第42話 軍議のようなものに参加する



「お集まり頂きありがとうございます。早速軍議の方を始めたいと思いますが、今回から新たな同士も加わったことですし、おさらいも兼ねて現状把握を行いたいと思います」



 机に広げられた地図を指し、ソウガか解説を始める。



「これは我々の領地である、亜人領の全体図になります。そして、この広大な森がトーヤ殿達の住むレイフの森になりますね」



 ……本当に、でかいな。

 どうやって調べたかは知らないが、亜人領の四分の一はあるんじゃないだろうか?

 以前、ライに簡単な地図を描いてもらったことがあるが、あれは決して大げさな表現では無かったらしい……



「中々に広いでしょう?」



「ええ……、一応聞いてはいたんですが、まさかここまでとは……」



 ソウガは俺の反応を見て、満足そうな笑みを浮かべる。



「御覧の通り、レイフの森は亜人領の約四割程の範囲を誇ります。森の平定と言われると大したことが無いように思うかもしれませんが、これだけの規模となると少々骨が折れるでしょう。ですので、この地を治めることができれば、トーヤ殿が左大将になることに異を唱える者はいなくなると思いますよ?」



 いや、そもそも大したこと無いなんて思っていなかったけど……



「ただ、一点気を付けて頂きたいことがあります。この……、北の国境付近ですね。ここはエルフ達の管轄地区であり、基本的には内政不干渉の地域となります。彼らは独自に国境を守る戦力を保持しており、これまでも魔族の侵攻を防いできた実績があります。そのため、暗黙の了解的に彼らの主張を認めているのです」



 地図を見ると、レイフの森の最北端に線が引かれており、その先は魔族領と記されていた。

 まさか、森と国境が隣接してたとは……

 本当に大丈夫なのだろうか?

 エルフが国境を守っているらしいが、エルフの戦力を知らない以上不安は残る。


 しかし、エルフ、それに魔族か……

 いるだろうとは思っていたが、こんな近くにいたとはな……



「森の平定については、国境付近は除外いたします。ただ、国境が重要拠点であることは変わりません。できれば今の様な相互不可侵では無く、協力体制を取りたいというのが本音ではあります。もし可能であれば、そちらについても考慮頂ければと思いますが、今の我々では彼らと交渉をする余力はありませんので……」



 まあ、それはそうだろうな……

 国として動き始めたのがここ数年ということだし、国力なんてあってないようなものだ。

 交渉に必要な手札も無いだろうし、下手な交渉は争いの火種にもなるだろう。

 それだけは絶対に避けねばならない。

 内輪揉めなどしていて、国境を抜かれましたじゃ洒落にならない。



「……お話は分かりました。任されたからには最善を尽くします」



 争い事は好きじゃない。最初はそう思っていたが、最近はそうじゃないのかもしれないと思い始めている。

 もちろん、進んで争いたいと思っているわけでは無いし、危険なこともできる限り回避したいとう気持ちに変わりはない。

 しかし、自分たちの生活を守るため、皆と協力して戦うのは悪くないと思い始めていた。


 記憶の無い自分には、目的もやりたいことも無かった。

 しかし、今の俺には仲間がいる。

 そして、それを大事にしたいという気持ちが、俺の中で確かに芽生えつつあった。

 レイフの森の平定がそれに繋がり、皆の助けになるのであれば、俺は自分の力を惜しむつもりは無い。



「頼もしいお返事、ありがとうございます。それについてはまた後程、詳細を詰めましょう。さて、少し話は逸れてしまいましたが、本題である我々の現状把握から行いましょう」



 そう言って、ソウガはもう一枚の地図を開く。

 今度は亜人領の地図とは違い、かなり大雑把な分布図のようなものだった。



「まず、我々の亜人領ですが、地図上のこちらになります。ご覧の通り、かなりの広さがありますので、土地不足という事にはまずなりません。しかし、その分隣接する領地が多い為、常に侵略の危険性を秘めています。特に注意が必要なのが魔族領、蟲族領、不死族領の3つになります」



 ソウガが地図に印を付けていく。

 魔人領は亜人領の北、蟲族領は西、不死族領はやや南西といった所か。



「それぞれ、名前通りの種族が中心の領地となっています。この中で我々と明確に敵対関係にあるのは魔族領、不死族領ですね」



 不死族、については先日色々と聞いたので詳細は分かっている。

 どうにも信じ難い話ではあるが、亡者と呼ばれる、所謂ゾンビ的な存在や吸血鬼の様な存在が実在しているらしい。

 リンカが検査を受けたのも、亡者として蘇生した可能性があったからだそうだ。

 しかし、魔族については……



「魔族……って言われても、正直ピンと来ないな……」



 俺と同じように、レイフの森組は皆知らない様子だった。



「……そうですね。近頃はそういう方も増えて来ています。では、簡単に特徴を説明致しましょう。まず、魔族と言っても、実際は亜人とそう大差が有るワケではありません。人族をベースに何らかの種族が混じっているという点では、彼らも亜人の仲間と言えるでしょう。唯一異なるとすれば、彼らが魔獣に近い性質を持っているということでしょうか」



「魔獣に近い性質?」



 ――魔獣。

 レイフの森に住んでる者にとっては、馴染み深い存在だ。

 森での死因のほとんどは魔獣による被害だし、俺もかつて、復讐者と呼ばれる魔獣に殺されかけたことが有る。

 奴等の特徴は獰猛であり、凶暴であり、醜悪であること。

 ……しかし、あまり深く考えたことが無かったが、そもそも魔獣って一体なんなのだろうか?



「……それは始祖の違いということでしょうか?」



「その通りです、ザルア殿。我々獣人を含む亜人は、精霊との契約により変質した生物と、人族との間に生まれた存在を祖としていると伝えられています。対して魔族は、精霊により変質させられた人族・・・・・・・・・、所謂悪魔と呼ばれる存在と、同じく精霊により変質した生物の間に生まれた存在を祖にしていると言われています」



 精霊により変質させられた人族、ね……

 歴史書には、人族は精霊を宿さないと記されているが、その辺が関係しているのだろうか?



「そして、魔獣もまた同様の経緯で生まれたと言われています。何を条件に、獣と人に分岐するかは不明ですが」



 ………………えぇっ!?

 今、とんでもないことを聞いた気がするぞ!?

 じゃあ、魔獣も魔族も、先祖は同じってことか?

 それって、ある意味魔獣も人族の一種ってことになるんじゃ……



「魔獣も……、亜人の一種、なのか……?」



「トーヤ殿、混乱しているようですが、それは違いますよ。あくまで魔獣は獣です。亜人でも人族でもありません。そうですね……、例えば、獣人族の中には猿人と呼ばれる存在がいます。彼らは猿を祖先とする種族ですが、我々と同じ亜人として扱われています。しかし、現在も猿という種族は存在しているワケです。……猿は人族でも亜人でも、ありませんよね?」



 一瞬、何を言われているかよくわからなかったが、そうか、確かにそうかもしれない。

 進化の過程で扱われ方が変わる……

 俺がかつていた世界? だって、それは変わらなかった。

 生物学上は、人間も猿も同じ霊長類なわけだしな……



「……すまない、少し混乱した。気にせず続けてくれ」



「……では、続けます。魔族達はその性質からも分かる通り、非常に凶暴な性格をしています。その矛先は他の種族のみならず、同じ魔族同士にも向けられ、争いが絶えませんでした。しかし、現魔王であるゾットが現れたことで、状況は大きく改善されました。少なくとも、ゾットの手が行き届いている地では、魔族同士での争いは激減し、他種族を無暗に襲うことも少なくなりました」



「……でも、亜人領とは敵対関係なんだろ?」



「はい。まあ原因はキバ様とゾットが敵対しているせいなのですが」



「いや! だってアイツ気に入らないんだよ! 嫌がらせばっかしてくるしよぉ……」



 またか、またアンタなのか、キバ様……

 最早、この国の危機的要素のほとんどは、この魔王から発生してるのかとさえ思う。



「とまあ、そういうことでして……。ここ10年程は大人しいものですが、魔族領はいつ攻めて来てもおかしくありません。海や森の切れ目から少数侵入してくることもあるため、常に警戒が必要です」



「魔族についてはわかったよ。じゃあ不死族や蟲族は?」



「不死族は、単純に我々生者を食料としか見ていないためです。生者であれば亜人でなくても構わないようですが、隣が鉱族領と蟲族領ですので、必然的に標的にされています。ただ、彼らは組織だった侵攻をほとんどしてきません。故に防衛は容易で、そこまでの脅威はありません」



 本能のままにってことか……

 迷惑な話だが、国としてはまとまってないらしい。

 ……この国も一緒だけどな!



「蟲族も同様です。ただ、彼らは妖精領、不死族領も食糧庫と見ている様で、これまで一つの領に対して大規模な侵攻を行ったことは一度もありません。唯一注意する点としては、迂闊にこちらから手を出してはならないという点です。これを破ると、軍勢を率いて攻めてくる可能性がありますので、細心の注意を払ってください」



 蟲と言うからには、そういった習性があってもおかしくは無い。

 できれば遭遇したくない類だが……



「それでは次に、各位の受け持つ任務についてですが――――」





 ◇





 軍議を終え、俺達レイフの森組は帰り支度の最中だ。

 色々な調整やら、提供された装備などを馬車に詰めたりと、ずいぶん時間をかけてしまった。

 急がないと、日が暮れるまでに戻れないぞ……



「ト、トーヤ、殿!」



「ハイ!?」



 急に背後から大声をかけられビクりとする。

 振り向くと、そこにはリンカが気まずそうに立っていた。

 ああ、そういえばもう一つ面倒事があったな……



「む……、今、面倒だと思っただろう?」



 げ、顔に出てたかな……、って、ん?

 いや、これは違うぞ……?

 あれ、これってまさか……



「そういうリンカさんは、何か恥じらっていません?」



「なっ!?」



 図星のようである。

 いや、まあ図星も何も、全部伝わってきてるからね……

 どうやら、俺と彼女との間には『繋がり』ができてしまっているようであった。



(思い当たるのは、昨日のアレだよな……)



 先日、彼女を蘇生する際、彼女の内精霊に協力を求めた。

 その際、彼女の意識が無かったため、精霊同士だけで意識合わせをしたのだが、それが原因で『繋がり』ができてしまったようである。

 前例が無いから、多分そうだという予測でしか無いが……



「き、きさっ……! 何を考えている!?」



「おっと失礼。ひとまず、落ち着いてくれないかな? リンカさんの感情、ダダ漏れなんだよ。一応落ち着けば本人の意思で流出は防げるので、まずは落ち着いて」



「す、すまない……。ってこれは何なんだ!? まさか、先日私に何か……! …………ッ!?」



「いやいや、心肺蘇生術しか施してないからね? わざわざ想像しないでいいからね?」



 何を想像したのか正確にはわからないが、ピンク色な感情が俺に流れ込んできていた。

 盛大な自爆である。

 正直、こっちが恥ずかしくなるから勘弁して欲しい……



「こ、この現象については後で説明するから、まずは落ち着いてくれ! 俺も顔が熱くなってきたぞ!」



「す、すまない! 落ち着く! 落ち着くから! ……すぅー、はぁー」



 俺も同じように深呼吸して平静を取り戻す。

 心拍数は未だ乱れているが、ひとまず平気だろう……



「それで、リンカさん。なんの用でしょうか?」



「なんのって……。わ、私の所有権はトーヤ殿にあるのだ! むしろ私はどうしたらいいのだ!」



「あぁー……、あれってやっぱり、まだ有効なんですかね?」



 あの騒動で有耶無耶になったので、もしかしたらこのまま無かったことに、なんて期待していたのだが……



「あ、当たり前だ! 父様の命令でもあり、正式な決闘の結果なのだぞ!? そ、それに、私はトーヤ殿に命を救われたのだろう? もはやこの身は、完全にトーヤ殿の物と言っていいだろう! 死ねと命じられれば死ぬし、か、体を差し出せと言われれば差し出す! そ、そもそも、唇を奪われた以上、しょ、生涯を共に……! グハッ!」



「ちょ!? 大声で何言ってるんだ!? 頼むから落ち着いてくれ!」



 途中で耐えきれず、顔を覆って地面に沈むリンカ。

 正直、俺も沈みたいくらいなんだが……

 なにせ、彼女の感情は俺にそのまま流れ込んできているのである。

 こんなの、悶死しかねないぞ!?

 心臓の鼓動も凄いことになっている。

 これでは先程の深呼吸が完全に無駄だ……



「しゅ、しゅまない……。だ、だが……、だがっ! 私にもどうしたらいいか……!」



「ご、ごめん、俺も悪かった! とりあえず、俺と一緒に来てくれ! 後のことは落ち着いてから話そう! な!?」



「わかった……。付いていく……」



 立ち上がり、俺の服の裾を掴むリンカ。

 歩き始めると、そのままトボトボと後を付いてきた。


 はぁ……、色々と疲れた……

 この疲れは、今までで最高なんじゃないだろうか……

 帰ったらたくさんすることがあるというのに、このまま家に直帰して眠りたくなってきたぞ……




 …………ていうか!

 この状態、恥ずかしいんですけど!?

 周りからの生暖かい視線が、肌にチクチクと刺さるのを感じた……





 ◇





「ふむ、中々面白い方向に進みそうだね」



「そうですね、博士」



「彼の能力が強制契約では無く、あの人と同じものであったことは誤算だったが……、逆にそれが良い方向に向かうかもしれないね」



「ええ、少なくとも暴君になることはないだろうと思います」



「そうだね、暴君になるようであれば、嫌な選択を取らなければならなかった。それを避けられただけでも、良かったね」



「まあ、いずれにしても、どこかで介入することは避けられませんよ、博士。彼は勘が鋭いみたいですし、既に私達の存在に気付いている節があります」



「ふむ、であれば、逆に堂々と介入をしてみるのも面白いかもしれないね。安定した生活を確立して平穏に過ごされるよりも、私達を探すことを目的に、色々と動いてくれた方が都合が良い」



「ふふ、であれば次はアレ・・を用意しましょうか?」



「任せるよ。引き続き、監視も頼むよヤソヤ君」



「お任せください。博士」



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