第84話 北との戦い③ たとえこの命が、尽きようとも



「やったぁー! 僕の勝ち!」



「くそぅ……、もう1回! 次は負けないから!」



 今ハロルド達がやっているのは、発光石を使った魔力操作と魔力感知の訓練を兼ねた遊びだ。

 元々廃棄される予定だった発光石を、トーヤ様が利用できそうだからと回収してきたらしい。


 単純に、魔力を込めた発光石を隠し、それを探すという宝探しのような遊びなのだが、それが低年齢の子供達には面白いようで、暇さえあればこうして何人かで遊んでいる。


 私達姉妹やコルト、ヘンリクは発光石に魔力を籠める係として遊びに参加している。

 これはこれで良い訓練になる為、私達にとっても有意義な遊びであった。

 ……ただ、本来魔力を籠める側の筈のロニーは、いつの間にか一緒になって遊ぶ側になっている。



「……よし、上手く籠められた。じゃあ隠すから、みんなは後ろ向いてて?」



「「「「はーい!」」」」



 それに比べ、ヘンリクとコルトはしっかりと年長らしい立ち振る舞いをしている。

 同じように妹を持つことから、二人は妙に気が合うようであった。



「ね、姉、さん!? 痛い痛い!」



「あら、ごめんなさいアンネ」



 妹を持つ私も立場的には変わらない筈なのだけど、こうも差が出るのはやはり年齢差のせいだろうか?

 申し訳ないけど私は、気遣いよりも対抗心の方が強くなってしまっている気がする。



「……最近姉さん、私に対する当たりが厳しい気がするんだけど」



「……そうかしら?」



「そうだよ。この前私がトーヤ様に褒められてから、今みたいに押す力も強くなってるし……」



 私とアンネは、トーヤ様に教わった柔軟体操というものをしている最中だ。

 正確には、今は私が補佐として開脚したアンネの背を押しているのだけど、それが少々強過ぎたらしい。



「ごめんなさい。小憎たらしいくらいに柔らかいものだから、つい押し過ぎてしまったみたいね」



「……何か少し言葉にトゲもあるし。やっぱり怒っている?」



「……そんなことないわよ」



 怒ってはいない。ただ、少し嫉妬はしている。

 残念ながら、私はアンネ程体が柔らかくないからだ。



「やっぱり少し怒ってるでしょ……。姉さん、確かに今は私の方が体は柔らかいかもしれないけど、いずれは姉さんも柔らかくなるってトーヤ様に言われたじゃない」



 トーヤ様が言うには、体の柔軟性は鍛えることで良くなるのだそうだ。

 しかし、私としては現時点でもトーヤ様に評価されるアンネのことが羨ましい。



「それに、他のことは大体姉さんの方ができるんだから、少しくらい私が勝っててもいいでしょ?」



「……だから、気にしてないって言ってるじゃない」



 別に、アンネがトーヤ様に褒められるのは構わない。

 むしろ嬉しいくらいである。

 ただ、褒められて嬉しそうにしているアンネを見ると、何故だか無性にソワソワしてしまうのだ。



「まあ、姉さんがそう言うのであれば、そういうことにしておくけど……」



 そう言ってアンネは再び柔軟運動を再開する。

 なんだかんだと言いつつも、最終的にいつも私のことを許してくれるのであった。



「ふふ……」



「ちょ、ちょっと姉さん? なんで頭を撫でるの?」



「アンネが可愛いからよ?」



 そんな妹が可愛くなり、私はついついアンネの頭を撫でてしまう。

 トーヤ様のことは大好きだけど、アンネのことだって大好きなのだ。



(それにしてもトーヤ様、遅いな……)



 トーヤ様が忙しいことは理解しているが、今日はいつにも増して遅い気がする。

 後で様子を見に来ると言っていたのに、もう数刻以上の時間が経っていた。


 気になった私は、感知網を広げてトーヤ様を探すことにする。



「っ!?」



 それが功を奏したのか、私は異質な気配がすぐ傍にあることに気づくことができた。



「誰!?」



 扉を睨みつけ、叫ぶようにして尋ねる。

 私の様子に異変を感じ取ったのか、コルト達も警戒を強める。



「……まさか、気づかれるとはな。俺の隠形を見破るとは、大したものだ」



 扉がゆっくりと開く。

 そこに立っていたのは、黒い装束に身を包んだ男だった。



「……エルフ?」



 その男の顔を確認し、コルトが少し警戒を緩めたように呟く。

 しかし、私の直感はあの男が危険だと告げていた。



「……コルト、皆を連れて下がって」



「アンナ? 一体どうし……」



「いいから下がって!」



「っ!? わかった。みんな! 集まって俺の後ろに隠れろ!」



 コルト達は、逃亡生活を共にしていたからこそ、私の危険察知能力をよく理解している。

 だからこそ、私の表情から危険状況であることを察してくれたようであった。



「貴方は、何者ですか?」



 この男が放つ気配は、今まで見てきたどんな者達よりも暗く、深い……

 地竜を見た時も体が震えあがるような恐怖を感じたが、この男からはそれを超える程の濃密な死の気配が放たれている。



「……ほぅ、俺の力量が理解できるのか。とんだ逸材が転がっていたものだな」



 男はそう言いつつも、淡々とした態度で歩み寄ってくる。

 それだけで、私は全身の毛が逆立つような感覚を覚える。



「……コルト、私が時間を稼ぐ。その間に逃げ……、っ!?」



 コルトに逃亡を指示を出し、同時にその経路を作ろうとして異変に気付く。



(操作が、できない? 何故……?)



「……どうやら、警戒をしておいて正解だったようだな。ドルイドの娘よ、悪いがこの辺りの木々への干渉は阻害させてもらった。何をするつもりだったかは知らんが、無駄な抵抗はしないことだ」



(阻害? まさか、レイフ様への意思の疎通を封じられた?)



 この城には、私とトーヤ様だけが使える、特殊・・な機能が存在する。

 それは、レイフ様に意思を伝え、どの部屋からも隠し通路を形成することができるという仕組みであった。

 城に攻め入れた場合の奥の手だったのだが……、意思の疎通を封じられたのであれば、その仕組みを起動することができない。



「……貴方の狙いは、私ですか?」



「正確には、そちらのもう一人のエルフもだがな」



「……残念ですが、私もアンネも、ここを離れる気はありませんよ」



「そうか。では、少々乱暴になってしまうな」



 不快な気配が一気に広がる。

 殺気は無いが、抵抗すれば容赦なく手足をもぐ・・くらいのことはしてきそうであった。

 それを敏感に感じ取ったのか、ハロルド達が息を呑み、怯え始めてしまう。



「……みんな、落ち着いて。すぐにトーヤ様達が駆け付けてくれる。それまでは、私がなんとかするから」



 私は少し荒くなった呼吸を整え、構えをとる。



「ほう? まさか、俺とる気なのか? 俺は子供だからといって、加減などしないぞ?」



「……そんなことを言ってしまって良いのですか? 私に負けた後で、言い訳できなくなりますよ?」



「……クックック、面白いことを言う」



 精一杯強がって見せたが、この男はそれをあっさりと見抜いて余裕を見せる。

 しかし、加減するつもりはないと言った言葉通り、油断する気配は一切無い。

 これでは、勝機を見出すことすら難しそうである。



(でも……)



 敵わずとも、時間を稼ぐことはできる筈だ。

 そしてトーヤ様が間に合いさえすれば、きっとなんとかしてくれると信じている。



(……だからそれまでは、なんとしてでも時間を稼いでみせる)



 そう、たとえこの命が、ここで尽きようとも…………



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