した者は恐らくエルフではないな。……中々に興味深い」



 ここまでのやり取りだけで、そこまで見破られたのか……

 やはりこの男、相当に危険な存在だ。



「今の『剛体』についても、本来であれば獣人やトロールにしか使えないとされている技術だ。これは古の時代、獣人共が自分たちの優位性を維持するために秘匿したゆえの間違った情報だが、長年の刷り込みもあって今では常識と化している。長年生きているエルフであればそれを知っていてもおかしくはないが、お前のような若い個体がそれを知っているとは思えない。つまり、それもその指導者とやらから教わったのだろう」



「…………」



 間違ってはいないが、答えるつもりはない。

 これ以上、トーヤ様に関する情報は与えるべきではないだろう。



「しかし、『剛体』が使えるとなると、少し加減が難しいな。必要以上に痛い思いをすることになると思うが、恨むならその指導者を恨めよ?」



 再び、凄まじい速度での突進。

 突き出された拳に対し、『剛体』で備える。



「見え見えだ」



 それをあざ笑うかのように、突き出された拳は打撃を行わずに私の肩口を掴む。

 そして、もう一方の拳が私の腹部に突き刺さる。

 『剛体』により打突による衝撃は殺せたが、背後の壁に打ち付けられる衝撃は防ぐことができなかった。



「クッ……」



 苦悶に歪む私の表情を見て、男が同じように拳を打ち付ける。

 が、それはこちらの狙い通りでもあった。



「ぬ!?」



 斜に構えた『剛体』により拳が逸らされ、壁に突き刺さる。

 両手が塞がった絶好の好機に、私は左手を男の腹部に突き出す。

 そして魔力を同調させ、流し……っ!?


 瞬間、男は掴んでいた肩口を強引に引くことで、私の攻撃を凌いでみせた。

 瞬時に危険と察知したのだろうか? 判断速度もかなり速いようである。



「……今のは本当に驚いたぞ。まさか、そこまで『剛体』を緻密に制御するとはな。しかし、その後の攻撃は駄目だ。あの速度ではお前がいくら俺の動きを読み、隙を作ったとしても当てることは不可能だぞ」



 男の口ぶりや態度からも、まだ余裕があることが見て取れる。

 実際、まだ実力の半分も出していないのだろう。


 男は私が立ち上がるのを待ち、再び正面から攻めてくる。

 先程の焼き直しの様に、腹部に迫る拳。こちらも同く、『剛体』でそれを防ごうとするが……



「なっっっ!? っっっぁ!」



 男の拳は剛体をすり抜け、私の腹部に突き刺さっていた。

 その衝撃に私は立っていられず、無様に床に転がる。

 呼吸が、でき、ない……



「これは寸勁という技だ。剛体を抜くための子供だましの様な技だが、当てる場所を選べばそれなりの威力を発揮する。今のようにな」



 私が打たれたのは、恐らくは人体における急所の一つなのだろう。

 それを、ライ様の使う突き技と同じような方法で打たれたのだと予測する。



「ふっ……、説明せずとも、喰らっただけで何をされたか理解したようだな。大した素質だ。しかし、だからこそもう悟っている筈だ。このまま続けても、無駄だということがな。……安心しろ。お前は面白い。少なくとも、お前の個性を壊すことが勿体ないと思う程度には興味を惹かれたぞ。ミカゲ同様、俺の直属として扱ってやるのも悪くない。……だから、もう抵抗はするな」



「くっ……、冗談を……。私は、トーヤ様以外の下につく気など……、ない!」



 呼吸は未だ、まともにできていない。

 しかし、このまま無様に床に転がってもいられなかった。



「姉さん!」



「っ……、来ては……、駄目よ」



「でも!」



「……いいから、言うこと、聞いて? まだ、手は残って……、いる……、から……」



 嘘ではない。一か八か。最後の手段となるが、手は残されている。



「愚か者め……。まあいい、俺の配下となるからには、その辺のこともしっかり身体に教え込んでやる」



「……いいから、かかって来なさい」



 男はそれに応えるよう、再び正面から迫る。

 突き出される拳は、今度は脇腹へ向けて突き出された。


 私はそれを、『剛体』も使わずに、ただ受ける。

 否、むしろ自ら飛び込むように前に出た。



「死になさい。私と共に……!」



「っ!? お前……、まさか!」



 しがみ付く私を、男は全力で振り払おうとする。

 しかし、私はこの手を絶対に離すつもりはなかった。


 ごめんなさい、私の精霊…………

 でも、最後にこんな無茶に付き合ってくれて、ありがとう。


 ……トーヤ様。申し訳ありません。

 一生を懸けて貴方を守り、共に生きていくつもりでしたが、どうやらそれは叶わないようです。

 代わりに、貴方の障害になるであろうこの者は、私が責任をもって連れて逝きます。





 身体の中心から、膨大な魔力が膨れ上がる。

 そして膨張した魔力は、次の瞬間弾け…………













「させると思ったか!」



 膨大な魔力放出による自爆。

 しかしそれは、外部から放たれた膨大な魔力により、かき消されていた。



「……まさか、自爆しようとするとはな。お前も、それを許したお前の精霊も、異常だぞ」



 ……はは、なんとも情けない話である。

 私の命を賭した最後の足掻きさえも、この男には通用しなかったらしい。



「……命を賭してなお、届きませんでしたか」



 魔力は完全に枯渇状態だ。最早、なんの手も残されてはいない。



「……愚か者め。こんなものは無駄な足掻きでしかない。俺がそんな真似を許すはず、が…………?」



 男の言葉が止まる。

 男の視線は私ではなく、自分の胸から突き出る白銀の刃を見ていた。



「……貴方の覚悟は決して無駄などではありませんよ、アンナ。この者が、こうして隙を晒すことになったのですから」



 刃が引き抜かれ、頽れるくずおれる男の背後には、美しい女剣士の姿があった。



「見事な戦い振りでした。この勝利は、貴方のものです」




 そう告げるイオの姿は、同じ女の目線でも、美しいと思ってしまった。

 全く……、イオ様といい、スイセン様といい、リンカ様といい、あの方の周りにはどうしてこう強く美しい女性が多いのか……



「姉さん!」



「アンナ!」



 こちらに向かって駆け寄ってくるアンネ達。

 その表情は泣いているような、怒っているような、よくわからない状態になっていた。

 それを見て、私は表情を崩しかけたが……、すぐに戦慄を覚えることになる。



 ――――視線の先、心臓を突き刺され、絶命したと思われた男が、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。





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