第41話 反省する王女と誘惑する王妃
――――リンカの自室
宴会を行っている会場からは、大分離れているにも関わらず、賑やかな笑い声が聞こえてくる。
あの男との一戦の後、簡単に検査を受けた私は、一応安静にということで自室で横たわっていた。
まだ本調子では無いとはいえ、体調は悪くなく、眠気も無い。
その為、こうして寝床で横になっている必要も無いのだが……
「はぁ……」
自然とため息が漏れる。
負けた。完膚なきまでに。
自慢では無いが、私は父様や兄様方以外にはほとんど負けたことが無い。
身内以外で勝てなかったのは、まともに相手をしようとしない、隠居気取りの指南役達くらいだろうか。
油断はあった。侮りもしていたし、冷静じゃなかったという自覚もある。
その結果として、己の未熟さを思い知ることとなった。
しかし、今思えばそれらも含めて、全てあの男に手中であったのかもしれない。
戦闘開始前から準備を進め、見事に虚を突くことに成功したあの男に対し、私は何の準備も確認もせず、ただ真っ直ぐに突っ込んだ。
誰がどう見ても愚か者の行動である。
少しでも用心深くあの男を観察していれば、気づけたかもしれないというのに……
普段から常在戦場などと
こちらの体勢を崩し有利な状況を作っても、決して大技に頼らず、油断なく攻めたあの男。
どちらが戦いに対し真摯だったかなど、考えるまでも無い。
罠を仕掛けられている可能性があるからといって、大技に頼ったのも最低の悪手だった。
一方的に攻め立てる私を、他の兵士達はどう見ていただろうか?
少なくとも私自身は、あのまま押し切れると思っていた。
『剛体』も使用できない相手に、この攻めは受けきれないと高を括っていたのだ。
……そして、あの男が私を見失った瞬間、勝利を確信した。
防がれるなどとは、微塵も思っていなかった。
だからこそ私は迷わず拳を振りぬき、死ねなどと吠えもした。
結果、使えないと思い込んでいた『剛体』に拳を逸らされ、隙をさらした所にとどめを刺された。
何のことは無い、私はあの男の手のひらで踊らされていただけなのである。
つたない防御を演じる相手に馬鹿のように攻撃を続け、最後は相手の用意した餌に自ら飛び込んだ。
……それだけの事であった。
「はぁ……」
先程からため息ばかり漏らしている。
こんなに沈んだのは、タイガ兄様が旅立った日以来だろうか。
いや、あの時は拗ねていただけだから、少し違うかもしれないが……
コンコン
扉をノックする音が聞こえる。
直前までまるで気配が無かったことが、逆に誰が来たかを悟らせる。
「ソウガだろう、構わないから入ってきなさい」
「失礼致します」
そう言って部屋に入り、スタスタと近づいてくるソウガ。
夜目が利くためか、明かりも無いのに迷わず歩み寄ってきたソウガは、寝床の三歩前でピタリと立ち止まる。
「お加減はいかがでしょうか?」
「……問題ない」
「そうですか。やはりトーヤ殿の秘術は素晴らしいと言わざるを得ませんね」
「秘術?」
そういえば、医者も何か色々と言っていた気がするが、暫し茫然としていたため、あまり耳に入ってこなかった。
ソウガの言う秘術がどのようなものかはわからないが、私はそんなに重症だったのだろうか。
「ええ。死者を蘇らせる術など、聞いたこともありません。希少な部族に伝わるような秘術に他ならないでしょう」
「………………ッ!? 死者!? 死者だと!?」
「ええ、まさか、私の話を聞いていなかったのですか? リンカ様は先程の戦いで一度、お亡くなりになられたのですよ?」
死んだ? 私が?
……いや、医療場に連れられる前に、ソウガがそんな事を言っていた気がする。
意識が朦朧としていたので、その時は意味を理解できなかったが……
そもそも、私は一体何を食らって倒されたのだろうか?
「……死んだなどと言われても、信じられないぞ。現にこうして、私の体には何の異常も無い」
「……その様子では、本当に覚えていないようですね。……亡者は意思を持たず、本能のみで動く死体。そして不死者となった者は、体のどこかに必ず欠陥を抱えると聞きます。しかし検査でも白と出ていましたし、その様子では本当に、リンカ様はリンカ様のまま蘇られたようですね」
ソウガは心底安心したように、深く息を
その様子から、ソウガが嘘を言っている様子は無いように思える。
まあこの男の場合、本気を出せば私に嘘を気取らせないくらい容易くやってのけるだろうが、隠す理由も無いだろうしな……
「……ソウガ、私は何を食らった? どのくらい死んでいたんだ?」
「トーヤ殿が放ったのは掌打です。効果や仕組みについては不明ですが……。観測班によれば、その一撃でリンカ様はほぼ即死したようですね。そして、その約三十秒後に、トーヤ殿が秘術を施しました。その後約一分ほどで、リンカ様は蘇生しています。普通であれば気を失っただけと判断されてもおかしくないほどの僅かな時間ですが、観測班やキバ様は心の臓の停止まで確認していますし、まず間違いないでしょう」
即死、か……。
連打であれば或る程度意識は残っていただろうし、死ぬ直前までは何を食らったか認識できていたはず。
しかし、一撃で即死したのであれば納得がいく。
恐らく、足を払われた直後の攻防で、私は死んだのだろう。
「あの男……、トーヤ、殿はどうしてる?」
「会場におられますよ。何しろ今回の宴の主役ですので。とはいえ、今は女性達の相手で引っ張り凧状態のようですが……」
む……、確かに今回の主役は間違いなくあの男だとは思うが、何故女性限定で引っ張り凧なのだ?
顔は……、まあ男前な部類に入るかもしれないが、あのような覇気の無い者にウチの女衆が何故?
「おやおや、何か不満そうな顔をしていますね?」
「う、五月蠅い! 不満などないぞ! わ、私はただ、何故ウチの女衆に引っ張り凧なのか、疑問に思っただけだ!」
ソウガの表情ははっきり見えないが、小憎たらしい表情を浮かべていることだけは間違いない。
腹違いとは言え、同じ血を引くはずなのだが、この男はどうしてこんなにも性格が悪いのだろうか……
母親のフソウ様は、非常に良くできた人物だというのに……
「ふふ、それは仕方がありませんよ。何せ女性はおとぎ話がお好きですからね。それを体現したトーヤ殿はもう、物語の王子様同然の扱いでしょうから」
「おとぎ話? どういう事だ?」
ソウガは愉快そうに、そして底意地の悪そうに笑う。
「有名なおとぎ話ですから、リンカ様も知っておられるのでは? タイトルは、『眠り姫』」
◇
窓から差し込む陽光で目が覚める。
昨夜は本当に酷かった……
キバ様の隣で飲むのは緊張したし、あの力で絡んでくるので、リンカとの決闘と同じくらい気張らないと耐えきれなかったのだ。
そしてようやく解放されたと思った瞬間、次の脅威が俺に襲い掛かった。
男衆を押し退けるようにやってきた女衆に、俺はそのまま女性だらけの卓に拉致されてしまったのだ。
キバ様や他の男衆も阻止しようとはしてくれたのだが、強く睨まれるとあっさりと退いてしまった。
男衆、情けない……
宴会場の隅っこ、女の園と化したその場所で、男は俺一人という状況……
はっきり言って、心細かった。
俺にはその状況を楽しめるほどの器量は無いしな……
彼女達は、俺に雨あられのように質問を浴びせ続けた。
女性はおしゃべり好きなものだが、どんな種族でもそれは一緒らしい……
結局、質問攻めは深夜まで途切れなく続き、俺は途中から笑顔で頷くだけの機械になっていたように思える。
最終的にはソウガの助けもあり、俺はなんとかその責め苦から抜け出すことに成功した。
そしてそのままソウガにこの寝床まで案内され、俺は気絶するように眠りについたのだが……
「……誰? この人」
俺に抱きつく様にして眠る女性。
愛らしい顔が胸元にあり、少しドキリとする。
「失礼します。トーヤ殿、そろそろお目覚めに…………、母上?」
「あ、ソウガおはよう。で、この人なんだけど……、母上?」
ソウガはため息をついて、こちらへ近付く。
そして、女性の頭をスパーンとはたいた。
「痛い!? ……あれ? ソウガ? どうしたの?」
「どうしたの? ではありません母上。むしろそれは、私の台詞です」
「ん~? 私はただ、リンカちゃんの母親として未来の息子の様子見、もとい味見を……」
あじ!? 何言っているのこの人!?
あ、よく見ればこの人って、俺を拉致した集団の先頭にいた人じゃないか!
「勘弁して下さい母上。リンカ様とは今でも複雑な関係だというのに、これ以上関係を複雑化されては困ります……」
そりゃそうだ……
リンカとソウガの関係は知らないが、ソウガが息子なんてことになるのは勘弁願いたい。
「大丈夫よ? 一方的に味見するだけだから♪ まあ、彼がその気なら私も
「あ、すいません、離れてもらえますか?」
取り敢えず刺激的すぎるので無理やり引きはがす。
「あん、つれないのね」
「はい離れて離れて。大変失礼致しましたトーヤ殿。母は普段は品行方正なのですが、周囲に一定数の人がいないと気が緩むのか、この様にだらしない状態になるという悪癖がありまして……」
「は、ははは、いいよ、なんか昨日の件で女性の二面性は色々見せつけられた気がするし、ね……」
ひょっとして、イオにもこんな一面が?
いやいやいや、イオに限ってそんなことは無いはず。
うん、信じている。
「そう言って頂き助かります。では改めまして、このだらしない女性は私の母、フソウと申します。かたちだけですが、この国の第2王妃という立場になりますね。別に敬う必要はありませんので、どうぞ宜しくお願いします」
「あ、この口の悪い子の母です! 将来リンカちゃんと結婚したら立場上貴方の母にもなりますので、宜しくね? あ、私のことが気になるなら夫でも構わないけど……」
アホか! 王妃に手を出すとか無いから!
いや、王妃でなくても無いよ!?
「構います。母上、どうか自重してください。人を呼びますよ?」
「……相変わらず意地悪な子ね。誰に似たのかしら?」
「貴方という反面教師のお陰です。さて、トーヤ殿、こんなのは放っておいて付いてきて下さい」
いいのだろうか? とも思うが、この状況を脱せられるなら何でもいいか……
俺はそそくさと寝床から這い出て、上着を着る。
この上着も脱いだ覚えが無いので、恐らくは脱がされたのだろう。
ちょっと怖いです……
「で、では呼ばれているようなので失礼しますね? 王妃様」
「そんな王妃様だなんて! 私の事はフソウって呼んで?」
「……それではフソウ様、失礼します」
そっと扉を閉じる。
ソウガはやれやれと溜息を吐き、歩き始める。
「トーヤ殿。私の母が大変失礼致しました。アレには後でキツく言っておきます故、どうかご容赦を」
「いやいや、一応何も無かった? ようだし別に構わないよ。それに王妃様なんだろ? 容赦も何もないと思うけど」
あれ、それとも左大将とやらは、王妃にすら罰を与える権限でもあるのか?
いや、それは無いか……
「いえ、それでは増々つけあがります故、同じようなことがもしありましたら、遠慮なくお叱り下さい。……ただ、ああ見えて普段は本当に真面目なので取り扱いに困るかもしれませんが」
真面目……
先程の姿からは想像できん。
「着きました。こちらの部屋になります」
先程の部屋の扉に比べれば、遥かに重厚な扉。
「えーっと、ここは?」
「軍議の間です。お入りください」
軍議ってことは、要は作戦会議室みたいなもんか。
言われるがまま、部屋に入る。
「来たなトーヤ! よし! 全員集まったようだし、これより会議を執り行うぞ!」
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