第40話 リンカとの闘い



 ――――地下演習場。



 荒神城の地下には、広大な演習場が存在していた。

 普段は外精法や、何かの武装の試射に使われているようである。

 その一区画には兵士の訓練場も併設されており、俺とリンカはそこに設置された試合場で対峙していた。


 訓練場は観客達により、異様なほどの盛り上がりを見せている。

 まあ、あの魔王の下に集った者達だからな……

 本質的に、こういったことが好きな者達が多いのだろう。

 というか、既に賭けまで始まっているじゃないか……

 凄まじいプレッシャーだぞ……



「おい! トーヤ! あの時出し惜しみしたアレ・・を見せろよ!」



 魔王が観客に混じって何か言ってる。

 無視したいけど、すると怒るんだよなぁ……



「……どうなっても知りませんよ(俺が)!」



「ハッハッハッ! 俺は娘をやると言ったんだ! 勝った時点でお前のモノ、責任は取りやがれよ!」



 なんと無責任な!

 っていうか娘の扱い酷くない!?

 悩んでたって言ってたけど、嘘ですよね間違いなく!?



「父様に構うな。武器はそれでいいのか?」



 リンカが俺の手に持つ棍棒、レンリを指して尋ねる。



「……ああ、問題ないけど。そちらは?」



「私は無手だ。気にするな、術士相手に武器を持つような真似をするわけがなかろう」



 いや、気になるんですが……

 素手の少女相手に棍棒持って殴りかかるとか、ちょっと見た目が宜しくないので……



「……素手相手に武器を使うのが気になるのか? ならば安心しろ。私の闘法はもとより徒手空拳だ。心配せずとも、全力で潰してやる。ついでに、今後の心配もしなくていいぞ? お前がいなくとも、レイフの森など私が平定してやるからな」



 ああ、彼女の中では、やはり俺はここで死ぬことが決定しているらしい……

 どうしたものか……


 正直な所、俺はこの闘いに勝利したくないと思っている。

 こんな娘、俺には手に負えないからね……

 だがしかし、今回も手を抜けば、確実に魔王にしばかれる。

 それは嫌だ……


 まあそもそも、この殺る気満々少女を相手に、俺ごときが手を抜ける気は毛頭ないのだが。

 正直、手を抜くどころか、本気でやっても負けそうな気さえする。

 かといって消極的に逃げて何とか生き残ったとしても、魔王や他の観客達は納得しないだろう。

 まず間違いなく俺の評価は下がるし、左大将としての立場がいきなり危うくなることになる。

 それだけならまだいいが、一番不味いのはレイフの森の仲間達にまで風評被害が出てしまうことだ。


 つまり、少しは善戦して周囲を納得させ、最終的に殺されないようギリギリで降参する。

 これがベストな結果だろう。


 …………難易度高過ぎ!!!



「どうした? 準備がいいなら、そろそろ始めるぞ?」



 まあ、なるようにしかならないか……

 俺は諦めてレンリを構える。



「それでは、お互い準備ができたようですね。開始の合図は私、ソウガが務めさせて頂きます。基本的にはなんでも有りですが、大規模な術の行使はお控えください。対策は取っていますが、それにより不利益が発生する場合もありますので……。勝敗の条件いついては、どちらかの戦闘不能及び、降参を宣言した場合とします。宜しいですか?」



 俺は無言で頷く。

 リンカも同じように頷き、同時にやや前傾気味に構えを取る。



「それでは……、始め!」



 ソウガの合図と共に、リンカが爆発的な踏み込みから一気に突撃してくる。

 そしてそのまま、凄まじい勢いで俺の目の前に……、は来なかった。



「なっ!?」



 俺に向かって突進する途中、地盤を踏み抜いて体勢を崩すリンカ。

 その隙に俺が一気に間合いを詰め、頭部へ渾身の一撃を見舞う。


 しかし、その一撃はあっさりと弾かれてしまう。

 『剛体』による防御である。

 ただし、リンカも体勢が不十分だったためか、正面から弾かれることは無かった。

 俺はそのまま、リンカの側頭部にレンリを滑らせ、念じる。



《空気よ爆ぜろ!》



 ボン! という音と共にリンカの耳元で空気が破裂する。



「!?」



 リンカは咄嗟に後ろに退こうとするが、バランスを崩して膝を付く。

 どうやら、しっかりと効果はあったようだ。

 さらに一撃を加えようと、俺はレンリを横なぎに叩きつける。


 が、リンカは当たる直前で身を逸らすことによりそれを回避する。

 そして、そのままの勢いで一気に俺から距離を取った。



「クッ……、奇怪な真似を! それに、いつ地面を穿った! そんな素振りは無かったはずだ!」



 鼓膜が破れているだろうに、よくあんな大声を出せるものだ……

 普通なら、そのまま倒れてもおかしくないハズだが……



「……別に、大したことはしてないよ。ただ、開始の前から地中を少し掘っておいただけだ」



 リンカの攻撃手段が無手である以上、接近戦を挑んでくることは間違いなかった。

 だからこそ、俺の周囲にはいくつか罠を仕掛けておいたのである。



「開始前だと……? 卑怯者め……!」



 どうやら、リンカは俺が罠を張っていたことがお気に召さないらしい。

 しかしなぁ……、よーいどんで始まる戦闘なんて普通無いんだし、嵌る方も嵌る方だと思うんだけどなぁ……



「ならば、小細工などできぬよう、地は蹴らぬ・・・・・!」



 そう言うと同時に、リンカが軽く跳躍を行う。



「ハァッ!」



 次の瞬間、リンカは俺の目前まで肉薄していた。



「うお!?」



 放たれた拳を、俺は何とかレンリで受けることに成功する。

 引き気味に構えていたのが、幸いするかたちになった。


 息をつく間もなく、次々に攻撃が襲い来る。

 前後左右から、弾丸のような突進が繰り返された。



「ぐお! ぐぬ! くそっ……!」



 不味い、どこかで止めないと、マジで死ぬ!

 幸いなことに、リンカの攻撃は直線的である。

 狙いを絞れば……



「そこだ!」



 横からの突進に合わせ、棍棒を添えるように地面に引きずり落と……



「甘い!」



 受ける直前、突進の軌道が変わる。

 急激な上下の動きで、視界からリンカを完全に見失ってしまった。



「死ね!」



 リンカの一撃は真上から行われた。

 しかし、そのインパクトの瞬間、



「残念!」



 俺の頭部を狙った拳が、ギリギリの所で触れずに滑る。

 リンカは驚愕し目を見開くも、瞬時に体勢を立て直し、足で着地をする。

 その軸足を、俺はレンリで払った。

 そして体勢を崩した所を巻き取るようにし、床に叩きつける。

 こうすることで、『剛体』の反発力を正面に限定させることができる。



「クッ……!?」



 叩きつけられた瞬間、『剛体』の反動で跳ね上がるリンカ。

 本当はこのまま下から攻撃を続け、お手玉にでもしてやろうと考えていたのだが、リンカが空中で軌道を変えられることがわかったため、そのプランは実行できない。


 案の定、リンカは足元に空気の壁を生成し、離脱を試みる。

 が、そうはさせない。

 尻尾を掴んで再び地面に引きずり下ろす。



「チィッ!」



 リンカはそのままの姿勢で蹴りを放つが、無理な体勢で放たれた蹴りなど躱すことは容易かった。

 そして俺は、リンカの胸……、は抵抗があるので鳩尾みぞおちの辺りに手を触れる。



「ハッ!」



 ドクン、と鼓動にも似た衝撃が腕を伝う。

 これこそが、魔王に対し使用する予定だった『剛体』対策の奥の手、発勁(仮)だ。


 『剛体』の反発性を掻い潜る、零距離からの掌打。

 力学的に言えば、それに物理的威力を伴わせるのは不可能である。

 それが空中にいる相手であれば、尚更のことだ。

 しかし、それを可能とするのが、魔力という存在であった。


 発勁(仮)は、見事にリンカの意識を刈り取ることに成功していた。

 自然落下する彼女を、乱暴にならないようにそっと横たえる。



「ふぅ……」



 危なかった……

 正直、マジで死ぬかと思った……



「勝者、トーヤ殿!」



 意識の無いリンカを確認し、ソウガが勝者を告げる。

 そして巻き起こる大歓声……


 ハッ!?

 必死過ぎて忘れてたけど、何普通に勝ってるんだ俺!?



「……トーヤ」



 いつになく真剣な顔で語り掛けてくる魔王。



「まずは見事、と言っておくぜ。……しかし、ちょっと想定外だったな。ウチのリンカがお前を殺す気満々だったのはわかっていたが、まさかお前までその気だったとは思わなかったぜ。……そんなに俺の娘が嫌だったのか?」



「え……? いや、そんなつもり、は…………、っ!?」



 慌てて振り返り、リンカの様子を見る……。

 リンカは、息をしていなかった。



(何故気づかなかった!?)



 そう自問するが、答えはわかっていた。

 慣れない技に集中し過ぎて、確認を怠ったからに違いなかった。


 リンカの胸に耳を当てる。

 やはり、心臓は停止していた。


 死なせるつもりなど毛頭なかった。

 しかし、実際にリンカの命は失われようとしている。

 それだけは、絶対に避けたかった。


 俺は自らの知識を頼りに、心肺蘇生法を試みる。



(気道確保……、胸骨圧迫!)



 一般人の救命行為に人工呼吸は重要とはされていないが、俺には一般人以上の知識が備わっていたので、迷わず行う。

 しかし、リンカの心臓が動き出す気配は無い。



(クッ……、せめてAEDが有れば……。いや……、待てよ!?)



 俺が先程放った発勁(仮)は、そもそも魔力を同期して内側を揺らす技術である。

 故に同じ原理を用いれば、あるいは……



(リンカの精霊よ! 応えてくれ!)



 俺は自身の精霊を介し、リンカの精霊に呼びかける。



(頼む、助けたいんだ! 俺の意思を、汲み取ってくれ!)














 ……トクン



(!?)



 応えて、くれた!?

 精霊を介して、俺が送り込んだイメージにより、リンカの精霊が魔力を用いて心臓の収縮を補助を開始する。



「ッグ、ハッ……!」



 よし! 息を吹き返した!

 心臓も……、大丈夫そうだ……、良かった……、本当に良かった……



「い、一体、何が……?」



「良かった! 本当に良かった! 本当に済まなかった!」



 俺は込み上げてくる涙を拭いもせず、リンカに抱き締める。

 大の男が情けないと言われそうだが、そんな事を気にしている余裕はなかった。



「ほ、本当に何なんだ一体……」



 抵抗しようとするも、力が入らないのか抱き付かれるがままのリンカ。

 そのリンカに、ソウガが語り掛ける。



「リンカ様。リンカ様は先程、お亡くなりになられたのですよ。それを、トーヤ殿が蘇生させたのです」



「私が……、死んだ……?」



「ええ、大変信じがたいことですが。しかも、リンカ様は不死者となったワケではなく、正常な意識を持っているようですね……。いや、しかし見た目はそう見えても、不死者となった可能性は否定はしきれませんね。まずは、検査を受けて頂きましょうか」



 首根っこを掴まれ、俺はリンカから引きはがされる。



「ほれ、トーヤ落ち着け! とりあえずリンカは検査だ。お前はこっち来い」



 そのまま猫のように運ばれる俺。

 ようやく冷静になってきて、今の状況に気づく。



「あの、魔王様、自分はどうなるんでしょうか?」



「どうもこうもねぇよ。お前を肴に、これから飲み明かすんだよ! リンカのことは……、正直助かった。覚悟は決めてたんだけどよ、いざってなると、こうモヤモヤしちまってな……。だから、ありがとよ!」



「そ、そんな!? むしろ俺が原因なワケですし、礼なんてとんでもない!」



「いや、戦士として戦った以上、お前に責任はねぇよ。そもそも、あの技を見せろって言ったのだって俺だしな。……ただ、俺の親としての自覚が足りなかったってだけだ! もしお前がリンカを蘇らせていなかったら、俺はあのモヤモヤをずっと抱えていくことになってただろうよ。……マジで感謝してるぜ?」



 そんな事を言われても、俺にだって覚悟なんてものは微塵も無かったのだ。

 死ぬ覚悟も、もちろん殺す覚悟もである。

 そうでなければ、あんなに取り乱すことも無かっただろう。

 こんな俺が戦士?

 笑えない冗談だ……



「ま、そう辛気臭い顔すんな! これからお前らを歓迎する宴会なんだしよ! あ! それからお前ら、俺のことはキバと呼べ、今度魔王とか獣王とか呼んだら、しばくからな!」



 振り返り、そう告げる魔王。

 その視線の先には、レイフの森の仲間達がいた。

 皆、一様に苦笑いをしている。



「あの、キバ様。……そろそろ下ろしてくれませんか?」



「ガッハッハッハッ!」





 結局、俺の言葉は聞き入れられず、そのまま宴会会場へと連行されたのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る