第39話 叙勲



 な、なんだこの喝采は!?

 俺達ってもしかして、歓迎されているのか? でもなんで!?


 ……いや、待てよ?

 そういえばソウガが、城も盛り上がるとか言っていたような……



「よくやってくれたぞ!」



「スカッとしたぜ!」



「キバ様、ザマァ!」



 おいおい……、自分たちの王が負けたというのに、この喜びようは流石に無いんじゃないだろうか……

 いや、そうさせるほどに、魔王の素行が悪いのか……?



「お前ら! いい加減にしろよ!? 流石に泣くぞ!?」



 ええ……、泣くって……、一体どんな魔王だよ……

 先日から、俺の中の魔王像がどんどん崩れていく気がする……



「皆さん! 気持ちは大変理解できますが、どうかご静粛に! まずは、キバ様より、此度の偉業を成し遂げた戦士達に対する叙勲の儀を執り行います!」



 俺達五人は玉座の前まで進み、跪く。



「あ~、畏まらなくていいぞ。どうせこの儀も簡易的なもんだ。作法も他所を真似して取り敢えずやってるだけのもんだしな」



 身も蓋も無い事を言ってのける魔王。

 しかし、まあ、それも当然と言えば当然かもしれない。

 国としてまともに動き出したのがここ数年ということだし、恐らく儀礼やらの細かいしきたりは後回しになっているのだろう。



「みんな! よく聞け! これからコイツらは俺達の仲間、同士になる! そして今回、俺の試練を乗り越えたコイツらには、国の中核として官職を与えるからな! 文句は言わせねぇぞ!? ……よし、お前ら、立って向こうを向け」



 相変わらず王とは思えない発言だが、俺達は何も言わずにそれに従う。



「左から紹介していくぞ! コイツはゴブリン族のザルア! すげぇ外精法を使う超一流の術士だ! 多分土だけならウチの誰よりもすげぇぞ? ってことで、コイツには筆頭術士の位を授ける!」



 おお、流石ザルアさんだ……

 本人は謙遜していたが、あの術の規模はやはりどう見ても異常だ。

 絶対凄い人だと思ってたんだよ……



「次にオーク族のソク! 万能に術を扱える上、家屋の設営能力やら補助能力が高い! コイツは上位術士としてザルアの補佐を任せる予定だ!」



 まあ、これも妥当な評価だろう。

 ソクの家屋設営能力は遠征などにも役に立つだろうしな……



「次にトロール族のガウ! 見ての通りの体格で、戦闘力もトウジ以上っていう中々の強者だ! つうことで、コイツには将軍を任せるつもりだ!」



 そしてさらに、ここにはいないイオについては副将軍の地位が与えられた。

 次々に任命される官位に、玉座の間は先程とは異なる喧騒が広がっていた。

 筆頭術士も将軍も、地位的に見ればかなり上位の地位である。

 正直、初めて軍属となる俺達には過ぎた地位のように思えるんだが……



(これは、不味いな……)



 背筋を伝う冷や汗に、思わず身震いしてしまう。

 正直、今からでも逃げ出せないかと考えてしまう程、俺は焦っていた。

 というのも、俺は魔王から、かなり上の階級を与えると事前通告を受けていたからである。

 何も言われていないガウ達でこれなら、俺は一体どうなってしまうんだ……?



「最後にこの二人だ! まずはコッチのゴブリン、名前はライっつうんだが、なんとあの・・オルドの息子だ! しかも、息子のコイツもかなりの使い手でな、しっかり俺に傷を負わせやがった」



 それを聞いて、あちこちから驚きの声が上がる。

 ライの父親だというオルドという人は、この反応からすると元々は荒神に所属する戦士だったようだ。

 しかし、この中にはオルドという名に聞き覚えが無い者もいるらしく、その者達は驚くよりも懐疑的な反応をしている。

 まあ、あの魔王が傷を負うだなんて普通思わないだろうし、その反応も無理ない気はする。



(それにしれも、やはり戦闘力に関しては信頼されているんだな……)



 最初は随分な扱いだなと思ったが、これはこれで良好な上下関係を作れているのかもしれない。



「そんなワケで是非大将軍にと思ったんだが、本人のたっての希望でなぁ、コッチの……何族だ? まあ、いいや、このトーヤって奴の近衛兵長になる予定だ!」



 いいのか……

 まあ、その方が一々説明しないで済むからいいけど……


 それにしても近衛兵長? って確かソウガと同じ役職だよな?

 不安度が猛烈に増していくんですが……



「んで、トーヤについてだが……、長らく空席だった左大将を任せるつもりだ!」



『なぁっっっ!?』



 玉座の間の驚愕の声が響き渡る。

 その中には俺の声も入っていた。

 左大将、確か階位で言えば、この国の第二位……

 つまり、魔王の次に偉い官位である。



「いやいやいやいや! 魔王様! いくらなんでも落ち着いてください!」



「ん? トーヤ、俺は落ち着いてるぞ?」



「と、父様!? 正気ですか!? まさか、この男がタイガ兄様と同格とでも言うおつもりですか!」



 フサフサとした尻尾を逆立て、怒りを露わにする少女。

 父様、ということは魔王の娘なのだろうが、全然似て無いな……



「ん~、現時点ではタイガの方が間違いなく上だろうな。しかし、トーヤは一応条件としていた『俺に本気を出させる』を満たしたんだぞ?」



「な!?」



「事実ですよ、リンカ様。伝令でキバ様敗北の報は伝わっていたようですが、敗因は伝わっていなかったようですね。今回キバ様が破った条件は五番と六番です」



 ソウガの発言で再び周囲がざわつく。

 またいつものやり過ぎじゃなかったのか……だとか、遊び過ぎて逃亡者を追い回したんじゃ……だとかが聞こえてくる。

 要するに、彼らは魔王の敗北条件であった一番か二番の条件を満たしたのだと思っていたのだろう。



「それにこれはタイガも承認済だ。なぁ? タイガ」



「ああ、親父殿の言う通りだ。左右大将の条件は親父殿に本気を出させること……、それを満たしている以上、俺から文句は無い。むしろ、今後の事を考えれば大変助かる事だ」



「兄様……」



 列の先頭に立っている男、この男がこの国の右大将、タイガさんか。

 猫科の猛獣の様な雰囲気を持つこの男こそが、魔王の息子にして、この国を変えようと動かし始めた第一人者であるらしい。

 正直、魔王よりも王の風格がある気がするな……


 タイガさんの発言をきっかけに、周囲から漏れ出ていた反発的な雰囲気が収束していく。

 タイガさんが認めるのであれば、ということなのだろう。

 どうやら魔王よりも信頼されていることは間違いないようだ。

 まあ、それでも娘のリンカだけは、未だ敵意剥き出しの視線を送ってきているが……



「うし、他には特に異論は無いようだな! じゃあトーヤ! 改めて宜しくな!」



「……もう最初から諦めていたんで、今更辞退とかはしませんけど、自分に務まるとは思えないのですが……?」



 上の階級を与えるとは聞いていたが、ナンバー2は無い。あり得ない。

 何をすればいいかわからないし、期待された働きができるとも思えない。

 大体に、こんなどこの馬の骨とも知れない男に、誰が付いてくると言うのだろうか。



「なーに! 最初は誰だってそんなもんだよ! 詳しい事は後でタイガに聞け!」



「トーヤ殿、そう畏まらずとも、この国の階級など作られてまだ間もない故、大きな意味は持たない。民への浸透率も低いしな。まあつまり、左大将という地位に意味を持たせるのは、今後のトーヤ殿次第とも言える。そこでトーヤ殿にはまず、実績を積んで貰いたいのだ。なあ、親父殿?」



 そう言って魔王に目配りするタイガさん。

 どうやら、既に打ち合わせ済だったらしい。

 帰ってきて早々に姿を消したと思ったが、こういうことだったか。



「トーヤよ! お前には左大将を任せるが、タイガに比べればまだまだ実績が足りねぇ! それじゃあ納得できねぇって奴も、少なくはねぇだろ? そこでだ! お前には引き続き、レイフの森の平定を頼もうと思っている! 手持ちの駒は自分でなんとかして見せろ! 平定した地での徴用も自由だ!」



「ちょ!? 親父、さっきと話が……!?」



「……あっと、そうだった。あそこには厄介な奴等がいるんだったな……? …………うーむ、……いや、いいか。 よしトーヤ! お前には餞別として、娘のリンカを託す! 好きに使っていいぞ!」



 ………………はぁっ!?

 何を言っているんですか!? この人は!

 ていうか、タイガさんもびっくりしているじゃん!?

 絶対打ち合わせに無いやつだよこれ!



「ちょ、父様!? ふざけないで下さい! そんな簡単に、私を託すなどと……」



「いや、簡単じゃないぜ? 俺は正直悩んでいたんだ、どこかにお前を任せられる男がいないかとなぁ……、と。でも、今ふと思いついたんだよ! トーヤになら任せられるってな!」



 やっぱりその場の思いつきじゃないか!

 どういう思考回路でそうなったんだ!?



「そんな……!? わ、私は、認めない……!」



 俺も嫌だよ! 睨まないでくれよ!

 ていうかリンカさん以外からも、敵意のこもった視線を感じるんですけど……

 とんだ爆弾発言してくれるよ、魔王様……

 ……あ、タイガさん? なんでそんあ諦めたような顔しているんですか!?

 この場を治められるのは、貴方だけなんですよ!?



「兄様も何か言ってください!」



「……リンカ、俺も言いたいことは山ほどあるが、これは公の場における王の発言だ。それを俺が否定するのはことはできない。それにまあ、悪い話でもないだろう」



「「そんな!?」」



 俺とリンカの声がハモる。



「……何故、貴様まで?」



「い、いや、突然のことですし、心の準備も出来てないので、もうこれ以上は勘弁かなぁ……って」



 タイガさん……、言っていることはごもっともなのだけど、せめて意見くらいはしても良かったんじゃ……?

 貴方が肯定してしまうと、なんとなく仕方ないなって雰囲気になってしまうんですが……

 しかも、そのせいかリンカさんの怒りの矛先が、俺に向いている気がするぞ……?

 これは非常に不味い流れだ……



「……父様、私は自分より弱い男など認めません。どうしてもと言うのであれば、私はこの男との決闘を所望します。この男が私に勝てば、父様の命令に従いましょう。ですが、私が勝てばこの話は無かった事にして頂きたい!」



 ああ……、やっぱりこういう展開になるか……

 あの魔王の娘だもんな……

 正直、悪い流れだとは思っていたのだ。

 しかも、魔王は性格上きっと……



「そいつは面白ぇ! それで行くか! トーヤの引き出しも見れるし、一石二鳥じゃねぇか!」



 ってなるよね。

 魔王の性格を突いた良い手である。

 まあでも、これはこれで逃げ道にもなるか。

 上手いこと手を抜いてやれば……



「ちなみにトーヤ! 今度手を抜いたらしばき倒すから、覚えておけよ!」



 逃げ道が無くなった!?

 いやいや、早合点するな……

 彼女の地位は確か大将軍……、純粋な戦闘力で言えば俺よりも圧倒的に強いはず。

 手を抜くなんてことをしなくても、普通に負ける可能性は高い。


 ……ただ、それとは別に一つ問題が浮かび上がってきた。


 リンカと目が合う。

 その瞬間、凄まじい殺気が俺に叩きつけられる。



 ――そう、彼女は俺のことを、完全に殺る気満々なのだ……




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