第86話 北との戦い⑤ イオ 対 ルーベルト
「シッ!」
「……」
こちらの全力の突きを、黒装束の男はあっさりと捌いてみせる。
やはり、この男は強い…………
俺とライの攻撃は、今の所まともに当たっていない。
その理由は、単純にこの男が強いというだけでなく、今戦闘を行っている階段自体が狭いというのも原因だ。
人が3人が横並びで通れる程度の幅しかないこの場所では、人数差の優位を活かすことが難しいのである。
同時に、その影響で俺達の武器の攻撃方法も制限されていた。
具体的には点の攻撃、つまり、突き技に絞られてしまうのである。
(まあそれでも、高低差による有利はあるハズなんだがな…………)
「ッ! トーヤ! 集中して!」
「す、すまん……!」
しかし、そうは言っても先程から伝わる感覚が俺の集中を乱し、焦りを生じさせるのだ。
「っ!?」
緩慢ながらもなんとか反応していた俺の動きが、ついに完全停止する。
爆発的に伝わってきた感情の奔流により、俺の手は弛緩したかのうように止まっていた
「む…………?」
「トー、ヤ…………?」
俺の攻め手が止まったことに、ライや黒装束の男が困惑した様子でこちらを窺っている。
「…………け」
「……?」
「…………退けぇぇぇっ!」
感情が爆発する。
その全てを目の前の男にぶつけるように、俺は前に出た。
◇
「……心臓は貫いたと思いましたが、まさかお前もゴウと同じ手合いですか?」
「ゴウ? 知らん名だが、まあ覚えておくと良い。魔族の心臓は正中線より右寄りにある。正確な突きが逆に仇となったな」
「魔族……? 成程。お前はダークエルフでしたか。……全く、この『心臓貫き』という技は本当に使えませんね。やはり、首を飛ばすのが手っ取り早く、確実です」
亜神流剣術、『心臓貫き』。
正確に心臓を狙う技術が必要な割に、こうして仕留め損なうことも多く不便さを感じさせる技である
亜神流剣術という流派は、他にもこういった技が多く存在するのだが、あまり他種族向けに考案されていないように感じる。
似たような技に『喉貫き』という技も存在するが、そちらのほうがどちらかと言えば実戦向けと言っていい。
ただ、『喉貫き』はその分必殺性が落ちるという欠点もある。
その為、わざわざ『心臓貫き』の方を使用したのだが……、またしても不発となってしまった
ここ2戦連続で不発とケチがついているので、私の中での信頼性はガタ落ちである。
やはり、首を落とす方が私の性にあっている。
「亜神流剣術か。久しく見なかったが、あの男以外にまともな使い手がまだ残っているとはな……。しかし、所詮は廃れた剣術。時代に取り残されたのにはそれなりの理由があるということだ」
「ええ、それには同意します。だから安心してください。基本的に使いませんので」
そう。もとよりこんな流派になど私は頼ってはいない。
自ら磨き上げた剣筋こそが、私が信頼する最も優れた武器……。型に囚われる必要など全くないのだ。
全ての攻撃を必殺とすれば、何も問題は無い。
「では、行きますよ」
早々に会話を切り上げ、男に向かって斬りかかる。
このまま会話を続けていれば時間稼ぎはできるだろうが、やはり私の性には合わない。
「ハァッ!」
上段からの斬り下ろしを、男はあっさりと躱す。
やはりこの男……、恐ろしく速い……!
下段まで到達した剣を、男を追うように斬り返す。
しかしそれもまた、男は身を引くことであっさりと躱してみせた。
……まだ私の攻撃は終わらない。
「シッ!」
さらに踏み込み、連撃を繰り替えす。
速度は相手の方が上……、ならば攻撃の隙を与えずに攻め続けるのみ。
「ふむ、良い太刀筋だ。この精密さ、とてもトロールとは思えんな」
「ハァッ!」
会話には付き合わず、攻め続ける。
相手は格上。これは元よりある程度予測はしていた。
だからこそ真っ向勝負を挑まず、似合わない奇襲を仕掛けたのだ。
それが通用しなかった時点で、この状況は必然と言っても良いだろう。
「とはいえ、まだまだ未熟だな。それだけに惜しい。ここで終わらせるのはな」
「っ!?」
瞬間、男の姿を完全に見失った。
ほぼ勘だけで、背後に『剛体』を集中する。
「いい反応だ。しかし、トロールを相手にしている以上、それは最初から織り込み済みだ」
背に痛みが走る。
その痛みに反応するように、私は前に転身することで距離を離す。
瞬時に反転し男を見ると、そこに構えられていたのは、ただの手刀であった。
まさかあの手刀で、私を『剛体』ごと斬り裂いたとでもいうのだろうか。
「致命傷に至る前に自ら前に跳んだか。勘も良いな。……しかも、日光の支援なしにその密度の『剛体』を扱えるのか。今日は本当に驚かされることが多い」
「クッ……」
上位からの目線だというのに、不思議と苛立ちは感じなかった。
この男のことを、私が認めてしまったからだろうか?
「全く、ここは本当に逸材揃いだ。本来ならばお前も部下に欲しい所だが……、そこまでの余裕はもはや無い、か。まあ、そちらが譲ってくれるのであれば、話は早いのだがな?」
言葉の後半は、背後に向けてかけられていた。
その問いに答えたのはもちろん――
「……イオも、アンナも、渡すつもりは無いぞ」
「間に合いましたか、トーヤ……」
トーヤの登場に、何故だか不思議と安堵を覚えてしまう。
以前なら助太刀など煩わしいとしか感じなかっただろうに、私も随分と変わってしまったようだ……
しかし、そんな気持ちとは別に、状況は何も良くなっていない。
理由は簡単だ。たとえ私とトーヤ二人がかりでも、この男を倒すのは困難だからである。
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